第4話

 マトは荒野で火をおこし、聖霊に祈りを捧げる。

 ネイティブアメリカンの彼の錆色の体には無数の動物をかたどった入れ墨が施され、首からは病や災いから守って貰える熊の爪のネックレスをかける。

 大地に感謝し、火に感謝をし、月や星々に感謝を送る。

「そりゃ、まだ続くのか?」

 マトの祈りを遮るように、野太い声が聞こえる。

 毛皮の帽子を被り、全身もさまざまな毛皮を着る大男だ。立派なあご髭を持ち、外見も相まって熊を連想させる。

 マトはそんな彼を静かに一瞥してから、再び祈りに戻った。その様子に気分を害して悪態をつき、ツバを地面に吐くと、干した肉に齧り付いた。

「だいたい、こんな所まで来たはいいが、ホントにいんのかね?」

 返答を期待せず、男はぼやく。

 大抵、いつもこんな感じだった。

 男の名はクリストフ。マトのようなネイティブアメリカンを狩るハンターをしていた。ただし、それは彼らの首に懸賞金がかかっていた頃の話だ。

 そんなクリストフがマトと行動を共にするようになったのは、何年も前のことだった。偶然、立ち寄った街にマトがいた。最初に見た時は胸くそが悪かった。同じ空間で空気を吸うこと自体が汚らわしい。とすら思った。何度か殺してやろうとも思ったが、それを実践する前にマトが魔女を追ってその街へ来たことを知る。半信半疑だったが、魔女の行いをこの目で見てしまうと嫌でも信じずにはいられない。そして悟った。人間を殺す暇があるなら、魔女を先に葬るべきだ、と。

 それ以来、マトと一緒に旅をする。魔女が現れた所へ立ち寄り、出没しそうな所へと行く。その繰り返しだ。結局、今のところ足取りは見つけても、姿を見たのは二人が出会った街が唯一だ。焦ってはならない。ハンターだった頃の感覚はそう言い聞かせるが、何の手掛かりもないと参ってしまう。さらにクリストフを悩ませるのは、話し相手がいないことだ。マトは一切話さない。話せないのかと思ったが、祈りの時にはちゃんと話している。ネイティブアメリカンの言語なので何を言っているかは分からないが。意思疎通については、英語は理解している様子で、彼からは手振り身振りで何となくやりとりする。

 一方、マトからするとクリストフが自分に付いてくる理由が分からなかった。

元ハンターである彼はネイティブアメリカンを憎んでいる。その感情は恐らくまだあるだろう。言葉や対応の節々でそれを感じられた。しかし彼は行動を共にしてくる。最初は命を狙っているのかとも思ったが、そうでもないようだ。『インディアン(ネイティブアメリカン)よりも魔女の方が危険だ。殺さなければならない』と自分に言い聞かせるように彼は言っている。その行動原理は分かる。自身もそうだから。しかし、だからといって、やはり一緒に行動する理由は分からない。

 彼が何かをする度にクリストフは珍しそうに見て、色々とぼやいている(実際はマトに話しかけているが返さないので、結果として独り言となる)。

「その神様だか、聖霊様だかに、魔女が見つかる方法をしっかり聞いとけよ」

 悪態をつき寝転がったクリストフだが、マトの祈りが途切れたことに気付く。

 マトが顔を上げ、周囲を警戒するように見渡す。クリストフもその巨体からは想像もつかないほどの機敏な動きで起き上がり警戒する。

 耳を澄ますと、粘度のある泡が弾けるような音がいくつも聞こえてくる。

 マトは、松明に火を移して、そばを流れる川の方へと歩き、明かりを向けて眉を細める。腰の銃に手を掛けて後に続くクリストフも、同じように反応した。

 川一面に魚が浮かんで川下に流れているのだ。

 二人して言葉を失い、ジッと川面を見つめてから、マトは川の脇へ立ち、一番そばを流れる魚を枝で手元に寄せる。魚の腹が異様に膨らんでいるのが分かる。川辺まで寄せた魚を、枝でつつきながらクリストフの方へと移動させ、あごをしゃくって見せる。「お前がやれ」の合図だ。

「あごで人を使うんじゃねぇよ!」

 クリストフは文句を言いながらも魚を手に取り、ナイフを取り出して腹をさばいた。

「うわっ、なんじゃこりゃ?」

 思わず魚を投げ捨ててしまった。

 開いた腹の中からは大量の虫が溢れて出てくる。しかも生きてだ。

 マトは咄嗟に持っていた松明を這い出る虫に押しつけ、魚ごと燃やした。燃えていくなか、小さな悲鳴や笑い声が聞こえたような気がする。

 不気味な光景に顔をしかめて、魚を触った手を自分の着ている毛皮で拭う。

「もしかして、これ全部じゃねぇよな?」

 クリストフは恐る恐る、川面に浮かぶ大量の魚に目を向けた。マトの視線も険しい物になっている。

 すると、次の瞬間、まるで魚が息を吹き返したようにビチビチ跳ねる。異様な光景にクリストフは後ずさる。そして川上から川面がまるで波のように盛り上がり、川下へと進んでいく。暗くて見えなかったが、波と共に影のようなものが通り抜けた。まるで口笛を吹いているような音も聞こえた。

 影が通り抜けると跳ねていた魚は再び動かなくなる。

「あっちには、ニュージョージって街があるはずだ」

 マトの考えていることを悟り、クリストフは説明する。

「かなりデカい都市だ。何が起こるか分からんが、ヤバくなりそうってことは分かるぜ」

 マトとクリストフは影が向かったニュージョージの方角を睨む。

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