夢に見たのは異世界ファンタジー

 異世界。

 剣と魔法のファンタジー世界。

 そんな世界に俺は来てしまったらしい。

 まさか自分が「異世界もの」の主人公になってしまう日が来るとは。

 人生何が起こるか分からないとはよく言ったものだ。

 でもこういうのって引きこもりやニート、または社畜みたいな人生詰みかけている人が来るものじゃないのか?

 その点俺は普通の高校生だ。学校に友達はいるし、こう見えてバスケ部にも所属している。成績も平均以上をキープしているし、家庭環境だって悪くない。そりゃあ人並みに嫌なことだってあるけれど、それなりに楽しく生きてきたつもりだ。

 つまり俺はテンプレから外れている。

 異世界に送る人、間違えてない?

 ……。

「まあ、いっか!」

 俺は5秒ほど考えてから言った。

 現実に不満はなかったが、一人のオタクとして異世界に思いを馳せていたのは確かだ。その異世界にこうして来られたというのに、何を深く考える必要がある?

 俺は早くも決意した。

「悪いな、異世界に行きたいと夢見ているオタクたち。みんなのぶんまで、俺が異世界ライフを楽しんでやるからな!」

 そのためにもまずはこの森を抜けよう。こんなところにいても異世界ライフは始まらない。せいぜいサバイバル生活が始まるだけだ。

 改めて周囲を見てみると木々の先に光が見えた。どうやらそこで森が終わっているらしい。俺は光差すその方向へと歩き始めた。

「そう言えば、この世界ってどんな世界観なんだろうな」

 俺は歩きながら妄想した。

 異世界ものと言ってもいろいろあるからな。やっぱり王道の中世ヨーロッパ風か、それとも意外と近代的なのか。魔法やスキルの類いはどんな感じだろう。レベルといったゲーム的システムがあるのかも気になるところだ。それから物語の目的。冒険者になっていろんな依頼をこなしていくのか、それとも勇者として魔王を討伐しに行くのか。スキルを使った異世界スローライフっていうのもいいな。もしもチート能力が存在するのならぜひとも授かりたい。異世界チートでハーレム生活。そんな展開でも俺は一向に構わない。一向に構わないぞ!

 そんな妄想をしているうちに俺は森を抜け、日の光が当たる場所へと出た。

「おお、街だ!」

 森を抜けた先は丘の上で、眼下には街が広がっていた。

 その街は地方の都市という感じで、さまざまな色の屋根が並んでいる。建物は石やレンガでできているみたいだ。中には教会やお城らしき大きな建物も見えた。

「やっぱり中世ヨーロッパ風か!」

 街の景観を見て俺はそう判断した。

 テンプレ通り。

 だが、それがいい。

 俺は胸が高鳴るのを感じて丘を駆け下りた。

 ここから俺の冒険が始まる!

 そんな思いを胸に俺は街の入り口に立った。

 期待はさらに膨らみ、思わず顔がにやける。だがこんな表情で街に入ったらただの変人だ。俺は気を引き締めて冷静な表情を取り戻した。

 そして俺は、始まりの街へと足を踏み入れた。

 街にはいろんな人が行き来していた。いろんな人というのはつまり、いろんな種族だ。人間はもちろんのこといわゆる亜人もたくさんいる。それにしても名前のわからない種族ばかりだ。中には宇宙人としか思えない人も歩いていた。

「ひゃー、いろんな人がいるんだなあ」

 俺は歩きながら、失礼にならない程度に珍しい姿の人を眺めていった。

 ナマズのような顔の人。全身毛むくじゃらな雪男のような人。脳が二つ入っているんじゃないかと思うほど頭が長い人。ナメクジの体に手を生やしたような人もいる。道端で機械の修理をしている箱形のロボットもいた。

 ……?

 ロボット?

 その時、俺は後ろからクラクションを鳴らされた。

「道の真ん中を歩いているんじゃねえよ! 危ないだろうが!」

「す、すみません!」

 反射的に脇に避けた俺の横を車が通り過ぎていく。ただの車ではない。タイヤがなく、地面から数十センチ浮かんでいる車だ。

「こ、これは……」

 俺は焦燥に近いものを感じ、もう一度辺りをよく見回した。

 プロペラのないドローンが荷物を運んでいた。人型のロボットが人間とおしゃべりをしながら歩いていた。タイヤのないバイクが颯爽と走り去って行った。ジェット機のような音がしたので見上げてみると、航空力学を無視したデザインの飛行物体が空を浮遊していた。他にも細かいところに何かの装置があったり、機械が使われていたりしていた。

 これだけのものが揃っているんだ。本当は始めから視界に入っていたに違いない。ただ、この世界をファンタジーだと思い込んでいた俺は、それがなんなのか認識できずにいた。

 その事実をようやく受け入れて、俺は叫ぶ。

 つまり、この世界は……。

「SFじゃねえか!」

 俺の脳みそにある「異世界もの=ファンタジー」という固定観念が、崩れた瞬間だった。

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