第29話 学園の姫と花火の後でしみじみと手をつなぐ
「ねえ、打ち上げ花火やろうよ!」
塁が花火の入っている袋を見て、健人にねだった。
「よ~し、僕が火をつけるね!」
「やったあ! 流石お兄ちゃん」
健人は十連発だか十五連だかの花火の筒を持ち、地面に固定する。適当な石をいくつか見つけてきて、周りを囲み倒れないようにし、真ん中の空間に花火の筒を立てた。
「よ~し、準備はできた。火をつけるからみんな後ろに下がってて」
直子さんと、塁君、茜さんは、数メートル後ろへ下がった。
火をつけるとシューッと導火線から火花が出て、ひと呼吸おきヒューッという音と共に火花が立ち上った。それは公園の木立よりも高く上がりパンと鳴って大きな花火の輪が広がった。
「わーい! きゃっほ―」
塁が歓声を上げる。続けて何連発も上がった。
「キャッ、わ~~~、綺麗!」
「綺麗ねえ」
と言って、茜と直子さんが拍手する。公園で結構至近距離で見ているので、充分打ち上げ花火として楽しめた。
「ドンドンやろうよ」
塁君は大喜びで、袋の中に入っている打ち上げ花火を出した。十個ぐらいはあるだろうか。続けて着火すると今度は、シュウシュウ音をさせながら連続して火花が散った。
「わあ、素敵ねえ」
「これもきれいだね」
―――茜さんは花火の周りを手を叩きながら歩いている。
―――明るい光に照らされるたび、彼女の頬がポット明るくなりそこだけが幻想的に見えた。
健人は花火と茜の顔を交互に見ながらうっとりしていた。
―――こんな情景を見るのは初めてだ。
パーンと上空で花火が開くたびに、心が躍った。
―――浴衣を着てちょこまかと動く姿が、見ていて愛らしい。
―――動きに合わせて髪の毛もゆらゆら揺れて、うなじの柔らかい毛がふわふわ揺れる。
―――頭の後ろの方にちょこんと乗っている髪の毛は、くるくると巻かれてソフトクリームを連想させる。
「あまり近くに寄らないで! 危ないからね」
塁と茜の二人に言ったつもりが、茜が返事をした。
「分かってるよ。そんなに近づいてないから」
「塁君も傍に寄らないでね」
「大丈夫だって!」
二人はちょっと近寄っては、遠ざかる。十本ほどあった打ち上げ花火がもう最後の一本になった。
「これで最後だよ。しっかり見ててね!」
健人が言うと、三人はじっと健人の手元を見守った。しゅっと点火するとパッと三人の顔の向きが上がり、空が輝いた。赤や白や青っぽい光が混ざり合い鮮やかな花が咲いた。
「わ~っ、綺麗だなあ! やっぱり打ち上げ花火はいいなあ」
今度は健人がしみじみと感想を言った。みんなはチョット名残惜しそうに花火の燃えかすを見つめた。
「終わっちゃったね。じゃあ、最後に線香花火をやろう」
「うん。ろうそくに火をつけるからね」
皆しゃがみこんで下を向いた。小さな線香花火の小さな軸の先を、ろうそくの先にちょっとかざす。じゅっと音がしてパチパチと小さな光が放射状に広がる。茜さんは片手をその花火の外側にかざして風を防ごうとした。
―――線香花火をする時って、みんなそんな仕草をするんだよな。
―――風が来ないように。
―――それでも、ほんの少し風が吹くと小さくなった線香はあっという間に落下してしまう。
「あ~ん、落ちちゃった」
「僕のはまだ燃えてるよ」
―――チョットだけ優越感に浸れる。
―――残念がっている茜さんはもう次の線香花火に火をつける。
最初は大きくはじけて大喜びするのだが、次第に消えるように小さくなってしまう。
―――線香花火をすると、いつもはかなさを感じるのは僕だけだろうか。
「消えちゃったね」
「僕のも消えちゃった」
―――茜さんは寂しそうに見える。
―――彼女の瞳は憂いを含んで湿っている。
その瞳は線香花火のかすかな光で輝いて、消えた時には、更に暗くなりすっと薄くなってしまった。健人はそんな様子を見ていて、たまらなく寂しくなった。
はかなさとかが胸に沁みてきた。古典の世界の話が現実の世の中にもあるんだと思えた。
「線香花火って悲しいね」
「終わるとはかないね」
―――僕の人生もこういう物なのかな、と考えてしまう。
―――今全てだと思っているこの世界も、終わってしまえば一瞬なんだと。
四人で最後の一本になるまで黙々と線香花火に火をつけ続けた。
「塁君終わっちゃった。楽しかった」
「うん。健人お兄ちゃんと一緒で、去年の花火より面白かったよ」
―――塁君は優しいことを言ってくれる。
直子さんが花火を一つ一つバケツの中に入れ、片付け終わると塁君の手を握っていった。
「さあ、塁君。帰りましょう。時間も遅いし……」
すると茜さんが直子さんに言った。
「わたしは、もうちょっとだけ公園を散歩してから帰るから、二人で先に帰ってて」
「あら、あまり遅くならないようにね」
「大丈夫、健人がいるから」
健人はその台詞を聞いてドキッとした。
―――二人きりでここに残るのか。
直子さんと塁が行ってしまうと、茜さんは健人の方へ近づいて来た。健人はドキドキして様々な想像を巡らせた。
―――これから何か起こるのかな!
「健人! ちょっとブランコに乗ろうよ!」
「あ、ああ。ブランコね」
―――何だそういうことか。
二人はブランコにのり、夜空を見上げながらスウィングした。夏とはいえ夜の公園は涼しかった。健人がしみじみと言った。
「花火も一緒にできたて、楽しかった」
「そうお、じゃあ執事の仕事をしてよかったね」
「うん」
―――いいことだらけだ。
都会の空に見える星は少なかったが、大きな星だけが光って空で主張しているように見える。帰り道で茜さんが突然言った。
「健人、手をつないで歩こうか?」
「えっ、いいの」
―――何て答えだろう。
言ってしまってから健人はしまった、と思った。
「花火や星を見ていたら、自分がすごくちっぽけに見えてきて、寂しくなっちゃった」
「僕もそんな気持ちだった。夜の風も寂しい気持ちにさせる」
二人は自然に手を取り合い、黙って家までの道を歩いた。冷たくなってきた空気の中で、そこだけがほんのり暖かく、手の先から伝わった暖かさは、心の中にまで伝わりじんわりと温めてくれた。
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