第2話 女神とスウェットと霊能力②

突如謎の光に包まれた俺達はあまりの眩しさに目を開けられず、何が起こっているか全く分からなかった。

だが段々と光が弱まっていき、周囲を確認出来るようになり、俺達はあたりを見回した。


「なんだったんだ今の光は……?」


だが俺達がいたのはいつもの教室ではなく、薄暗い、何もない空間だった。

そして何より俺が変だと感じたのは、周りに霊がいないことだ。

普通はどこにでもいる幽霊が周りのどこを見渡してもいなかったのだ。

今まではこんなことは無かった。


ここは俺達のいた所とはどこか違う。


「なっ…どこだよここ……?俺達さっきまで教室に……」


一人の男子クラスメイトが汗を垂らしながら混乱していた。

たしかに俺もどういうことかと思っていた。


いきなり教室が光って気づいたら薄暗い何も無い空間、こんなところに連れてかれてずっと置き去りにでもされたら……と想像すれば不安になってくるだろう。


「まさかこれは……」


メガネを掛けたおかっぱ頭のクラスメイトがガタガタと痙攣し始めた。

大丈夫だろうかと俺は少し心配した。


「異世界転生!!」


イセカイテンセイ………?

何を言っているんだ、と俺が聞こうとした時、


「なんだそれ?おい大多空運おおたくううん!説明してくれ!」


仁也はそう言って大多空運という名のクラスメイトに食ってかかった。


そもそもなぜそんな呼び方なんだ、可哀そうだからフルネームじゃなくて名字か名前で呼んでやれ。


「いいですか皆さん………僕達は女神によって異世界へと連れてこられたのです!そして大体のアニメや漫画、小説などでは強力な力を与えられ魔王を倒す旅に出るのがお約束なのです!」


と大多君は語ってくれた。

俺達はあたりを見渡し、それらしき人物を探すが女神っぽい人物はここにはいない。

いるのは突然別の場所に連れてこられて混乱している若者だけだ。

その女神とやらは現れない。

どこを見ても薄暗くて何もない空間だ、俺達以外に誰かいる気配はない。


「…で、その女神とやらはどこにいるんだよ?いつまで待っても現れねぇじゃねぇか!ホラ吹いてんじゃねぇぞ!」


しびれを切らしたクラスメイトが大多君に怒りながら聞いてきた。


いきなり訳も分からず知らない場所に連れてこられ、あまつさえ誰もその理由を説明してくれない。

誰かに怒鳴りたくなる気持ちも分かる。


だが今はそんなことをしている場合ではない。


「な、なぁ……とりあえずア・レ・に話聞いてみようや……」


そういって胡散臭い大阪弁を使って間に入ったのは、うちのクラスの西関玲香にしぜきれいかだ。

先程からアレアレと壊れた人形みたいにパクパクと口を開けながら訴えていた。

アレとはなんだろうかと俺達は西関の指がさす方向に顔を向ける。


そこには美しい紫色の長髪と透き通るような緑色の瞳の全身グレーのスウェット姿の女がそこにおおっと?


――――そう来たか。

普通こういう時は白い着物を身に着けた神聖な雰囲気があるのが定番じゃあないのか。


見ろ大多君の顔を。

文化祭の打ち上げを知らされずに自分以外のクラスメイトとレストランで鉢合わせた時みたいな顔だぞ。


「えっ………女神様って普通もっと女神っていう異世界オーラがががががががが………」


直前までホクホク顔だった大多君が眉をピクピクさせながら白目を向いている。

理想と現実が違った物だったのは同情するが発作みたいになってきたぞ。

これ以上は見せ続けたらやばいだろ、誰か心のケアをしてやれ。


「よくぞ我が声に応えてくれました……我が名はティアラ。皆さん、どうか世界を救ってください」


と、全身グレーのスウェット(大事なことだから二回言う)の女神は俺達に祈るような、すがるような目で俺達にそう頼み込んできた。


なんだこの絵面。


「あの、どういうことでしょうか…?貴方は女神様……ということでよろしいんですか?」


立ち直った大多君は恐る恐る聞いた。


するとティアラはニコリとその美貌に似合う笑顔を見せる。

それを見た大多君はパァッと明るくなり、「期待通りだ!」という満足げな表情になった。


「貴方達にこうして召喚したのには理由があります。私の管理している世界が魔王と呼ばれる者が軍を率いて侵略しようとしているのです。どうか、貴方達の力をお貸ししてはもらえないでしょうか…!」


