『破ァッ!』とか霊媒師みたいな事ができない霊能力者は異世界で静かに暮らしたい
新田トニー
第1話 女神とスウェットと霊能力
俺の名前は
いきなり変なことをいうが、俺は霊が見える。
冗談だとかジョークだとかホラとかじゃなくて、マジの方で見える。
突然だが君達にいくつか質問をしたい。
もし君達が幽霊を見る事ができたら、どんなことをする?
例えば、
『すげぇ!それって見えないものが見えるってことだろ!?カッコイイ!』
『まぁ!その能力を使えば死んだ人の未練に耳を傾けることが出来るじゃない!素晴らしい力よ!』
『えへ、えへへへへ……幽霊が見えるって事は幽霊に女湯の様子聞けるってことだろ!?羨ましいなぁ〜。げへ!げへへへへ!』
などと思う人間もいるだろう。
だが、そんな事は嘘っぱちだ。良いことなど一つもない。むしろ良い迷惑だ。
見えないものを見る事ができる?
お前は寝ようとしてる時にゼロ距離で顔を見られる気持ちが分かるか?
死んだ人の未練を聞くことが出来る素晴らしい力?
常に俺の周りで聞きたくもない声が聞こえる俺の気持ちが分かるか?
女湯を覗いた感想が聞ける?
頼んでもいないのに延々と同じような女体について語られる俺の気持ちが分かるか?
そう、俺は生まれた時からマンガやアニメの中のような夢の力を与えられた特別な人間なんかじゃない、俺は生まれた時から悪魔のような力を押し付けられた可哀想な人間だ!
月曜日の朝、それは少し憂鬱ながらも心地いい、爽やかな朝――――
「おっ、コイツが噂の俺達が見えるって奴か?」
「そーそーコイツ俺達が見えてんだよ。なぁ?」
ではない。
二人の男が俺の顔面スレスレに顔を近づけて、いや近い近いめり込んでるめり込んでる。
1人は30〜40代の男、もう1人は20代の男だ。
俺の日常を紹介しよう。
まず、朝に起きると俺を面白がってゼロ距離で俺の顔を覗き込む幽霊との対面。
普通の人間の家は幽霊はほとんどいない。
なぜなら自分を認識できる人間はいないし自分の相手をしてくれない人間は、見ていてつまらないからだ。
「なぁ見えてんだろー?なーあー?」
「うるさい……」
俺は話しかけてくる幽霊を無視しながら朝ごはんを食べる。
今日は目玉焼きと味噌汁と白米という、ごく溢れた家庭に出てくる朝食だ、もちろん、野菜も付いている。
「奏-。朝ごはんできたわよー」
「奏、今日はどんな幽霊が見えてるんだ?」
母は朝食が出来たと言い、父はコーヒーを飲みながら真面目な顔で言う。
両親は俺の能力を知っている。
そもそも俺のこの能力は俺が生まれた時から発現していた。
赤子のころは幽霊が見えていた、と君の両親に言われたことはないだろうか?
