第24話 女子たちに囲まれた学園の昼休み  

 週末が終わり遠足後初の登校日となった月曜日。健人はひとみとのことや茜と過ごした週末の事があり、そわそわと落ち着かなかった。


 ひとみが近くへやって来て熱のこもった眼差しで訊いてきた。健人は頬にキスされた時のことを思い出し、ついポーッとしてしまった。


「あのう健人君……お願いがあるの……」

「お願いって……」

「大したことじゃないんだけど……」

「言ってみて」


 すると笑顔になり話し始めた。


「一緒にお昼を食べてもいいかなあ。この間のバーベキューは楽しかったから、また一緒に食べたいなあ、と思って……」

「俺なんかと食べても楽しくないよ」

「そんなことないわ。とっても楽しかった。いいでしょ?」

「う~ん、俺はいつも茜さんと食べてたんだけど……」

「知ってるわ。じゃあ、茜さんが良かったらいいかな?」

「そうだね……」


―――彼女はなぜ昼食を一緒に食べたがるんだ!


 すると、そのやり取りを聞いていた新堂まきがすかさず話に加わった。


「あら、いいじゃない。私たち一緒に食べようよ。折角仲良くなったんだから」

「あれ、新堂さんも一緒に?」


 廊下にいたはずの茜が戻ってきて何の事かと訊いてきた。健人はそのことを説明した。元々仲が良かったまきの頼みだと知ったらいいというだろう。


「まきも一緒にお弁当を食べるの?」

「いいんじゃない。遠足の時楽しかったから同じメンバーで集まって食べるってのも」


 すると大月ハジメまで入って来た。


「じゃあ、俺も一緒に食べようかな。まあ俺の場合はしょっちゅう食堂へ行くから時々でいいけど。いつも男ばっかりで食べてるから、可愛い女子と一緒に食べるのも楽しそうだ」


 新堂まきは大月の誘いにも賛同した。彼女が話をまとめてしまったら押しきられてしまうだろう。彼女の押しの強さは並大抵ではないからなあ。


「じゃあ、この前のグループで参加できる人は一緒に食べよう。いいよね。楽しかったから。ねっ、茜、健人!」

「まあいいわよ、私は」

「俺も茜さんさえよければ別にいいよ」


 ということでトントン拍子に話はまとまってしまった。篠塚はこのことに気がついていないようだから、黙っていることにしよう。



 昼食の時間になり健人はいつもの様に茜の机の前に自分の弁当を乗せて場所を確保した。すると隣の机をくっつけて茜の隣に新堂まきが座り、健人の隣にはひとみが椅子の向きを変えて座った。


 大月ハジメはちらりとこちらを見て言った。


「俺、今日は食堂で食べるから。弁当持ってきてなかったから」


 健人に目配せして行ってしまった。これでは男は健人一人で女子が三人になってしまった。前に茜、隣にひとみ、斜め前にまきがいる。


「男は俺一人しかいないね」

「まあ気にしないで」


―――大いに気になる。


―――まきがいてくれるのは助かる。


「健人君と一緒にお弁当が食べられるなんて嬉しいな。茜さんと付き合ってるってわかっていても……えへへ」


 ひとみが目を輝かせて言った。遠足の時のときめきがまだ続いているようだ


「いつもいつも二人だけでいても楽しくないでしょ。いいわよね、時々一緒に食べたって。おお、今日のお弁当のおかずは何かしら?」


 嬉しそうに弁当の蓋を取った。ハンバーグや卵焼きに、お浸しなどの野菜が添えられていて見た目も鮮やかだ。


 するとひとみがはにかみながら弁当箱を取り出していった。


「あたし自分で作ったんだけど……」

「凄いじゃない、ひとみちゃん。自分で作ってるんだ。どんなの作ってるの、見せて、見せて!」


 まきが興味津々で弁当箱を注視している。ひとみは恥ずかしそうに蓋を開けた。するとそこには、ウサギの顔が現れた。正確に言うと白いご飯の上に海苔で作ったウサギの顔が描かれていて、唇と歯がニンジンで描かれていたのである。