ティアラは懸命にそう言った。

だが彼女の服装のせいで雰囲気が台無しだ。

誰かあの服の事聞けよ。


「あ、あの……それってどう見てもスウェットですよね?なぜ着てるんですか?」


クラスメイトの1人がまさに今聞くべきことを恐る恐る聞くとティアラはさっきと同じ笑顔で


「これが女神界のフォーマルです」

「いやでもそれスウェ」

「これがフォーマルです」

「いやでも」

「フォーマルです」

「でも」

「フォーマル」


言うとティアラの目が一瞬赤く光った。

するとティアラに服の事を聞いていたクラスメイトは目から光が消え、ヨダレを垂らしながら


「フォーマルですものね!!普通ですよね!!!」


と言ってあひあひ言っていた。


今完全に洗脳しただろ。

普段は真面目で誠実な事で有名な橋本君が虚な目でヨダレを垂らして痙攣しながらあひあひ言っている姿が惨さを物語っていた。


「ちょ、ちょっと!うちの生徒に何をしているの!?」


担任の先生はツカツカと音を立てながらティアラの前に現れる教師。

なんだ、ちゃんと先生らしい事をしているじゃないか。

見直したぞ。


「変わり者の大多空運はともかく、ウチの花形の橋本君に頭に後遺症が残ったらどうしてくれるの!?私の責任になっちゃうじゃない!」


前言撤回、この教師はちょうどいい塩梅でクズだ。

例えるなら学園ドラマに必ずと言っていいほど出てくる生徒を見下すタイプの教師だ。


それといい加減大多君と呼んでやれ、何故いちいちフルネームで呼ぶんだ?


「そもそもスウェット姿のくせに女神とか意味がわからないしよく見たら後ろにこたつと週刊少年ジャンプが」

「はぁ〜いお話は後で聞きますからね〜」


そう言ってティアラは教師も洗脳した。

するとやはりと言っていいのか教師もあひあひと言いながら天井を見つめていた。


二人の生徒と教師の発狂、全身グレーのスウェットの女神、この時点で気が狂いそうだったが俺はなんとか正気を保とうと努力した。


「私のスウェットは置いといて、貴方達には異世界へと旅立ってもらいたいのです」

「でも、俺達ただの高校生だぞ?」


仁也がそう言うとティアラはそれを待ってましたとばかりににっこりとした。だが、


「こういう時はチート級のスキルや伝説級の武器を貰えるんですよ!!全くそんなことも知らないなんてあなたたちは」


洗脳から自力で自我を取り戻した大多君が早口で説明し始めた。

ティアラは貼り付けられたような笑顔のまま今度は何やら魔法を使う。

すると大多君は突然倒れ出し、いびきをかき始めた。

ついにこの女神が本性を現し人を殺したかと俺は身構えたが寝ているだけなのでまぁ、いいのだろう。


………いや、いいわけねぇわ。


「ちょっとそこでお話ししててくださいね〜」


ティアラは自分の瞳と大多君の瞳を重ね合わせた。

すると大多君も瞳から光が失われ、あの真面目で誠実な事で有名な橋本君とヨダレを垂らしてあひあひ言いながら共鳴し合い始めた。


二人の人間の正気を失わせる女神…真の敵は魔王などではなくこの女神なのではないだろうかと俺が疑い始めたその時、俺達の目の前に青白い光が現れた。

その光はやがて文字となった。


「それは私からの贈り物です。貴方達の才能を引き出した、これからの世界で非常に役立つ物です。どうか有効活用下さいますよう……」


とティアラは言うが、俺達は未だ混乱したままだった。

なぜかというと、文字が読めない。

そう、文字が読めないのだ。

青白い光で謎の言語が浮かび上がっているが文字が、読めない。


「あの、すみませんなんて書いてあるのか読めないのですが……」


俺は小さく報告するようにティアラに声を掛ける。


「あらあら、言語魔法を付与するのを忘れていたわ!うっかりさんね!」


うっかり…?


