出会った美少女は借金まみれ(その1)
その美少女は、見た目からして普通の人間ではなかった。
まずその子の頭には両側にツノが一本ずつ生えている。さらに首や顔のフェイスラインなど、皮膚の一部が黒いウロコで覆われていた。その雰囲気は人の姿に化けているドラゴンという感じだろうか。そう考えると瞳もちょっとそれっぽい気がする。だけど、そういうキャラにありがちな尻尾は生えていない。
服装はコートにショートパンツ……、でいいのかな。言い忘れていたが、この世界の人たちはファンタジー世界にいてもおかしくないようなデザインの服を着ている。その子の服装も例外ではない。それから彼女は、背中に剣らしきものを装備していた。身長は155センチくらいで、年齢は見た目からして16歳ってところだろうか。
そしてもう一度言うが、美少女。
妄想はしていたが、本当に美少女と出会ってしまうとは……。
彼女は俺に近づいて言った。
「あなた、タツルとか言ったかしら? 話は聞かせてもらったわよ。クランに入りたいそうね」
「そうだけど……、君は?」
「私の名前はテッサ。スペースランナーにしてクラン『グランオール』のリーダーよ。それで、どうかしら? クランに入りたいのなら私のグランオールに入らない?」
「マジで!?」
「マジよ」テッサは咳払いをしてから続けた。「ただしグランオールは立ち上げたばかりだから、今のところ私以外にメンバーがいないわ。タツルが入れば二人目というわけね。それでも構わないかしら?」
「構いません!」
俺は何の迷いもなく言った。
①ギルドに行って冒険者の登録、②そのうちになんやかんやあって美少女と出会いパーティーを結成、③依頼を受けて夢の異世界冒険生活。
俺がしたその妄想のうち②までもが達成されつつあった。
一時はどうなることかと思ったが、ここまでスムーズに話が進むとは。
順風満帆とはまさにこのことだった。
「そう、よかった」俺の返事を聞いてテッサはにこりと微笑んだ。「それじゃあ、この契約書にサインをしてもらえる?」
「はい!」
俺はテッサが差し出したタブレット型端末を受け取ろうとした。
その時だった。
「ちょっと待ちなさい!」
俺は店員さんに襟首を引っ張られた。
首が絞まって「グエッ」という声が口から漏れる。
俺は首を押さえながら振り向いて言った。
「な、何をするんですか」
「そんなホイホイ契約書にサインをしちゃダメ」店員さんはコソコソと言った。「クランの中にはひどい労働条件で働かせるところもあるんです。だから注意しないと。それに今調べてわかったんですが、彼女のクランにはちょっと怪しいところが……」
「それってどんな?」
「10億エンスの借金があるんです」
「えっと……、それって多いんですか?」
「小クランとしてはありえない金額です。いったいどうやって返すつもりなのか……。何か裏があるかもしれませんし、ちゃんと事情を把握したほうがいいです。でないと、後悔することになるかもしれませんよ?」
「わ、分かりました……」
店員さんに脅された俺は、ツバを飲み込みながらテッサのほうに振り向いた。
しかし事情の把握と言ってもどうすればいいのやら。
御社の経営状況についてですが……、なんて言う難しい質問が俺にできるわけがない。
ここは手っ取り早く直球勝負で行こう。
「えっと、契約の前に聞いていいかな?」
「何かしら?」
「テッサのクランには10億円の借金があるらしいけど、どうしてそんなに借金が?」
あっ、間違えて10億円って言っちゃった。
でも問題なく伝わったらしくテッサは答えた。
「みんなそのことを聞いてくるのよね」テッサはため息をついた。「この10億エンスはある依頼を達成するために借りたお金。これを元手に事業に必要なものを揃えたのだから借金と言うより融資よ。計画通りに依頼をこなせば問題なく返せる額だから、何も心配いらないわ」
「なんだ、ちゃんと考えてあるんだな」
「私は著名な起業プランナーにクランの設立から事業計画の立て方までしっかり指導してもらったのよ。これくらい当然よ」
「それを聞いて安心したよ。でもそんなにお金がかかる依頼ってどんなやつなんだ? 宇宙の果てまで行ってみるとか?」
「魔王討伐よ」
「ワッツ?」
「だから魔王討伐。今魔王には100兆エンスの懸賞金がかけられているの。それに比べたら10億エンスなんて小鳥の涙。借金を返しても莫大な利益が出るってわけ。ね、簡単でしょう?」
「ごめん、タイムアウト」
俺はジェスチャー付きでそう訴えてから、再び店員さんのほうに振り向いた。
テッサに聞こえないように店員さんと話をする。
「すみません。あの子、魔王を討伐するとか言っちゃっているんですけど、この世界には魔王がいるんですか?」
「いますけど?」
「いるのかよ!」
「あっ、でもあれです、ゲームなんかに出て来る魔王とは違いますよ!」店員さんは慌てて付け加えた。「本人が自分でそう名乗っているだけで種族としては普通のヒューマンです。魔界の住人とかじゃありませんし、魔物なんかも従えていません」
「なんなんですかそいつ。本当に100兆エンスの懸賞金がかけられているんですか?」
「はい、それは間違いありません。魔王討伐の依頼は銀河連合から正式に出ています」
「へぇー……」
SFかと思ったら自称魔王がいるとかどんな世界観だよ。
イメージがバグってくるなあ……。
「でも魔王は本当に危険な存在なんですよ? だからこそ100兆エンスもの報酬が約束されているんですから」店員さんがたしなめるように言った。「銀河連合はもちろん、あのアーカル騎士団でさえ手を焼いています。それに高額報酬を手に入れようと数多くのスペースランナーが魔王討伐に挑戦しましたが、いまだに依頼は達成されていません。それだけ魔王は強く、この依頼の難易度は高いということです」
「なるほど……」
自称魔王なんて言うとただの中二病みたいだけど、その実力は確かということか。
「でもそうなると、テッサがこの依頼を達成する可能性は……」
「これは私見ですが、限りなくゼロに近いでしょうね……」
「ですよねー」
話を聞き終えると俺はカウンターを離れてテッサと向き合った。
タイムアウト終了だ。
俺は再びテッサに訊ねる。
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