俺の場合はそれがずっと続いている。
そして何よりこの能力最悪なのが、オンオフの機能が無い。
「うまそうだなー。どんな味がするか聞かせてくれよー」
「いいなー。なぁ、聞いてんだろ?おい、おいおいおい」
「……二人の男がどんな味がするかって聞いてる」
今日の奴はいつもよりも数倍ウザい。
おかげで俺は幽霊のわがままを否が応でも聞かなければならない。
シカトしてもいいが、その後で嫌がらせでもされたらたまったものではない。
文字通りクソッタレだ。
「あら、今日の目玉焼きは半熟で黄身がとろーりとしてるわよ♪」
「特に母さんの作ったコーヒーは絶品だ。朝起きた身体にじわじわとあったかさが染み込むよ」
それインスタントだけどな。
母さんがニコニコと表情を変えないままインスタントコーヒーの殻をゴミ箱に捨てた。
だが父と母はいつも律儀に幽霊の質問に答えてくれる。
慣れというものは恐ろしい。
俺が小学生の頃は彼等に色々大変な思いをさせた。
だが塵も積もれば山となる、と言えばいいのか様々な経験を経て、俺達家族は幽霊にとても寛容になった。
無論、俺は幽霊が見える事を受け入れてはいるが最初はこんなプライバシーの強制安売りをさせらていたことにノイローゼ気味になったこともあった。
自殺も考えたこともある。
だが俺の両親、祖父母、数少ない友達、そしてノイローゼの原因である幽霊に助けられた。
だから、この力は悪い事だけじゃないのかもしれない。
と思う時もある。
「俺硬い方が好きなんだよなぁ……今度黄身は硬くしてもらってくれよ」
「俺、味噌についてはちょっと詳しいから今度一緒についてってやれよ。俺が助言してやっから」
――――やっぱりいらないのかもしれない。
「奏、幽霊さんはなんて言ってるの?お母さん今日はいつもより上手く作れたと思うわ!」
「うぅん美味い!やっぱり母さんの作るご飯は最高だな!」
俺は両親にどう伝えればいいか分からず、できるだけ精一杯の笑顔で
「すごく美味しそうって言ってるよ」
と薄っぺらい笑顔で答えた。
俺は家を出て学校へと向かっていた。
太陽が俺に鬱陶しいくらいに照らし、目を細めながら歩く。
いつもの通学路。
そこは朝が清々しい、いつもの日常――――
「奏ちゃんちゃんと朝ご飯食べた?一日三食は健康の基本よぉ〜?」
「そうだぞ!ちゃんと食べないと、真知子さんみたく餓死してしまうからな!ガハハハ!」
ではない。
普通の人間からすれば、友達と喋りながら歩いたり、恋人とデレデレしながら歩いたり、もしくは一人で黙々と歩いたりするだろうが、俺の場合は違う。
「いやぁ〜ねぇ、あたしお腹ダルンダルンだったから1週間絶食ダイエットっていうのを試しにやってみたのよ。するとあら不思議、一気に体重が落ちたの!効果があるわ!と思って続けてたら……栄養失調で餓死よ餓死!オホホホホ!」
オホホホホじゃないが。
40代くらいの女性がふわふわと俺の周りを飛びながら言う。
この人はミワさん。
俺の近所に住んでいた気のいいおばさんで、彼女の言う通りどう考えても頭のおかしいダイエットを行い、餓死してしまった人だ。
というか普通1週間なにも飲まず食わずだったらその時点で死ぬだろ。
むしろどうやって最初の1週間生き延びたんだ。
「そういえばトシさん、あなたの死因はなんだったかしら?」
そう言ってミワさんはトシさんに死因を聞いた。
トシさんは笑いながら答えた。
「俺かい?俺は己の筋肉を極限まで高めるためにステロイドを打ち過ぎて鬱病になってしまってね、自殺したのさ!ハハハ!」
ハハハじゃないが。
朝から人の死因を聞く俺の身にもなってくれ、こっちが鬱病になりそうだ。
「だから奏君、君は俺達みたいに間違わないようにするんだぞ」
絶対にならないから安心しろ。
「少なくとも1週間なにも飲まず食わずでステロイドを使うことはないので大丈夫です」
俺は周りに人がいないか確認しながら言った。
霊能力があると、霊に話しかけられる事は日常沙汰だ。
だから俺は話す時は不審に思われないよう周りを確認してから話さなければならない。
さて、どうやら話している間に学校についたようだ。
「ハッハッハ!今日も健やかに学生生活を楽しむんだぞ!」
「学校でもご飯は食べるのよ〜」
そう言ってミワさんとトシさんは俺から離れていった。
頼むからたまには一人で登校させてほしい。
