第25話 多勢に無勢
すっかり暗くなった公園で、楠木は指をパチンと鳴らし、他のMAPたちに攻撃開始を命じた。
次の瞬間、僕らの周りで小規模な爆発が次々に起こった。身の危険を感じるほどの強烈なものではなく、公園の黒土と白煙が巻き上がるくらいの威力だ。
「うわぁ!何だこれは!」
背中の方から、金森君の素っ頓狂な声が聞こえてきた。先程は苦しそうだったが少し良くなったのだろうか―――少し思ったけれど、彼の方に視線をやる暇が無かった。僕の視界は闇の中を漂う白煙の揺蕩いで満たされ、悪辣極まりない敵勢力の姿は完全に消えている。今はどこから奴らが攻勢を掛けてくるか皆目見当も付かない。こんなバトル漫画のような経験などしたことがない。動揺する気持ちを孕んだまま、右へ左へと視線を飛ばした。
小爆発からややあって、靄の一部が大きく揺れた。
次に、闇の中から雷撃を操る男・広瀬がこちらへ突撃してくるのが見えた。興奮極まれり状態なのか、何やら訳のわからない奇声を吐いている。奴の右手には、バリバリと音を立てて電流が迸っている。どうやら、楠木が予め準備しておいた小爆発によって僕らの視界を無くし、その隙に広瀬のガルバナイズで不意打ちをする、という作戦だったのだろう。
だが幸いなことに、奴との距離は五メートル程ある。もちろんガルバナイズは遠隔攻撃だろうからその場で撃ってくる可能性はあるだろう。しかし、こっちだって瞬時にエネルギーの凝集・解放をする修業を積んでいるのだ。レベル1相当の魔術しか使えない僕だけど、エネルギーを集めて奴の足元に水流を作り出すことくらいはいとも簡単なことだ。ガルバナイズとスクウォートは相性が悪いけれど、そもそも魔力を使わせなければいい。そのために、奴の姿勢を崩す必要がある。
僕は精神を集中させ、コンマ数秒で十分な量の魔術エネルギーを手先に集らせた。そしてそれを広瀬の派手なスニーカー目掛けて打ち込んだ。水色の球体は、ぐるぐると横回転しながら問題なく奴の足元目掛けてすっ飛んでいく。
これでひとまず広瀬の動きは止められるだろう―――僕は安直にもそう考えてしまった。
しかし、次に見た光景に僕は目を疑った。
「へっへ、そんなチンケな魔術で俺を止めようたって、そうはいかないぜ!」
下品な笑いを湛えつつ、広瀬はエネルギーを宿らせていない方の手に一瞬で黄色い魔術エネルギーを凝集し、僕が放った球体のエネルギー凝集体に向けてそれを打ち込んだ。二つのエネルギー体が衝突すると、バチン!と何かが弾けるような音がして、両方のエネルギー体は消えた。
そ、そんな馬鹿な―――はっきり言って度肝を抜かれた。まさか、両方の手にそれぞれ別個の魔術エネルギーをコントロールできるとは思わなかった。こんな光景は、東雲さんのイグナイトでも見たことが無い。
呆気に取られて動きが止まっていた僕の目の前に、黄色い閃光が迫る。
「喰らえぇぇぇぇ!」
広瀬の絶叫が聞こえた次の瞬間、頭と意識が数秒間真っ白になった。
かろうじてた持たれている微弱な意識の中、僕の全体を激しい痺れと痛みが襲う。聴覚には奴らの浮ついた笑い声と落雷のような腹に響く轟音が混じり合って流れる。
「酒匂君!!」
ろくに考えが回らない。肢体に力が入らない。僕の意識が通っていないのをいいことに、あちこちほ筋肉が勝手にびくびく小刻みに震えている。
そんな状態で重力に抗って立つことはできず、僕はまたしても黒い地面に倒れた。
「流石は魔術レベル1の雑魚キャラだぜ。水の魔術で俺の足元を掬ってガルバナイズを阻止しようとしたんだろうが、まったくの同じ手段を講じるとは浅はかだったな。それに、残念ながらレベル3の俺には、両手で魔術を操る力があるんだよねぇ」
「いいぞぉ!広瀬!」
「広瀬君、かっこいい!」
ギャラリー達は大興奮な様子で広瀬を褒め称えた。
僕ら三人を殲滅するにあたり、最も大きな障害は間違いなくこの僕だろう。
そんなMAPの僕をこれほど容易くノックダウンさせたのだ。広瀬が賛美を浴びるのは当然な気がした。
うつ伏せになりながらも、僕は広瀬を睨む。奴は余裕の表情で、掌に集めた魔力で遊んでいるようだ。手の先からバチバチと小さな電流が飛び出している。
