それはまるで夢みたいな②

 気がつくと小鳥のさえずりが聞こえてルナリアは目を覚ました。

 まるで寝た気がしない不思議な感覚に襲われながら重い体を起こしベッドを降りて昨晩治療した黒い獣の様子を見にリビングに向かった。

 リビングに入ったルナリアは目を疑った。

 確かに毛布をかけたのは大きな黒い獣だ。なのにどうだろう。目の前には獣は存在せず、1人の男性が毛布にくるまっている。

 黒い髪を一つに束ねた整った顔立ちの男性。

 ふ、と目を開けた男性と目が合う。あの、黒い獣と同様の吸い込まれそうなほど黒い瞳がルナリアを見つめた。

 あまりの驚きに言葉が出ない。

 それに気づいてか、男性が声を出した。


「昨日は……すまなかった」

「え、あ……」

「魔力を分けてくれたのだな。感謝する」


 深々と頭を下げながら言うと、今度は頭を上げ腕を見ながら言葉を綴る。

 心地いい低い声が並べた言葉に合うように響き、男性の性格を表しているようだった。

 律儀な人なのだろう。話しながら毛布をたたみそっと横にずらして置いた。


「ところで、……君は医師の違いなのか?」


 突然の問いにルナリアは吃った。

 何故そう思ったのかは安易に予想は着いたが、そんなことに気づくほどまだ頭が回っていない。

 寝起きだからか、はたまた、まだ今の状況を理解しきれていないのかは定かではない。

 けれど明らかに男性のペースだ。


「いえ、私は天文学を……」

「天文学……この世界の者は・・・・・・・医師じゃなくとも魔力を移すことができるのか……」

「え、いえ、私のは本の知識を実践してみただけで、専門的な知識はありません……」

「……君も本が好きなんだな」


 おずおずとルナリアが男性の問いに答えていくとふと、男性がった。

 笑ったと言うよりは微笑んだに近かったが目はとても悲しそうにルナリアには見えた。

 意を決したように声を出せば、男性は遠い目で優しく微笑みながら答える。


「君も……ってことは誰か他に?」

「あぁ、とても本が好きな本の虫がね」

「……あ、の、あなたは誰ですか?どうしてこんな傷を……?」


 真剣な面持ちで問えば男性は頭を二、三度掻いてルナリアをみた。

 男はクロナと名乗りポケットから1枚の紙を出して見せた。

 自分はこれを探して各地を回っていること、傷はその道中魔物に襲われて回避できなかったこと、その魔物が魔力を吸うタイプの魔物で魔力を取られ回復に時間がかかったこと……ある程度のことを話した。

 ルナリアは静かに聞いていたがふと、何か違和感に気がついた。

 男性……クロナは「この世界の者」と言っていた。«この街»ではなく«世界»と。


「……クロナさんはこの街の、ううんこの世界の人じゃないんですね?」


 確信はなかった。

 けれど確信を得たようにルナリアは言葉を綴っていた。

 クロナは一瞬戸惑ったように目を開いたが真剣なまだ幼さを残したルナリアの顔を見て小さく笑う。

 それから窓に手をかけて開けた。


「本当に助かったありがとう。またどこかで」

「っ!え、クロナさんっ!?」


 朝の日差しと風が室内に入る。

 クロナはそう言うと足を窓にかけて外に飛び出す。

 一瞬驚いたルナリアはさっきまでクロナが居た窓に急いで駆け寄り外を見た。

 何も無い。

 あるのは見慣れた街の風景だけだった。

 何が起きたのか理解できなかった。たった今ここにいた黒い髪の男性も昨晩助けた黒い獣も、外に姿がないことが。

 力が抜けたように窓に手を当てながらスルスルと座り込み体をひねって部屋の方へ向けると、天井を見る。

 口を両手で覆って笑う。


「まるで夢……ですね」



 ふふっと小さな笑い声とつぶやきが、静まり返った部屋に響いた。


 

End.

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