第6話 ワケあり令嬢、ぼっちを引退させる

 何というカミングアウト! 正確には正確じゃない情報だけど……。


「こ、ここ困るよ、そんな適当なことを!!」

「クスッ……どうして困るんですか? 後ろの席の小野瀬さんにとって、わたしの発言は、とっても幸せなことが起きるんですよ?」

「し、幸せって……」


 今までの俺のクラスでの立ち位置は、委員長に時々話しかけられている誰かだった。

 だからこそ、クラスに溶け込まず馴染まず、それでいて影のリーダー(個人の主張)として、密かに存在していたはずなのに……この令嬢は何をしてくれている!


『小野瀬。赤名を知っているのか? それなら、赤名に色々教えてやれ。以上」


 何を教えろと……というか、肝心のリンは前の席にちゃっかり座っているし、さっきの言葉の意味すら聞けずじまいだ。


 ホームルームがあっさり終わると同時に、見向きもされなかったはずの俺の元に、人だかりが出来た。

 

『お前、小野瀬だったか?』『何だよ、令嬢と近い存在なら仲良くしようぜ!』『小野瀬君、私もよろしく』などなど、クラスメートのモブ……すなわち、モブメートたちが一斉に俺に注目を始めたじゃないか。


 担任ですらも、俺のことが見えていなかったはずなのに、名前を呼ぶようになってしまうとは、何という不覚。


「小野瀬くん、後で大事なお話……分かった?」

「……ハイ、委員長」


 興奮冷めやらぬみんなを優しく払いのけながら、低テンションで近付いて来たイツキだったが、一言だけ言い放ち、すぐに自分の席に戻った。


 アレは静寂なる怒りに違いない。


 それはともかく、俺のことをリーダーとして尊敬しているはずなら、あんなわざとらしい発言はしないはずだし、イツキを怒らせて嫌われさせようとしているように思えるのは、一体どういうことなんだ。


 一限目が始まるまでに、事の真相を確かめる為と潔白証明の為に、リンに近づいて廊下に連れ出すことにする。


「えーと……あ、赤名! 話がある! ちょっと――」

「クスッ。ダーメですよ? わたしのことは、リン……そう呼ばないと、今すぐ悲鳴を上げちゃいますよ?」

「――いやっ、それはその……」


 俺とリンは確かにゲームの中からの付き合いであって、呼び捨てするのに何のおかしさも無い。


 だからといって関係のない学院、それも転校したての教室でそんな大胆な呼び方をしたら、俺は間違いなく常に誰かにタゲられてしまうじゃないか。


 イツキの視線も痛々しいし、心を鬼にして……。


「呼ばないつもりですか?」

「こ、ここは教室の中であって……だから」

『スゥー……小野瀬くんにおーそーわー』

『わーわーわーわー!! リン、こっちへ来てくれ!』

「はぁい。廊下ですよね? リーダーに付いて行きますね!」


 朝の時点でリアル素早さが上がった気がするが、こんな上がり方は勘弁して欲しい。


 窓側に座っているイツキが立ち上がらなかったのは幸いで後が物凄く恐怖すぎるけど、今は目の前のこの子に集中しなければ。


「どういうつもりなんだ、リン! お、俺がいつキミのあれこれを奪った? それにそうだとしても、学院……リアルで言うべき事じゃ……」

「リーダーにはこれまで沢山奪われましたよ? アイテムとか、レアな装備とか……それも引退して無かったことにしちゃったんですか?」

「そ、そうじゃないけど、奪ったんじゃなくて分配で……」

「攻略組にいたメンバー……とりわけ、わたしたちはリーダーといつも一緒にいましたし、他の女子たちもきっと同じことを言うと思いますよ?」

「そんなこと言われても……じゃなくて! 俺を目立たせるようなことを言うのは駄目だよ! だって俺は――」


 少なくとも、教室では一人で静かに過ごしたい奴なのに。

 時々はイツキに話しかけられるけど、義妹だから当たり前なわけで。


「リーダー……ううん、イツキくん。そんなの許さないですよ?」

「な、何を許さないって……?」

「イツキくんは、攻略組の絶対的なリーダーだったんです! そんなリーダーが、ぼっちを満喫して過ごしているなんて! そんなのは、他のメンバーが何とも思わなくても、わたしは嫌です!!」

「でも俺はなるべく目立ちたくなく……」

「……いいんですか? ここで叫んでも」


 むぅ、やってることと言ってることは可愛げのあることだと思えるが、そもそもゲームの中のことを外に持って来るのは、さすがに……。


「キ、キミは何が目的で転校をして来たのかな?」

「リンは、朝も言いましたけれど、イツキくんに会いに来ました! とっても、とーっても会いたかったんです! リーダーはみんなの憧れで、それでいて好きな人だったんですよ? きっとみんな、イツキくんを狙うと思います」

「リ、リアルはそんな存在じゃ……」

「いーえ! イツキくんには、ぼっちな生活を引退してもらいます! そうじゃなきゃ、リンがここに来た意味が無いんです!」


 胸を張って言われても困ることなのに、このワケありげな発言は何なんだ。

 それにさっきからみんなって言ってるが、これはもしや……。

 

「一応聞くけど、リン以外にもこの学院に転校をして来る予定が? それもかつての攻略組の……」

「外れですっ! 転校はわたしだけですよ? でもでも、みんなはすでに通っています。だからこそ、わたしがファーストアタックなんです!」

「ほわぁっ!? ま、マジで……?」

「同じ教室じゃないですので、リーダーがぼっちと知られたら、わたしは悲しくなっちゃいます……そういうことなんですけど、引退してくれますか?」


 せっかく攻略組のリーダーを引退して、リアルではのんびりと一人楽しく過ごそうとしていたのに。


 それなのに白い髪の狂戦士が学院にポップした挙句、ぼっちを引退させるとか、リアルの彼女は可愛くていいなと思っていたのに、なんてこったい。


「引退したら、何かいいことが?」

「そうですね、一回だけ、イツキくんの言いなりになっちゃいます!」

「ふぉっ!?」

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