第3話
マトとクリストフがニュージョージに着いた時には、すでにダウナーサイドに病気が広まりつつあった。日に日に死者数は増え続け、見知らぬ者へ向けられる目が疑いなどを含んだ厳しいものになる。
「白熱病にご注意を、だってよ」
クリストフが片手の新聞に目を通しながら隣を歩くマトに話しかける。
「なんでも高熱になって、肌が白になって死ぬんだと」
ダウナーサイドで流行する熱病は取り敢えず『白熱病』と名付けられた。手の震えから始まり、皮膚に赤い発疹が出て高熱にうなされる。そして最後、肌は色を失い白くなるとさらに熱が上がって死に至る病だった。致死率はかなり高く、肌が白くなる『白熱状態』になってからの回復はまだない(つまり全員死んでいる)。さらに未だに感染経路が分かっていないのが、住人を不安にさせた。食べ物なのか、空気なのか、感染者との接触なのか・・・・・・。
役所がダウナーサイドの封鎖を計画しているとの噂も流れており、ミッドサイドへと脱出を図る住人も増える。そしてそれを阻もうとする団体が、橋にバリケードを勝手に作るなど、騒ぎは大きくなる一方だった。
「だが思ったよりは、まだ緊張感がねぇな」
クリストフは街に来て率直な感想を漏らす。確かに大変な騒ぎにはなっているが、まだ騒いでいるのは一部の住人で、手に負えないほどではない。
それにミッドサイドでは、日が暮れて始めて夜の帳が少しずつ伸びている時間でも、通りには人々が行き交い、楽しげに談話する光景も見られた。街の規模から言えば、少なくはなっているのだろうが。
「どう思うよ。魔女がいるならダウナーサイドって所だろうな。出たがってる奴がわんさかいるってタイミングで、逆に入りたいってのはイカれた発想だよな。俺らもいつ病気になっておっちぬか、ってあれ?」
意地悪く話していたクリストフだが、気付いたらマトの姿がなく、一人で歩き、話していた。
周囲を見渡してみると、マトは路地の方へと足を向け、立ち止まる。
クリストフがマトへ近づいていくと、何やらボソボソと話す声が聞こえてきた。マトのいつもの祈りかとも思ったが、どうやら相手がいるようだった。
「! 魔女?」
マトの影に隠れていたのは、フードを深く被った少女。地面に腰を下ろし、周りに広げた布には小動物の骨などが散らばっている。その光景に思わずクリストフが叫ぶと、少女は不快そうにキッと彼を睨み付ける。そして民族の言葉でまくし立てるように何かを言った。話し方の勢いから悪口だろう。
マトはそれに対して、同じく民族語で2、3回言葉を交わすと、少女は笑っていた。
「なんだよ? 何話してんだよ? 英語で話せ」
「マトと一緒にいるのに、我々の言語が分からないのか?」
イラだちながら怒鳴るクリストフに少女は少し馬鹿にした感じで、滑らかに英語で話す。
「なんで俺がお前らの言語を理解しなきゃいかんのだ」
「まぁ、あんたらは、アホでも覚えられる英語が限界か」
なにおー! と、少女の暴言に殴りかかりそうになるのをマトが身を挺して抑え、少女に少しきつく言葉を発する。と、少女はシュンとなる。謝りはしなかったが。
「私はマハ。マト・アロとは同じ部族で、彼は戦士。私はシャーマンだ」
「シャーマンって、魔女と違うんか?」
「違うわ! 失礼な奴め。私たちは聖霊の声を聞いて、いろんな事を占う」
「聖霊? 天使様みたいなもんか?」
クリストフの質問に面倒くさくなったのだろう、絶対に違うと思っている顔だったが、マハは「そうそう、そんな感じ」と適当に答えた。
「占いで、この街に凶兆が出たから、それが何なのか探るために住んでた。どうやら、今回の病の事だったみたい」
「で、その凶兆は、人間の皮、何人分を捧げれば納まりそうなんだ?」
クリストフの偏見に満ちた発言にムッと睨むが、小さくため息をついて首を横に振る。
「この原因がポワカの仕業なら、その元凶を退治するしかないだろう」
ポワカとは、マトが追っている魔女の名前だ。クリストフが理解できた数少ない言語の一つだ。
「で、そのポワカって奴がいるのは?」
マハはゆっくりと街灯のついた道の向こう、バリケードの築かれた橋へを見る。
「ダウナーサイドだろうな」
「・・・・・・だよなぁ」
予想通りの返答に、豪快に笑ってから、バリケードの方へ足を向けた。
ダウナーサイドにあるアヘン窟・・・・・・
白熱病の流行にも関わらず、中には多くの人で賑わい、白い煙が充満する。むしろ、病が流行するほど、現実から目を逸らしたい者がアヘン窟へ逃げ込んでいた。
その一室にパベル牧師がいた。
結局、アヘンへの誘惑に勝てなかった自分に嫌悪しながらも、早く苦しみから解放されたいという焦り、そしてアヘンによって得られる感覚に安堵もしている。
ワイルドの事務所を訪ねて以来、幻聴の口笛の音が大きくなった。もう耐えきれない、限界だ。
腰を下ろし動悸を沈めるために大きく呼吸をする。煙が肺に入って少し苦しいが、耐えられないほどではない。しばらくすると露出度の高い若い女性がキセルを持ってきた。
キセルを手に持った時、一瞬、ワイルドが自分を見る目を思い出す。軽蔑でもあり、失望でもあり、それでも親しみも籠もった、さまざまな感情の交じった目。胸が締め付けられるような思いだ。どうしてこうなってしまったのか、パベル自身分からない。こんな物(アヘン)に頼らなければならない、自分が情けなくて仕方がなかった。
パベルはキセルを口にくわえて火を付け、煙を思いっきり吸い込んだ。
煙が肺に充満し、体内へと入ってくるのを感じる。そして、次第に体が浮かぶような感覚、そして意識も朦朧となり、それまで悩んでいた物が全てどうでも良くなった。
大きく煙を吐き出すパベル。
空中で揺らめく煙。が、止まった。
浮遊感を感じるパベルの耳に、微かに口笛の音が聞こえる。それは次第に大きくなる。
思考力の落ちた頭が、その口笛を認識した時には、それはすでに耳元まで迫っていた。
「年老いたね。牧師」
甘く妖艶な女の声が耳元で囁いた。そして後ろからパベルを抱きしめるように手が伸びる。
一気に現実に引き戻されたパベルは視線を横に向けると、そこには眼帯をした美しい若い女の横顔。その女がパベルへ顔を向けると・・・・・・
赤い目と目が合った。
パベルは絶叫した。
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