いつも俺の周りには、色んな幽霊が俺に話しかけてくる。
やはり生きた人間と話せるということは珍しいことなのだろう、たまにうんざりする時もあるが、今となってはもう慣れたものだ、定期的に海に行ってストレスをぶちまければストレスは無くなるだけになった。
慣れは時として恐ろしいものだ、と俺はしみじみ感じた。
「よお御影!今日も幽霊は見えてるか〜?」
俺が自分の教室に入り、椅子に座るとのクラスの友人、
「ああ、おはよう仁也、お前の後ろに女子大生の幽霊が張り付いてるよ」
「えっ!?マジかよどこどこ!?」
そう言って仁也は後ろを反射で振り向く。
本当はお笑い芸人で太った女性の相方みたいな女が仁也を熱い視線で見つめていたが可哀想なので黙っておこう。
俺は特段この能力を隠してはいない。
この能力を信じる人間は信じるし、信じない人間は信じない。
それに幽霊が見える能力だ、空を飛べるとか光線が出せるとか、そんな派手な能力ではない。
中学生の頃、俺は話題になりたくてつい友達に「俺は幽霊が見えるんだ!」と言った。
そのあとは無事学校中に言いふらされ、今日までネタにされている。
あの頃の思春期の自分を呪いたい。
「そうだ、ついでに言えばお前の顔におっさんの尻が張り付いてるぞ」
「なんだと?嘘にしちゃあつまんねぇぞ!?……なぁ、嘘だよな?」
やはり、幽霊を見える能力をからかわれるのはいい気分では無いので少し嫌な思いを味わってもらおう。
俺がそう言うと怒りながらも周りを気にする仁也と、それを聞いて微妙に距離を取るクラスメイト達。
本当は下半身が裸のハゲ散らかしたおっさんが尻を押し付けていたがこれ以上言うと面倒なので黙っておこう。
「こら!御影君をいじめないの!皆ちゃんと仲良くしないと!」
「か、河合さん!?」
ある女の子が俺の前に立ち、口論を止める。
すると仁也は顔を赤くさせながらタイミング良くハモった。
「御影くんもあんまり刺激しちゃダメだよ?そういうのは喧嘩の元なんだから」
そういって俺の額に人差し指でツンと触れた。
彼女の名前は
俺のクラスの委員長で成績優秀、傾国美人、非の打ち所のない完璧人間だ。
彼女に告白した人間は全校内の男子(それと女子)や他校の学生もが告白してくるほどだ。
だが俺は彼女の事が好きになれない。
なぜかというと………
「はーい皆さーん出席確認を取りますよー」
先生が教室に入ってきた。
どうやら朝礼の時間になったらしい。
…出席を取る時間になったようだ、彼女の事はまた今度話す事にしよう。
「はいそれじゃあ相田さーん」
「はい」
「有田くーん」
「はーい」
いつも通りの日常が始まった。
俺は自分の名前が呼ばれるまで待つ事になる。
……ん?今日はなんだか日差しが強いな。
窓から差し込む太陽の光がいつもよりも眩しい。まるでクリリンが放つ太陽拳のように俺の瞳に容赦なく入ってきた。
「お、おい。なんだか明るすぎやしないか?」
「たしかに……ていうか床!床が光ってる!?」
仁也とその友人がコソコソと話していた。
何を言っているんだお前らは。
そんなスピリチュアル的な事があってたま……!?
「ウソだろ……」
俺は声を漏らしてしまった。
なんてことだ、たしかに床はありえないほど真っ白に輝いている。
眩しくも温かな光は俺達の目を瞑らせるには十分だった。
「先生!床が!床が光ってます!」
「えぇ!?なにこれ!?訳が分からない!!助けて!!私をここから出してェェェ!!」
そういって先生は一番早く教室から出ようとした。
だが扉は何故か固く閉ざされたままだった。
というか先生の思い切りが良すぎる。
室内が光り、異常だと分かった瞬間部屋を出ようとするとは……もっとこう、生徒を心配する素振りくらいは見せたらどうだろうか。
「やべぇ!目が開けられないくらい眩しい!ウワァァァァァ!!」
「キャアアアアアアアアアアアア!」
「助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」
「悟空ゥゥゥゥゥ!!!」
――――待て今クリリンいただろ。
クラスの人間の叫びが教室内でこだました。
俺も叫んでおこうかと迷っていたらその時には俺達は光に包まれ、教室の中から姿を消していた。
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