第37話 学園の姫と雨宿りする

 くららの様子が変だということは、座っていた他のメンバーも気がついた。その原因が健人にあることも……。


 相変わらずくららは思い詰めた表情で、顔を隠している。告白してみたものの、健人と顔を合わせるのが恥ずかしくなってしまったのだ。


 そんな様子を見て、茜さんがいった。


「ねえ、みんな。又このメンバーだけで会うことにしない。大人は大人だけでやってるんだからいいじゃない。どこかへ遊びに行くのもいいし」


 それを聞いた大学生の植松と、真行寺龍は目の色を変えた。最初に賛成したのは植松だった。


「それはいい考えだ。誰かと二人だけで会うより、みんなで会った方が楽しいだろう」


 自分と茜さんが二人だけで会うのは、ハードルが高いし、断られてしまったら終わりだからだ。ひとまずみんなで会うというのは、いい考えだ。


 次に龍が、賛成した。


「いいんじゃないかな。茜さんの提案に賛成だ」


 彼も、次のデートの約束が出来たように喜んでいる。


 健人もそれに続いて答えた。


「いいんじゃないかな。みんなで遊ぶっていうのも。まあ、普段は執事をしている僕は入れてもらえるかどうかわからないけどね」


 すると、植松が健人にいった。


「勿論君も一緒だよ。茜さんの友人なんだから。来てくれるよね、健人君?」

「僕はいいですけど」


 ずっと顔を挙げられなかったくららが、少しだけ上を向き、視線をみんなの方へ向けていった。


「ありがとうございます。中学生の私も誘っていただけるのでしたら、参加させてください」


「さあ、これで決まりね」


 茜さんはほっと胸をなでおろした。気まずい雰囲気のまま終わってしまうことだけは避けたかったのだろう。


 くららは気持ちを切り替えることができ、その場の雰囲気を収めることはできた茜だったが、その後の事を考えると憂鬱だった。


―――でもしょうがない、これも自分のせいかもしれないわ。


―――健人君を、かっこよくしちゃったのは自分なんだから……。


 皆それぞれの恋心を胸に、パーティーは無事に終わった。




――――☂――――☂――――☂――――☂――――☂――――


 週が明け、普段通りの学校生活が始まった、ある日の事だった。


 その日は、朝から大雨警報が発令され、大粒の雨が地面に打ち付けていた。生徒たちは外が気になって、窓の外をちらちらと見ていた。


「下校指示が出ないかなあ……」

「先生、こんなに降ってきたら、帰れなくなっちゃいますよ!」


 などと言い出す生徒もいる始末だ。断続的に降り続いてはいたが、バスや電車などは平常通りに運行していたが、結局安全を考え、昼で下校となった。


「あ~あ、この雨じゃあ、帰り道も大変だな」

「傘をさして歩くのも一苦労ね。いっそのこと学校で雨宿りしてから帰る?」

「いや、まだまだ降りそうだ。動けるうちに家の方へ向かって移動した方がいい」

「そうかあ。頑張って雨の中を歩くかあ……」


 茜さんは、なぜかこんな時でも家に電話をして迎えに来てもらおうとは言い出さない。親以外の人が迎えに来るのを極端に嫌がる。そして、お嬢様にみられることが嫌なのだ。


 そんなわけで、健人と茜は、駅までの道を風に飛ばされないように、必死に傘を掴んで歩いた。しかし、傘を差してもあまり意味がないような状況だった。横から雨風が吹き付け、体中がシャワーを浴びたようにびしょ濡れになってしまった。


「台風みたいだね!」

「それに、道路にも凄い水たまりが出来てる。今日は長靴を履いてくればよかったかな」

「いや、この水の深さだと長靴の中まで入って来て、かえって足が動かなくなりそうだ」


 土地の低いところなどは靴が見えないほどの水量になり、足首まで水につかりながら、靴が脱げないように歩かなければならなかった。


 必死で歩き駅までたどり着き、駅ビルの中に入ると、ホッとして体中の力が抜けた。コンクリートでできた大きな建物の中にいれば、身の危険はない。


「やっと屋根のある所にたどり着いた……」

「うん。疲れちゃったね。でも、先ずは一安心ね。もう、車で迎えに来てもらおうかな。誰も見ている人はいないし……」

「それはいいけど、道がかなり水浸しの状態で、車が通れるだろうか」

「そうね、雨が通り過ぎるのを待つ方がいいかな……」

「茜さん、来た時に見たでしょう。低い道では、車の車輪が水没していた」

「……あ、そうだったね。ひとまず二階のコーヒーショップで雨宿りしようか?」

「そうしよう」


 二人は二階にあるコーヒーショップに席を見つけ、座った。


「ふ~う、雨が弱まるかな?」


 茜さんは、スマホで雨雲レーダーを見ている。健人もチェックしてみたが、次から次へと雨雲はこちらへ向かってくる。


「このまま止まなかったら、家に帰れないのかなあ」

「茜さん、雨はいつかきっと止む。心配することはない。でも、止まなかったら、ここにいよう。店の人も許してくれるはずだ」

「そうしようか。服もびしょびしょで冷たいね」

「ちょっと待ってて」


 健人は、ビルの中にある廉価な服を販売する衣料品店へ走り、Tシャツを二枚買ってきた。


「冷たいでしょう! 濡れた服を着たままじゃ、風邪をひいてしまうよ! これに着替えて!」

「わあ、Tシャツを買ってきてくれたのね。ありがとう。わっ、素敵っ!」

「ほら、ほら、早くして! 体が冷えちゃう……」

「あらら、お揃い……」


 袋の中から小さいほうのTシャツを取り出し、健人は茜に渡した。白地に、ワンポイントが入ったシンプルなもので、制服に合わせても不自然な感じはしない。


「トイレで着替えて来るねっ!」


 茜は、急いでトイレへ行き着替えをして戻ってきた。髪の毛を拭き、お風呂上がりのようにすっきりしている。


「あっ、健人は待っててくれたんだ」

「うん、離れると席を取られちゃうからね。雨宿りする人が入って来て、お店が混んできた」

「急いで着替えて来てね」


 健人も体を拭き、大急ぎで着替えさっぱりとして店に戻った。雷が鳴り、稲光も見える。二人で閉じ込められてしまったような気持だ。ここが山小屋だったら、大変な状況に違いない。


 もう一度スマホを見て、雨雲を確認する。雨雲の帯は長く連なっていたが、切れたところがあった。ここにかかって、雨が引いたら大急ぎで帰ろう。


「二人でいてよかったあ」

「そうだね。でも、僕あまり役に立たなくて、御免……」

「そんなことはないよ。こんな時は、誰かと一緒にいられるだけで、心強い」


 健人は猛烈な空腹感に気がついた。


「お腹空いた~~!」

「私も~。ここでお弁当食べようか?」

「そうだね、こんな時だから許してくれるよ」


 二人は、店で買ったコーヒーを飲みながら、店員に見られないように、隠しながら弁当にぱくついた。


―――こんなことをしている時の茜さんの表情は、自然で楽し気だ。


―――心の中の、温かい部分がじんわりと染み出してくるようで、一緒にいるこちらの気持ちまでが癒される。


 あと数時間、二人だけの空間で、この時間を一緒に過ごすことが出来そうだ。

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