「おっと、ひょろひょろの体の割になかなかタフじゃないか。まさかまだ動けるとはな」
痺れが取れてきて、僕は何とか自分の体を起き上がらせる。それを見て広瀬は余裕綽々といった緩やかな語り口で僕らと対峙している。
「う・・・ぐっ・・・ち、くしょう!」
後ろには、為す術もない蓮田さんと金森君がいる。金森君は向こう見ずとはいえ勇気がある。蓮田さんは運動能力も知能も兼ね備えている。それでもMAPではない以上、この状況になって彼らにできることはあまりない。そもそも、魔術を使えるという時点で一般人からすればほとんどお化けや妖怪と同じなのだ。抗う術など持ち合わせていない。
だから、僕が彼らを守るしかないんだ―――気力だけで痺れる体にムチを打ち、立ち上がらせる。
「おいおい、あんまり無理するなよ。そろそろ辞世の句でも詠んでおいた方がいいぜ。どうせお前らは死ぬんだ」
「うるさい。こんなとこで、死んでたまるか」
「へぇ、なまじっか根性はあるんだな。まぁ精神が多少強いくらいでどうにかなるほど俺らは甘くないけどね」
広瀬の掌には、膨張と収縮を繰り返す魔術エネルギーの球体が浮かんでいる。本格的に魔力を集め、撃ち出す気配はない。この状態からであれば、レベル1程度の魔術ならば三、四回は繰り出せるだろう。奴は現在レベル3相当のMAPと同等の力であるはずだが、手数を増やせばあるいは奴と伍せるやもしれない。
奴が再び魔力を集め始める。あの凝集時間の長さを見るにつけ、どうやら最大火力で撃ち込むつもりらしい。僕は広瀬を睨みつけたまま瞬時に小さなエネルギー体を成形させ、それを投擲しようとした。
「次でお前を鎮める!」
その時、広瀬の口端がにやりと歪むのを見た。そして、彼は先程と同じ余裕のある話し方でこう言った。
「おっと、もう少し広い視野で物を見たほうがいいんじゃないか?」
「何だって?」
「酒匂君!危ないッ!」
後ろから蓮田さんの声がした。
広い視野―――そう聞いて僕はハッとした。
視界の最外縁部から、広瀬とは違う方向から山沢が思念でできて鋭い何かを投擲するために腕を振り下ろしたのが見えた。鋭利な魔術エネルギーの塊が、風切り音を伴って闇を切り裂いてこちらへ飛んでくる。時折、公園の電灯に反射してきらりと光る。暗くて分かりづらいが、どうもエネルギー体は三つあるらしい。
「ぐぅ!やられたっ!」
僕は広瀬のために凝集させていたエネルギーをそれに放った。一つは上手く撃ち落とすことができた。そして次のエネルギーを溜める。しかし、何と言っても向こうはそれこそダーツの矢そのものだ。いくら僕の魔力凝集が多少上がったとはいえ、その速さに対応することはできなかった。
山沢の放ったナイフ状のエネルギー体はあえなく僕のところへたどり着き、左足、頬を掠めて後方へ飛んでいった。所々から、血が迸り出る。僕は攻撃を受けて二歩三歩とよろよろ背面側によろけ、またしても地面に倒れた。
「ちっ、まともには当たらなかったか。ま、直撃だろうがかすり傷だろうが、お前はもう戦えないけどな」
「う、ぐわぁぁ!」
思わず、情けないほど大きな叫び声が出た。咄嗟に体を曲げて攻撃を避けたつもりだったが、一発だけはもろにエネルギー体が体を切り裂いた。
攻撃を受けた場所が死ぬほど痛い。体を少し動かしただけでズキズキ激しく痛んだ。先程受けた傷すら痛み続ける中、今しがた傷を受けた太腿を両手で覆った。やはり、掌には生暖かい血液の感触がある。それだけでなく、時折血の匂いが鼻先を掠めていく。
どこからどう見ても満身創痍そのものだった。上半身を起き上がらせるのだけでやっとだ。
「酒匂君!」
金森君と蓮田さんが近寄り、顔を覗き込んだ。二人とも、深刻そうな顔をしている。
「二人は・・・早く逃げて・・・ぐっ!」
時折傷が激しく痛んだ。その度、気絶寸前まで意識が遠のいた。
蓮田さんは涙を浮かべながら頭を横に振り続けている。
「駄目だよ!あなたを置いていくわけには」
「そうだよ。傷だらけの君を見捨てることなんてありえない!」