この女、俺達を言葉も文字も分からない世界に放り込もうとしてたのか……?

俺は戦慄しながらもティアラの動向を見守る。


ティアラは「まぁ言葉が分からないまま冒険に出向かせるのも面白そうですね」と独り言を呟きながら宙に浮かんでいる光に指をスイスイと動かしていた。


お前の興味本位でただでさえハードモードな人生をこれ以上レベルアップさせてたまるか。


それにしてもこの女神、ろくでもない。


「おお!見えるようになったぞ!」


一人の男子クラスメイトが「読める!読めるぞ!」とサングラスを掛けた特殊な一族の末裔みたいな事を言っているのを聞きながら俺も解読できなかった文字を見ると、確かに分かるようになっていた。

まるで日本語を読むかのようにスラスラと見ることが出来た。

凄いな、この魔法は………こんなものが使えれば英語や中国語を覚えるのもあっという間だろう。

俺はティアラの使う魔法に少し羨望の眼差しを向けた。

その視線に気付いたのかティアラはこちらに顔を向け、ニコリと微笑んだ。

その表情で心が動かされそうだったのは今まで生きてきた中で2・番・目・の体験だった。


…………俺は堕ちないからな。


「なんだこれ…?剣聖レベル1……?」


仁也のところには剣聖レベル1という文字がうかんでいた。

そして周りの声を聞いてみると、大魔導師、勇者、龍使い、スイーパーなどのファンタジーな単語が聞こえていた。


最後の奴はジャンルが違うぞ。

新宿行って来い。


「貴方達一人一人には特別な能力が備わっています。私は貴方達を召喚する事でその能力を発現させました。その力は使えば使うほど強くなります。是非強くなり、魔王と対等に渡り合えるようになってください」


ほう、能力を引き出す事ができるのか。

俺にも特別な力が……?

俺は自身の能力が書かれていた青白い光を見た。

そしてそこにあったのは、


「霊能力レベル2……?」


そこに書かれていたのは俺が最初から持っていた能力らしきものだった。


霊、能力………嫌だな、これ以上は考えたくない。


「あの、すいません。俺のところだけおかしいみたいなんですけど……」


俺はティアラに困ったように聞いた。

実際困っていたし、なにより、俺の考えていたまさかの結末を否定するためにも聞いた。


「ふむふむ霊能力……珍しい能力ですね!今まで色々な人達を見てきましたが貴方の場合は初めてです……おもしろっ」

「今なんか言いました?」

「言ってません」


本当は最後にぼそりと「おもしろっ」と言っていたのをはっきり聞いていたがこれ以上追及するとそこにいる橋本君や大多君のようにあひあひと言うことになる気がしたのでやめておこう。


というかそろそろ洗脳解いてやれよ。


「おやおや、貴方は元の世界から既に特別な力を持っていたようですね。おそらくその能力が私の贈り物と一緒に引き継がれたのでしょう」

「……ウソだろ?」


何を言っている…?

俺は金魚のフンのような使えない能力で魔王とかいう恐ろしい存在に立ち向かわなければならないのか……?

人様の顔にめり込むくらい顔を近づけられたり、聞きたくもない死の体験を聞かされるような文字通りのクソみたいな能力で?


「どんな能力も使いようです。それに…これから行く異世界には貴方が求めているものもあるかもしれませんよ?」

「なんだと……?」


ティアラは意味深にそう言った。

俺の思考が筒抜けだったのかどうか分からないが彼女は俺のことを見透かすかのように言った。


俺の求めているものだと?

