戦うべき人【アルテナ】

 これは、彼と出会う前の話。


 静まり返る夜の街でアルテナ・エリダヌスは1人暗い路地で立っていた。

 黒い短い丈のワンピースが程よく肉付きのいい太ももと大胆に開いた胸元を強調している。


「お嬢さん、おひとりかな?」


 そんなアルテナに声をかけたのは1人の紳士だった。

 シルクハットから柔らかそうなブロンドの髪を覗かせ、ピシッとした燕尾服に揃えたようなステッキを持った整った顔の男性だ。

 そんなに男に微笑むと、男もまたニコリと笑った。

 男に近づき両手を首の後ろに回して抱きつく。


「あなたを待っていたの」


 それが合図かのように、男はアルテナの足に手を添えて下から上に伝う。

 アルテナもまた応えるように足を曲げて上げた。

 くすぐったさを感じ身をよじると男は空いていた反対の手を使い首にかかった髪をすいて首に唇をつけた。

 軽いリップ音が静まる街に響くと同時にアルテナの甘い声も響く。

 それを良しと思ったのか男の茶色い瞳がみるみる変わり真っ赤に染る。そして何度目か首に唇を落とした男が1回離れる。

 縋るように息を荒くし、瞳を潤ませ頬を染めたアルテナが欲しがるように見れば男は怪しげに笑ってその牙を見せた。

 また再度、まだ熱を持つアルテナに触れ、首筋にその牙を立てようとした瞬間、男は驚き血を蹴ってアルテナから距離をとる。

 カンっと小さな音を立てて男のカフスボタンが落ち、腕からは赤い血が伝い落ちる。


「……どう言うつもりだい?」

「言ったでしょう?待っていたの……って!」


 甘い熱を帯びた顔とはうって変わり鋭く凛々しい顔を向けると男はハッとした。

 最後の言葉を強調しながらナイフを何本か投げる。

 ナイフは風を切り男に向かって飛んだが、男は負傷してない手に持っていたステッキを振った。

 カランっと音を立てナイフが落ちる。

 男は滴る自身の血をぺろりと舐めとった。みるみるうちに塞がる傷口を見てアルテナは確信した。

 ……――吸血鬼ヴァンパイア

 人の血を吸い、不死の体を持つ存在。


「噂で聞いたの、この辺りで女性の変死体が多発してるって、あなたの仕業なんでしょう?」

「……それで待っていた……か」

「どうなの?」

「そうだよ、みんな私がやった。君みたいに待っていたと言われたのも初めてじゃない」


 わかりやすい挑発だった。

 問いに答えながらとげのあるいいかたをし、また死んだ女性たちを卑下するような言い方。ベラベラと今まで命を奪った女性たちを話していく。

 確かに今の女性は好奇心旺盛だ。

 噂で吸血鬼ヴァンパイアが出ると聞いて一目その姿を見ようと安易にやってくる。

 そして血を吸われ死んでしまう。

 アルテナ自身も軽率な彼女たちに同情しきれない複雑な心境だった。

 だが、男がしていることは死者への侮辱だ。しかも自分の糧になったもの達の。

 アルテナが許せなかった。


「キミはハンターだろう?」

「……だったら?」

「私はまだ死にたくないのでね……死んでもらうよっ!」

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