二人の声も、楠木達の嘲笑も、山沢への賛美も全てが遠くに聞こえる。激しい痛みがその他の感覚を鈍らせている。だんだんと、覗き込む二人の顔がぼやけてくる。
「おいおい!そんなことしている場合か!次で終わりだ!」
ミューティレートが撃ち込まれる前にエネルギーの凝集をしていた広瀬が、黄色い電流を帯びた球体をこちらへ投擲してくるのが見えた。
まずい―――体中から脂汗が出るのが分かった。この態勢では、エネルギーをまともに集めることすらできない。仮にそれができたとしても、奴はレベル3の魔術持ちなのだ。レベル1の僕がいくら渾身の魔術を行使したところで、あの勢いを止めることはできないだろう。
あの電撃を食らうのは間違いない。僕は思わず身を固くした。
しかし、僕らと広瀬が放ったエネルギー体の間に小さな影がさっと入り込んだ。
それは紛れもなく、金森君の小さな体だった。
「金森君ッ!」
彼はこちらへ向かってくるエネルギー体の前に飛び出して、可能な限り大きく両方の腕を広げた。ガルバナイズの黄色い球体が迫るにつれて、その光の迸りを向こう側に隠した金森君の背中は一層黒く塗りつぶされ、反対にその輪郭の外側から漏れ出る黄色い閃光が視界を占領していく。
「駄目だ金森君!そんなことをしたら死んでしまうぞ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
紙を裂くようなバリバリという不快な音が聴覚に入り込んでくる。それにも負けないほどの声量で、金森君は雄叫びを上げている。
彼は、僕らを守ろうとしている。
楠木たちの魔術が強力だと知っていないはずはないのに、それでもエネルギーの射線上から退こうとしない。
「この二人に、手出しするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
次の瞬間、エネルギー体は金森君に直撃した。
彼の体は黄色い光に包まれ、大きく痙攣している。それは数秒間続き、耳障りな音や黄色い閃光が無くなると、金森君は何も言わずにバタリと地面に倒れた。電撃をもろに受けたせいか、金森君が着ている制服はところどころ焦げ付き、顔は煤に塗れている。
またしても魔術が当たったのが嬉しいらしく、向こうの一団は馬鹿笑いしている。
「おいマジかよ!あいつ広瀬さんの魔術が防げるとでも思ってたのか?」
「仕方ねぇよ!金森が今までまともな行動なんかしたことないだろ?あいつ馬鹿だからさ」
地面に横たわり、未だにびくびくと痙攣を続ける金森君を、奴らは容赦なく笑いものにした。
「金森君!」
蓮田さんが彼に駆け寄り、自分の膝の上に上半身を乗せる。
「金森君!金森君!」
僕も足を引きずって二人に近づいた。その間も、蓮田さんはぼろぼろと涙を落としながら金森君の肩を抱いて、どうにか彼の意識を戻そうとしている。
痛みを堪えて彼の側まで来ると、金森君の瞼がゆっくりと開いた。
「金森君、しっかりするんだ!」
「———は、すださん。さこう、くん」
金森君は弱弱しい笑顔を僕らに向けてきた。意識が判然としていないらしく、目が虚ろだ。
「何であんなことしたんだ!奴らの魔術が生半可のもじゃないことくらい分かっているだろう?!」
思わず、僕は語気が強くなった。あんなこと、無謀以外の何物でもない。
「ごめん・・・だけど・・・」
金森君は声を掠れさせて続ける。
「僕は・・・今まで何もできなかった・・・ちゃんとやろうとしても、いつでも失敗、するんだ・・・何も守れない。だけど、せめて何もできないなりに・・・君たちを守りたかった・・・」
彼の眼尻からは一条の涙が頬を伝ったのが見えた。
「なぁ酒匂君・・・僕は何も持っていない・・・だけど・・・君たちを守れたかなぁ?ヒーローに、なれたのかなぁ?」
僕は大きく首を縦に振る。力いっぱい、何度も振る・
「あぁ!もちろんだ!君は間違いなくヒーローだ。ヒーローになれたんだ!誇っていい!」
「そうか・・・そうか・・・」
蓮田さんに抱きかかえられた金森君は、繰り返すように笑みを浮かべた。
そして、再度意識を喪失させた。
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