-2- 癒しの光
一刻も経たぬ内に、石畳や鮮やかな草花ばかり目立つ広い町が、木々の途切れた草原に現れた。
緑の地で海岸沿いと言えば、他の大陸を
「相変わらずお上品な町だよなー。見ろよ、日傘の御婦人ばっか。上から見ると白だの黒だの、遊技用の駒かっつーの」
速度を落としつつ苦笑するキッド。それに応える言葉は何も無かった。
先程から渦巻くは
「あとここ、宿屋無いから。早めに切り上げるか野宿するか、御婦人宅に転がり込むかのどれかな」
確かに、見た所その数は多い。屋根の色も柔らかく淡い女性好みの色で占められている。
しかし、それは女が多いと言うより
不意に、気の強い女に叩き出されるキッドの姿を思い浮かべ、小さく鼻で嗤う。
「食えるトコくらいはあるけど、良い材料使ってるから高いし……そもそも入り辛ぇし」
こちらの考えなど
数メートルはあろう高い塀。入り口の造りは豪華ではあるが、人を招き入れる為のものでは無い雰囲気が滲み出ている。……自己中心的な町。そう思えた。
我が赤靴の先が地に着く。次いでキッドが音を立てず、しかし年寄り染みた掛け声と共に降り立った。
「ふわぁぁ、疲れぅぶぅぅっ!」
そして大きく伸びた格好のまま、妙な回転を付けて跳ね飛ぶ。
渾身の力を込めて放った我が拳が、素晴らしくその顔に減り込んだが故であった。
「そこへ直れ、アレキッド=ラバングース! 全く、非常識も甚だしい!」
倒れ、動かなくなった身を真っ向から指差し、声を張り上げる。驚いた幾人かの日傘女が振り向いていたが、人の目など気にならぬ程、我慢の限度はとうに超えていた。
「最も
荒々しく歩み寄り、襟首を掴んで強引に立たせる。意識はあるようだが思考が追いつかぬのか、間抜け面で放心していた。
容赦などせず、その頬に幾度か平手を打つ。そうする度、怒りは収まるどころか更に湧き上がるようであった。
「……」
けれど、殴り付ける手首が突如、無言のまま強く戒められる。口内でも切ったのか、僅か顔を背け、品の無い音と共に血混じりの唾液を吐き出していた。
「貴様の場合、平伏してこそ謝罪の意味を成すのではないか?」
それすらも怒りの対象となり、まるで反抗的に据わった紺碧の双眸を睨め付ける。
「痛い。やり過ぎ」
常の饒舌振りからは考えられぬ程に短く、怒気の込められた声。
対し、こちらも目を細め、掴まれた腕に力を込める。
ヒトの力量なんぞ
「悪かったよ。……悪かったけど」
しかし、どう力込めても、その手は
「やっぱ、やり過ぎ」
「な、ん……」
動かない。動かせない。
細めた目は瞬時に見開き、その手へと釘付けられる。怒りなど瞬く間に吹き飛び、驚愕が支配する。
我が心内で目前に
「魔具見当たらなかったし、その馬鹿力、種族由来の自前だよな。……ドルクオーガと張り合う力だぞ? 軽く死ねるからな? ったく、久々にくっそ痛ぇ。…………クロスヒーリィ」
詰めるように言い立て、突然溜息を吐くかのように術と思わしき言葉が零れ落ちる。次の瞬間、伝うように我が手に熱が宿った。
「いっ……!」
眩いばかりの白光。一目で理解出来る、癒やしの術。
気のせいか
「ぐ! うぅぅ!」
しかし、まるで炎を
必死にもがけど、退ける事すら叶わない。
――嫌だ、この光は嫌! 手が焼ける!
熱い、熱い、あつ――
『だめよ』
湧き上がった何かがいよいよ弾けてしまうかと感じた頃、突如響いた声と共に、ふつりと視界が途切れる。
「はー、すっきり爽快ー」
「……え?」
次の瞬間、何事も無かったかのように光が戻っていた。
目の前には、艶が戻りて晴れやかなるキッドの顔。
……何だ、今のは。
瞬きの間、しかし確かに
「阿呆、自分の手まで痛めつけてどうする。両手真っ赤だぞ」
苦痛は然程表に出ていなかったのか、何にも気付かぬ様のキッドは、未だ掴んでいる私の掌をこちらへと見せ付けてきた。
……両手? まさか。
渾身の一発は拳で放った。後の平手は大して力も入れておらぬ上に、右手しか使わなかったはず。
「痛むなら治そうか? 今の術、もっとちゃんと唱えれば何にでも効くよ? それとも、俺みたいに簡易にしとく?」
再び、掌を自身の方へ向け、何食わぬ顔で術を唱え始める。
……癒す気だ。先程の光で。
今度こそ、私を。
「やめろ!」
「ふぶっ……」
向けていた手でそのまま、詠唱し始めた口を制する。自身でも驚く程、その声は恐怖に色付いていた。
「見縊るなっ……、痛みなど、微塵も感じぬ!」
町の方へ振り返り、足早にその場から離れる。
両の手は素早く擦り合わせ、事を忘れるかの如くマントの中へと仕舞い込んだ。
「……でも、ものすごく熱いぞ、その手……」
口に当てられた際に異常さでも感じ取ったのか、戸惑いを滲ませる。
「必要無い!」
虚言などでは無い。痛みは皆無であった。
しかし、微かではあるが珍しく肩に無駄な力が入っている事に気付く。これしきの事でとうわ言のように呟き、早々にシェラムの門を
一応の
草地から整った石畳へと成り代わる町へ踏み入り、此処からでも見える奥の小高い屋敷を目指す事にした。
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