第22話 学園の姫とお昼寝をする
遠足の翌日は土曜日で学校は休みだった。家でのんびりしていると茜から電話があった。
―――これは特別な用事なのかな!
「ねえ、健人。今日これから家に来られな?」
「今から。何か仕事でもあるの?」
「別に仕事じゃないんだけど、来てくれないかなあ」
ちょっと甘えたような声で頼まれた。
―――仕事でもないなら、他にどんな用があるのだろう。
何も用がないのに茜さんの家に行ったことはなかった。
「用はないのに?」
「忙しいんだったら仕方がないけど」
「忙しくはないよ」
「じゃあ決まり。必ず来てね。待ってるから」
「わ、分かった」
ということで、茜さんの執事見習いとしてすぐさま駆け付けることになった。執事として命じているのか、個人的な用なのか、時々わからなくなる。
急いで駆け付けると茜は家にいる時のいつもの服装ジャージで出迎えた。そしてあろうことか入ってはいけないと言われた茜の部屋へ案内された。
「昨日会ったばかりなのに、今日はまたかたず家か何かがあるの? それとも行事でもあるの?」
「いいえ、特にないんだけど。なぜかまた話がしたくなっちゃったの」
「話かあ……昨日は楽しかった?」
「なんか大変だったわ。篠塚にはずっとそばにいられちゃうし、最後は大勢で歩き回って……」
「確かに落ち着かないに一日だった。僕もひとみちゃんとずっと一緒に歩くことになった」
「ひとみちゃん楽しそうだったわね」
「……うん、まあ」
―――あれ、茜さん嫉妬しているんだろうか。
―――気にしていたのかな……。
「茜さんと篠塚も楽しそうに見えた」
「篠塚一人が盛り上がってたんだけどね」
「帰りもみんな一緒になっちゃって、二人で話が出来なかった……」
茜さんが自分を呼んだのは、昨日ほとんど話が出来なかったからなんだな。今日はここでずっと話をしていればいいのか。
「ひとみちゃん、健人の事が好きなのかもしれないわね」
「そうかな」
「健人は何も感じなかったの?」
「いや、別に」
何かは感じたが、それは黙っていた。
「健人は鈍感なのかしら。ひとみちゃんからはラブビームが出ていたわ」
「そんなものが出るものなのか……」
「健人もひとみちゃんが好きなんだったら、私の彼氏をやめなきゃいけないね」
「そんな……。止めないよ」
―――茜さんはいつになく熱い視線を俺に注いでいるぞ。
ドキドキしてきた。
「僕、何か飲み物を持ってくる」
「この間のオレンジスカッシュが飲みたいな」
「作ってくるね。ちょっと待ってて……」
「うん」
茜はソファに座ったまま寛いでいた。今日は赤のジャージ姿で、髪は二つに結んで肩にかかっている……。
―――午後のひと時、茜さんはまどろみの中にいたのかもしれない。
厨房へ行きオレンジスカッシュを作る。料理人たちは今日は休みなので、しんと静まり返っていた。炭酸のシュワ―ッと泡立つ音や、氷がグラスに触れてカランとなる爽やかな音だけがしていた。二人分を盆にのせ静かに持ち茜の部屋へ戻った。
そーッとドアを開けると、茜さんは目をつぶっていた。
「茜さん。オレンジスカッシュを持ってきたよ」
目を閉じたまま体をソファに横たえた茜さんは返事をしない。眠ってしまっているようだ。
―――こんな無防備な茜さんを前にして心が揺れてしまう。
飲み物をテーブルに置き、思わずそばへ寄ってみた。
「茜さん、寝てるんだね……」
それでも彼女は目を覚まさない。
―――いつの間にか熟睡してしまったんだ。
じっと顔を、そして眠っているその姿に、頭の先から足の先まで魅入ってしまった。
「そんな姿をさらすなんて、いけないよ」
自分自身に言い聞かせているようなもんだった。どんどん、どんどん茜さんとの距離は縮まっていく。
「起きないのかな?」
独り言のように言ったがまだ起きない。
―――こうなったら不意打ちだ!
―――ああ、やっぱりいけない。
寝ているところを襲うなんて反則だ。
―――でも、こんな姿を見せる方がいけないんだ……。
暫くその顔を見ていたのだが……
唇が自然にその顔に近づいて、ついくっついてしまった。というのは言い訳のようだが、要するに彼女の唇に自分の唇をくっつけてしまったのだ。
「茜さん、可愛い唇」
すると、茜はパッと目を開けて健人の顔を見た。
―――まずい、こんなにすぐに気がついてしまうなんて。どうしてなんだ!
―――呼んでも答えなかったじゃないか!
と、叫び出したかったが後の祭りだった。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あ~あ~ああああ~~~っ、ごめん~~~っ! 悪気はなかったんだよ~~~!」
茜はぱっちりとした瞳を健人に向けている。怒ってはいない。
「健人、こっちへ来て」
「へっ、どうして……」
「いいわよ……」
再び数歩進んで茜の目の前に顔を寄せると、健人の首に手を回したのだ!
「これは、どういうこと!」
―――こんな状況に、こんな質問をすること自体間抜けだ。
―――いいってことは、キスをしていいっていうことなんだ!
今度はぱっちりと目を開けている茜さんの顔を見ながら、唇に唇を重ねた。あんぐりと口を開けていたので、自分の唇の中に茜さんの唇がすっぽりと入ってしまい、そのままチュ~ッと吸った!
唇が柔らかく口の中に溶ける。
そして横になったままの茜さんの体に抱き着いたままもう一度唇をチュッと吸った。
「あかね、さ~ん!」
「もう健人ったら、ひとみちゃんに先を越されちゃったじゃない」
「え、え、え、え、えっ! 昨日のあの時の……」
「そうよ。観覧車の中で不意打ちを食らってたでしょ? 妬けちゃったわ」
「だ、だ、だ、だ、だから~~~今日、呼んだの~~~~っ!」
「えへへ、それは内緒よ」
茜さんは、ようやく体を元の体勢に戻した。
「オレンジスカッシュ、気が抜けちゃったかな。氷も溶けてきちゃった」
「ああ、ありがとう。頂くわ」
茜はゴクリとストローで飲むと、とろんとした目で健人の方を見た。健人もオレンジスカッシュの入ったグラスを取った。氷はだいぶ溶けてしまったが、炭酸はまだ抜けていなかった。柔らかい唇の感触に、シュワシュワした炭酸がピリリとしみた。
飲み終わると茜さんはあくびをして健人にいった。
「もう少しソファで眠りたいな。健人もそっちの椅子で眠って。一緒にお昼寝しよう」
「お昼寝、いいのかなあ僕まで?」
「いいよ。でも、もう何もしないでね」
「も、もちろん。何もしないよっ!」
「じゃあ、あと三十分ぐらいね……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
健人もスプリングのきいた椅子に座り、目をじっと閉じた。いつの間にかうとうとしてきて眠ってしまい、一時間ぐらいが経過していた。
「すっきりした?」
「うん」
茜さんに呼び出されて、こんなことをしながら土曜日の午後が過ぎていった。
―――こんなにぬくぬくして、後で夢を見てしまいそうだ。
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