~滴~
「おかぁ…さん?」
記憶の中の景色が東子の脳を支配した。暖かい人の温もり。誰かが抱きしめている。優しい力加減。少し震えている。緊張している? この温もりは母のとは違う。細い腕。良い香り——森林のそよ風みたいな香り。はねた黒髪。母の髪ではない。これは——誰?
水色に光る、人間らしさを失った
「あ、あなた、何してるの!?」東子は自分を抱きしめる秋に気づいた。
秋も身をかがめ、東子を心配する。
「バカやろうかよ…」
「ごめん、バカだ、わたし…。ヘビは?」
「今は氷の
「弱点は?」
そう言って東子は、左眼をこらして大蛇を見た。秋の言葉通り、氷の彫刻のようになった大蛇。しかし、その弱点である〈
–––––無駄だった。
東子は自分に対して血の気を引かせた。何をやっているんだと、自分を責めた。
「いいか、お前は一回休め」
「そんなまだ闘える…!」
東子は体を持ち上げようとした。しかし足はガクガクと震え、すぐに地面に
「ごめん、ごめん、ごめん——なさい」
「お前が必要なんだ。俺より頭いいんだから、わかるだろ?」
「うん……わかる…」
「迷わず『うん』て言うなよ…、まるで俺がバカみたいだろ。よし、えっと——」
大蛇に刺さった
「東子さんを頼む!」
「は、はい!」
木島は、東子に慌てて近づきおんぶをした。ちゃんと食事をとっているのかと、心配になるほどに軽い体。雪のように冷たい肌。木島はそのまま、学校の中へ——保健室に東子を
「おっさん! 大丈夫かよ!」
「心配ねぇ。それより、これからどうするつもりだ?」
「東子の体力が戻るまで、俺が時間を稼ぐしかない」
「それなら、俺たちにも手伝えるかもしれん」
「手伝う? どうやって?」
「火を…使ってみる…」
「火?」
会話をする二人の耳に、「すがさぁぁん! もってきましたぁ!」と田中の叫び声が届く。須賀の命令で今まで〝棒とガソリンとタオル〟を探していたのは、弱気な警官——田中と、須賀を治療した警官——
「あ!? リコーダーだと!?」
田中は小学生の教室、そのロッカーに入っていたリコーダーを見つけ「棒だ! あった!」と、大人になっても忘れていなかった少年の心を
「お前…、これにタオル巻きつけて燃やすと、どうなると思う?」須賀は、悲しい顔で田中を見つめた。田中は、何か問題でも…? と言いたげな、とぼけた顔で須賀を見つめ返す。「え? 何か問題が? あ——子供達が困る!」
––––ペチン!
「こんな
––––ぺチン!
田中は二度、須賀のツッコミを食らった。須賀は、なんだこの
須賀の声を聞き届けた
「よし! すまん! 助かった!」地面に着地し、コロコロと足元に転がったテープを拾い集め、須賀はすぐさま、そこにいる秋を
一本では短く、松明としては心細いリコーダー。幸いな事に田中は持ち前の〝天然〟を
「すまん…! だがこれも多少は役に立つはずだ……!」
「あ…、そうだ…あの、警官さん——大蛇を囲むように、グラウンドに大きな円を描くように…ガソリンをぐるっと
「万が一だよ。もし、こんな松明ごときの火で、あいつがビビらなかったら…、もっと、強い
「——わかった」須賀は一度立ち上がり、
「いいか! 俺たちはまず、松明と銃で、あいつを怯ませようとする! 動き回る大蛇の足をすこしでも止め、秋の負担を軽くする。それでもダメなら、炎の
須賀と田中の二人は左手に松明、右手に拳銃を持った。金田は赤いポリタンクを抱えて、大蛇を大きく、広く、囲むようにガソリンで円を描いた。その直径は約30メートル。炎の壁に囲まれた闘技場を作るに
秋は、
大蛇の体からは氷の槍が全て無くなり全身の穴も塞がった。一度、天を大きく仰ぎシュァァ…と蛇らしい声を鳴らす。どうやら自分が人間であった事実を完全に忘れたようだ。4本の腕——彼にとっての脚を地面に押しつけ、鈍い地響きと共に、さて…やるか…? と言いたげな眼で秋を睨む。大きく横に裂けた口、巨大な二本牙、その間から、先の割れた舌を出して見せる。
東子が力を回復させるまでの間。それまでにもし決着がつくとしたら人間の方が全員、食われる以外にない。秋と警官、合わせて4人対大蛇——。巨体の猛攻をひたすら耐えるだけの、袋小路に閉じ込められたネズミの気分を味わえるような、
刀闘記
~滴~
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