第39話 学園の姫のジャージ は良い香りがして……

 雨はだいぶ弱まり、水が引いていくのがわかった。


「よかったわね。お店に閉じ込められないで……」


―――閉じ込められてしまってもよかったが、そんなことは口が裂けても言えない。


「そうだね。もうすぐ家に帰れる」

「うん。じゃあ、あと少し歩いたら別々の道だね」


―――このまま帰ってしまうのはたまらなく寂しい。


―――もう少しだけ、あと少しだけでいいから、一緒にいられないかな……。


 雨雲に覆われているせいで、かなり暗くなっているが、時刻は六時を少し回ったぐらいだ。急いで帰る必要は無い。


「家まで送って行くね。足下が危ないから」

「いいの? 健人だって同じことよ。送ってきたら、帰りは一人で帰らなきゃならないんだから」

「いいよ。心配しないで」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


―――そう言った後の茜さんは、心なしかうれしそうだ。


「変なものがあるといけないから、慎重に歩いて」

「そうよね。危険なものがあっても、水の下にあったら見えないからね」


 二人は慎重に一歩一歩、地面に障害物がないかどうか確かめてから進んだ。


「なかなか進まないね」

「仕方ない。ゆっくりでも、慌てないで行こう」


 幸いなことに、雨は小降りになってきた。それとともに、水かさは引いて行った。


「もう平気ね!」

「ああ、茜さん。そんなにどんどん歩いちゃ……」

「あっ!」


 茜さんは、足元の何かに躓いて倒れそうになった。


「危ないっ!」


 健人は、傘を投げ出し彼女の体をぎゅっと掴んだ。


「あっとお! 危ないところだった……はあ、健人」

「茜さん、気を付けてっ!」


 まるで酔っ払って、ふらついているおじさんのようになった茜さんを、抱き留めた。


「うう……、助かった」

「こんなところで転んだら、又びしょ濡れになっちゃう……」

「そうだね。泥だらけになっちゃう。気を付けるよお……ぐすん」


 歩道に、ぷかぷかと障害物が漂って乗っかっていたようだ。


「僕が前を歩こうか!」

「そ、そうする?」

「うん」


 健人は、茜の一歩前を行くことにした。雨がほとんど収まってきたので視界は良かった。もう制服のズボンはびしょぬれの状態だった。


「ああ、大変だったあ」

「ようやく家に到着だ。それじゃあ、また明日」

「いやいや、健人も家に入って」

「悪いよ、僕は……」

「そんな格好じゃあ、帰るのも大変だから! ねっ!」


 健人は茜に言われるままに家に入った。家政婦の直子さんが出迎えてくれた。


「まあ、二人ともびっしょりじゃないの! 風邪を引いたら、大変だわ! それに、気持ち悪いでしょう。シャワーを浴びていらっしゃいな」

「うん。そうする。じゃあ健人君、待っててね。あたし先にシャワーを浴びてくるから」


 直子さんは、びしょ濡れの健人の姿を見て同情している。


「さ、さ、早く上がって。体が冷えちゃうわよ」


 濡れたズボンのままでソファに座るわけにはいかないので、ダイニングルームの椅子に座って待つことにした。十五分ほどで茜さんは、ジャージに着替えて出て来た。シャワーで温められ顔色もだいぶ良くなった。


―――こんな時の素顔は綺麗で、色っぽくって、いくらでも見ていたくなってしまう。


「さあ、健人の番よ。早く温まって来てね」

「わあ、ありがとう」

「それから、ズボンがびしょびしょでしょ。あたしのジャージを貸してあげるわ」

「茜さんの、ジャージを……」

「ちょっと小さいかもしれないけど」

「う~む」


 茜さんのジャージを広げて自分の足にあてがってみると、チョットだけ短いようだが幅は十分にあった。


「入りそうだよ」

「そりゃそうだよね。私そんなに太ってないから」

「そういう意味じゃなくて……」

「いいから、いいから、お風呂に入って来てね。さっぱりするよ」


 健人は、茜の家の風呂に入るのは初めてだった。ダイニングルームと茜の部屋以外の場所に立ち入ること自体が初めてだ。


―――何だか、ドキドキするなあ。


―――だっていつもここに茜さんが裸で入っているんだから。


 健人は裸になった。ちょっと細身の引き締まった体を鏡に映してみる。


「ナイスボディだ。いかしてるぜ! イェイ!」


―――何がいいのか! 


 風呂場に入り体を洗ってからもう一度鏡に映してみる。茜さんもさっきまでここで裸だったんだ。健人はポーズを取った。


―――どう、茜さん、僕の裸は?


―――健人~~、素敵~~、私もう夢中になっちゃう~~~っ!


 茜さんの声が聞こえてきそうだ。


―――今夜はもう返さないからね~~! 


―――あっ、茜さん、僕もう。そんなところを触らないでください……僕もうメロメロです~~!


 健人はシャワーで、体についた泡を洗い流して、湯を思いきり体中に当てた。そして、顔までお湯をかけて、体をくねらせた。


―――あっ、そこも触っちゃうの、あ~~っ!


―――健人く~~ん、いいでしょ、アハハ、そんな怖い顔すると、くすぐっちゃうからあ……。


―――あっ、茜さ~~~ん!


―――私の体も触って……健人く~ん。


―――よし。今日は、帰らないぞ!


 健人は、茜の体をあちこち触りまくっている。


―――あら、力が強いのね。ふ~~~んっ。


―――このまま、ここで抱き合おう。うぉ~~っ。


―――は~ん、素敵! 


―――じゃあ、ここも触っちゃうよ!


―――あっ、あっ、あっ、あ……。


 健人は体をくねくねさせ、茜の体のあちこちに自分の体をぶつけた。そして、自分で自分の体を触っていることに気付き……。



―――ああ、全て自分の想像だった……。


 そして、我に返った。しかも、お湯をかけすぎたせいか、だんだんのぼせてきた。


―――そろそろ出なきゃ。はあ。


「茜さん、いいお湯でした」

「さっぱりしてよかったね。あら真っ赤な顔をしている。よ~く、あったまったのね」

「とっても。いつも見ているこのジャージ、僕にも丁度良かった」

「あれ、あれ、あれあれ、ぴったりじゃないの。私たち双子みたいね」


―――双子ってことはないだろうに。


 しかし先ほどの妄想が、はっきりと頭の中にこびりついている。茜さんを目の前にすると、大胆な気持ちになってきた。


「茜さん無事に家に帰れてよかった。僕は心配だったんだ」

「ホントに、帰れてよかった。健人、ありがとう。結構頼りになるね」

「茜さん……」


 健人はジャージ姿の茜をぎゅっと抱きしめた。家に帰れた安ど感からか、茜も健人を抱きしめていた。茜のジャージからはとっても良い香りが漂っていた。


―――うぉ~~っ! 感激だ~~~っ! 


―――この後の展開が楽しみだ~~~~っ!


「今日はもう遅いから、健人も帰らなきゃね。家の人が心配しているよ」

「……あ、ああ。そうだね……」


―――残念、無念……。


「まあ、冷たいものでも飲んで、ちょっと休んでから帰ればいいわ」

「あ、ありがと……うまい!」



 無事を確かめ合ったハグを、最大限の茜の好意と受け止め、健人は家路についた。

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