鉄の扉

リョウ

鉄の扉

 家には地下に続く階段があって、鉄の扉が先を遮っていた。僕はそれを開けた試しがない。誰かが開けるのも見た事がない。扉には物々しくも、ロココかグロテスクかわからない芸術的な模様がたくさん彫られていた。それがまた興味を誘った。鍵穴を覗いても何も見えなかった。それがまた興味を誘った。僕にとってこの鉄の扉は、宇宙や古代の謎よりも、極上の神秘だった。恐怖を掻きたてられ、冒険心を掻きたてられた。

「ねえ、この扉を開けてよ」幼少の僕は父に尋ねた。母にも尋ねた。

 開けるのは無理と一蹴された。何度頼んでも同じ答えだった。

 僕には二歳上の兄がいて、兄もまた鉄の扉を開けてくれるよう、両親に頼んでいた。だが結果は同じだった。兄はピッキングを試みたが、駄目だった。

 十数年後、僕と兄は独り立ちしていて、そして実家に帰る時期が二人とも被った。その時には鉄の扉のことは忘れていた。しかし鉄の扉を見て、改めてその謎に興味を惹かれた。兄もまた同じだった。

「ねえ父さん、いい加減あの鉄の扉を開けてよ。なんで子供の時から隠すのさ」僕は抗議した。

「開けてくれと言われてもな」父さんはため息を吐いた。「あれは鉄の扉だぞ」

「だから開かないって? 鍵は? 昔父さんが持ってたでしょ」

「今も持ってる」

「じゃあ開けてよ」

「わかった」あっさり承諾してくれた。

 僕と兄はいよいよ地下室に入れる。気分が高揚した。

 父さんが鍵穴に鍵をさし、回した。鍵が開いた。

「開けるかい?」父さんは、僕と兄のどちらかに、ドアノブを回す権利を託そうとした。

 兄は僕に譲った。

 そしてようやくのこと僕は、鉄の扉を開ける任に就けた。ノブにてをやって、恐る恐る回し、扉を内側に開いた。

 開くとそこは壁だった。

「これは?」僕は父さんに尋ねた。

「壁だよ」

「地下室は?」

「地下室? そんなものあるわけないだろ。あるなんて言ったか?」

「でもこの扉は?」

「飾りだよ。良い物だからここに置いてあるんだ。それをお前ら、開けろ開けろと。先には何もないのに」

 僕と兄は顔を見合わせてから、扉の先を見た。そして僕は扉を閉めた。父さんは大儀そうに先に戻った。僕と兄は戻る途中振り向いて、鉄の扉を見た。先には何もなかったが、しかしそこには鉄の扉があった。どうしてか僕と兄の好奇心は収まらなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄の扉 リョウ @koyo-te

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