「凄いじゃない。芸術的! それにおかずも上手」


 おかずはブリの照り焼きや、カボチャやオクラ、ナスなどを使った温野菜が添えられている。しかも味付けは黒酢を使った健康的なたれを使用している。

 健人もその弁当には面食らってしまった。


―――こんな凝った弁当を自分で作るとは、ひとみちゃんはスーパー女子だ。


 彼女の隠れた才能に驚嘆した。


「手が込んでるし、ちゃんと調べて作らないと出来ないだろうな。普段から料理の研究してるんでしょ?」

「まあ、料理番組なんかを見ると一応メモっておくんだ。それからネットで調べたりしてる」

「研究熱心だね」

「そんなことはないの。親が忙しいから自分でやっているだけだから」

「そうなんだ」

「もう、そんなに言われると恥ずかしいから食べようよ」


 そう促されて健人と茜も蓋を取った。健人のは鮭弁だった。鮭に竹輪、それから野菜の煮物というよくあるおかずだった。ちょっと恥ずかしくなったが、まあいつもの母親の弁当だなと諦めた。


「健人君のもおいしそうよ」


 ひとみは優しく褒めてくれた。次に皆の視線は茜のおかずに移った。


 茜のお弁当を見て女子二人は驚いている。今日は完全に中華風だ。酢豚にエビチリ、クラゲの酢の物、シュウマイが入っていた。なぜか健人の見覚えのあるものばかりだった。これは昨日の夕食に出されたおかずの残りだった。なぜなら健人が給仕したものばかりだったからだ。それを朝急いで詰めてきたような……。要するに夕食に出された料理と全く同じものだった。


―――ああ、茜さん可哀そうに……。


 ところがまきは歓声を上げた。


「わあ、茜のお弁当凄いわ! 中華料理のフルコースじゃない。こんなのめったに食べられないわよ。誰が作ったの? お母さん? お料理上手ねえ。しかも、お弁当に入れて来るなんて素敵ねえ!」


―――わお~、下町のおばさんトーク全開だ!


「昨日の残り物よ。もったいないからお弁当に入れてきたの」

「そうだったの~。余計なこと言っちゃってごめん」

「あら、いいのよ。よくあることだから」


―――夕食の時間はシェフがいるけど、朝は早いからいないんだった。


 茜さんの両親は二人とも仕事をしているから、きっと一人で食事をしているんだろう。


 すると先ほど料理の腕を褒められたひとみが健人にいった。


「健人君、もしよかったらこれ食べて」

「えっ、そんな。おかずが減っちゃうよ」

「いいのよ。是非食べてみて」


―――困ったなあ。


―――茜さんの手前もあるけど、断ったら気を悪くするだろう。


 すると、まきが入って来て言った。


「ねえ、食べてみてよ。美味しそうじゃない。こんなことを言われて断るなんて男じゃないよ!」


 いよいよ断れなくなってしまった。もう食べるしかない。


「じゃあ、お言葉に甘えて、一つ頂きます」


 健人は小口切りにしたブリの照焼きを一口箸で取り口に入れた。塩加減も丁度良く、味付けも素晴らしかった。


「うん、美味しいっ!」

「わあ、良かった。健人君に喜んでもらえて」

「ご馳走様」


 すると今度は茜さんが言った。


「じゃあ健人、私のも食べて」

「あ、あああ……。頂きます」


 すると茜は自分の箸でエビチリを一つつまむと健人の口元へ持って行った。健人はあ~んと口を開けパクリと食べた。


「いいわねえ、健人。モテモテじゃない」


 まきが冷やかす。男子だけで食べている連中もそれを見てくすくす笑っている。今日は嬉しくて恥ずかしい昼食時間になった。

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