俺が常に求めているのは平穏だけだ。

幽霊に邪魔されない、俺だけの空間を作ること。

それが俺の夢であり理想だ。

それが出来ればどれだけ良いことか……


「それではみなさん、それぞれ能力はわたり切ったと思います。もし分からないことがあれば、女神テレフォンを使ってください」

「女神テレフォンってなんやねん?」


大阪弁の西関が聞くとまたもやティアラは待ってましたというような顔をして、俺達全員に明らかにスマートフォンのような物を配った。


「女神テレフォンとは、分からない時、助けて欲しい時、もう死にたい時、悪魔を捕まえた時などに使える通信サービスです!繋がりたいと念じれば天界と繋がりますよ」


ティアラは手のひらから固定電話を取り出した。

まるで昔の洋画に出てくるようなオールドタイプで、色は真っ白だった。


死にたい時と悪魔を捕まえた時が気になるが……ティアラは俺が質問をしようとする前に、捲し立てるように話し始めた。


「それと貴方達のナビゲーターを紹介します。出てきなさい!」


そう言ってティアラは指をパチンと小気味の良い音を鳴らした。


すると現れたのは、白の衣を見にまとい、背には純白の翼を携えた美男美女であった。


どの人物も非の打ち所のない美しさで、ある種の芸術ではないかと言えるくらいの顔立ちであった。


これでこのグレーのスウェットを着た女神が同じような服装なら、俺も多少は尊敬出来ただろうに。


「彼等は私に忠実な天使達です。いきなり異世界に降り立って生きていくのは大変でしょうから、彼等がしばし貴方達の先導者となります。困った事があったら彼等になんなりと彼等に聞いてください。それでも対応できなかった場合には女神テレフォンの使用をお願いしますね?」

「「「「「「よろしくお願い致します!勇者様!」」」」」」


天使と呼ばれた彼等は声を張りながら爽やかな雰囲気で挨拶をしたがよく見ると目から光が消えていた。

口元はニコニコとしているのに目だけが笑ってない。

ひどく濁っている。


「あの、彼等は大丈夫なんですか?目から光が消えてるんですけど……」


俺がそう言うとティアラは右手を頭にコツン(自分で言った)と当てながら舌を出してウィンクをしながら言う。


「………」


何故あそこまで人をコケに出来るのだろうか。

女神である事と女である事を除けるのならグーで殴りたいところだ。


「基本的な説明も済ませた事ですし、そろそろ転送の魔法を使って貴方達を異世界に送りますね。皆さーん!一箇所に集まってくださーい!」


ティアラは手で集まれという合図を出しながら言う。

俺はいいが、周りのクラスメイトはどうなんだ?突然の事に混乱したり、帰りたいという奴がいるんじゃないのか?そんな奴を無理やり連れて行くなんて……


「お、おれ……一度勇者になってみたかったんだ……」


うん?


「あ、あたしも魔法少女になりたいって子供の頃から思ってて………」


……うん?


「俺はヒーローに………」


なんて事だ、こいつら結構ノリノリだ。

まあ俺も少し興味はあるが………


「俺は異世界のスイーパーに………」


それ以上言うのはまずいし、あとジャンルが違う。

掲示板にXYZでも書いてろ。


「皆さんかなり乗り気ですし、そろそろ転送の魔法を掛けましょう」


ティアラは手から手品のように30センチほどの杖を出し、呪文を唱える。


すると再び俺達の下に光が溢れる。

教室にいた時に出た光と似ていた。

巨大な魔法陣が現れ、俺達を囲むように紫色に光った。


「それでは、魔王討伐に向けて良き異世界ライフを!」


そう言ってティアラは杖の先端を紫色に光らせる。

さらに光は強くなり、俺達を包み込む。


「ビビディ・バビディ・ブー!」


おいバカそれは有名どころの……!




ティアラが魔法を言い放った瞬間、俺達は謎の空間から消え去った。

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