第3話
ルーヴィックがニックと会ったのは日も傾き、街を夕日が赤く染めた頃だった。ミッドサイドの大通りを歩くルーヴィックにニックが声を掛けてきたのだ。
ニックは工場で働いており、歳はルーヴィックとさほど変わらない。たまに二人で少々際どい金儲けをしたことのある悪友だ。クセのある短い金髪で、身長も高い。ダウナーサイドでも多少顔の利く男だった。ルーヴィックとは、街の悪ガキと保安官補佐という立場だが、妙に気が合い、よくつるんだ。それに・・・・・・
「お前、妹を金で買うの止めろよ。怒ってたぜ」
「別に買ってねぇよ。金が無きゃ、暮らしていけねぇだろうが」
肩を並べ、ダウナーサイドへと続く道を歩いていると、ニックは茶化すように言う。それに対してルーヴィックは多少、不機嫌そうに答える。
ルーヴィックが今朝まで一緒にいた女性・キャシーの兄がニックだった。
ニックは相変わらず笑いながら「まぁ、いいんだけどさ」とそれ以上、話を深くは掘る気もないようだった。いつものやりとりなのだ。
「それにしても、お前、なんでそんな機嫌悪いの?」
ニックは横目でルーヴィックを見ながら尋ねる。彼の言うとこり、見るからにイライラしていた。周囲を歩く人間が、彼と視線を合わせないよう目を伏せて歩き去る。ニック自身、ルーヴィックと親しくなければ足早に追い越していただろう。
ただその質問に対しては「機嫌悪くねぇし」と明らかな嘘で返された。それ以上は聞けない。
朝(と言っても、かなり遅い朝)に起き、急いでワイルドの事務所へ行ったら、ワイルドはテレンスと共に出ていた。どうやら騒ぎがあったとのことで、そちらへ走ると途中で大きな鞄を持った金持ちそうな男とぶつかり足を痛めた。現場に着いても騒ぎは収まっており、ワイルド(とテレンス)はすでにいなかった。気晴らしにギャンブルに興じれば、負け続き。何をしてもうまくいかない日だった。
第一、ワイルドが自分とテレンスを同じように扱うこと自体が気に入らなかった。テレンスは優秀だ(それは認める。認めたくはないが)。それに勤勉で真面目、それも分かる。分かるが、それ以前に黒人だ。黒人と自分が同じとは納得がいかない。
「あ、そうだ、ルーヴィック。いいこと教えてやろうか?」
しばらく無言で歩いていたが、不意に声を掛ける。「何だよ」とぶっきらぼうに答えた。
「工場仲間から聞いたんだけど、近いうちにいい儲け話があるらしい」
「おま、俺は保安官補佐だぞ、そういうこと・・・・・・で、どんなんだよ?」
「まだ詳しくは分かんねぇよ。だが、別に法に触れるわけでもないし、俺らの取り分も結構いいらしい」
「そんなんで納得できるかよ。どれくらい稼げんだ?」
先ほどまでの不機嫌さは吹き飛び、目を輝かせてニックに質問する。
「待て待て、ホントにまだ詳しくは分かんねぇんだよ。分かったら、お前にも・・・・・・あ」
ニックの言葉が途中で途切れ、背筋を伸ばした。彼の視線の先に目を向けると、少し離れた所でワイルドが立っていた。
「じゃぁ、またな」
ニックはそう言い残し、そそくさと走り去っていく。それを見送りながらワイルドがルーヴィックへと近づいてきた。
「ニックか・・・・・・。悪巧みか?」
「そんなんじゃ、ねぇよ」
「あいつ、ちゃんと工場で働いてんのか?」
「まぁ、通ってはいるみたいだな」
ニックの走り去るのを見ながらワイルドは苦笑気味に言うと、ルーヴィックはブツブツと呟くように答える。先ほどまでの不機嫌さもイライラも、威圧感も一気になりを潜めた。
ニックが工場へ働けるよう口利きをしたのはワイルドだった。
ワイルドとルーヴィックは事務所に向かって並んで歩く。その後ろ姿は、イタズラをして怒られるかもと怯える子供と親のようだった。
「ルーヴィック、果物屋の店主が怒ってたぞ。金を払わなかったってな」
「あの、クソじじい。今度払うって言ったのに、チクりやがったのか」
「お前、そう言って払ったことないだろ・・・・・・金持ってるだろ? なんで払わなかったんだ?」
「・・・・・・無かったんだよ、そん時は。カードですっちまって。でも、手に持って買う寸前で気付いたんだ。やっぱりお金がないのでいらないです。とは恥ずかしくて言えねぇだろー」
そっぽを向いて話すルーヴィックに「そうかい」と軽く返す。
「それで? 今日はなんかトラブルが起きたんだろ?」
ルーヴィックは、いたたまれなくなり話題を変える。
「そっちはテレンスに任せてあるから、報告を待つさ」
ワイルドの返答にルーヴィックはあからさまに顔をしかめた。
「黒人なんかに務まるわけがっ!・・・・・・」
ワイルドにド突かれた。結構、マジで。
頭を抱えながら、うずくまるルーヴィック。
「ルーヴィック。お前のそういう所はよくないぞ」
「ぃってーな! 考え方は人それぞれって、いつもあんたが言ってんじゃねぇか!」
「自分の都合のいいように受けとんじゃねぇよ。俺の親父が昔っ言ってた」
「いーよ。いーって、ワイルドの親父の話は・・・・・・」
「いいから、聞けって。親父が昔『この世界にはとんでもない化け物どもがいる。そんな奴らと戦っていかなきゃならない時が必ず来る。人間同士で出身だの、人種だの、宗教だのと言ってる場合じゃない。協力し合わなければ、太刀打ちできないのだから』ってな」
「なんだよ、化け物って? 十九世紀ももうすぐ終わるって時に、どこにそんなもんがいんだよ?」
「言葉の綾だろうな。そりゃ、自然災害とか、病気とかだ。人知を越えたもんはいくらでもある。人は皆、神の前では平等だ」
「どうだかねぇ。仮に化け物現れたって、俺は黒人、インディアン、移民、金持ちとは手を組まねぇ」
ツバを吐きながら答えるルーヴィックの姿に、半分呆れながら首振るワイルド。再度、ルーヴィックの頭を小突く(さっきよりも優しいが、痛い)。
「いつかお前にも分かる時がくる。お前は理解する力のある人間だから」
「殴って言うことじゃないだろうが!」
頭をさすりながら、威嚇するように怒鳴るルーヴィックに、ワイルドは笑顔を返し「メシに行くか」と言うと歩みを早める。
ルーヴィックは、その様子に慌てて後を追いかける。夕日が街を真っ赤に染めていた・・・・・・
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