糸乃小切の短編集
@pencer_etc
海の日
時刻は7月19日の深夜、日付を跨ぐ直前。
全力で漕いできた自転車を堤防に立て掛けると、その勢いのまま階段を下り、砂浜を駆け出した。
足に冷たさを感じ始めたところで立ち止まると、天を仰いで大きくため息をつく。
空に浮かぶ星々が、足元に広がる砂粒が、穏やかな風に煽られまばらに立つ波が、月明かりに照らされ、青く暗い世界に白く輝き、浮かび上がっている。さらに一度波に足を包まれれば、宇宙に浮かんでいるような錯覚を覚える。
視界を埋め尽くす、そんな幻想的な風景を貰うため、私は毎年7月20日、自分の誕生日をここで迎えることにしていた。
「今年もプレゼントありがとね。」
ポツリとそう呟くと、波打ち際に座り込む。
耳を澄ませば、水の音、風の音、砂の音、虫の声が「どういたしまして」と返事をしてくれているように聴こえた。
7月20日は、十数年前まで海の日として制定されていた日だ。そんな日付に生まれた私は、これまで何かと海に縁のある人生を送っている。
漁師の父を持つ私は生まれも育ちも海辺の家で、子守唄は波の音。友だちと遊ぶ場所は、公園でもなく、ショッピングでもなく、カラオケでもなく、海。デートだってそう。初めてのキスは少ししょっぱかった。
遠くの水平線を見据えながら、将来のことを思い浮かべる。そこには父と同じように、漁師として海に出る自分の姿がある。
そして明日、私はその夢に一歩近づく。今年の誕生日を迎えたら漁に連れて行ってもらう、という約束を父と交わしているのだ。
「……うん、そうだね。これからもよろしくね。」
一人きりの空間で、微笑みながら返事をした。「これからもずっと一緒だね」と海が言ってくれたような気がしたから。
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