スペースランナー
晴間あお
1章
電子レンジで異世界転移
玄関を開けると家の中は暗かった。
念のために言っておくが比喩的な意味じゃない。単純に明かりが付いていなくて暗かったという話だ。いつもなら母親が先に帰っているはずなので、この状況は我が家では意外と珍しい。気配もないし、どうやら家には誰もいないようだった。
父親は社畜だからいつものことだとして。
母親はどこに行ったんだ?
こう言うとなんだか心配しているみたいだけど、別にそんなことはない。いつもと様子が違うからちょっと気になっただけのことだ。
俺は自分の部屋に入り明かりを付けた。それとほぼ同時にスマートフォンの通知音がした。
噂をすればというやつで母親からのメッセージだった。
「パート仲間とご飯に行くことになった。夕飯は適当に食べておくれ。ちなみに父ちゃんは今日も遅い」
数回に分けて送られてきたそのメッセージは絵文字てんこ盛りだった。そして最後には「よろしく」というスタンプ。
とりあえず俺もスタンプで「了解」と返しておこう。
だけど、なるほどね。
どうりで家に誰もいないわけだ。
というわけで、俺は夕飯を自分で用意することになった。ちなみに俺は料理ができない。しようと思ったことすらない。だからこういう状況になったら、残り物をチンして食べるとか、家にあるレトルト食品に手を出すとか、コンビニで弁当を買ってくるとか、そういう手段に訴えることになる。
とりあえず制服から私服に着替えて、俺はダイニングキッチンに向かった。残り物があるのならそれから食べるのが順当というものだろう。まずは冷蔵庫をチェックだ。
冷蔵庫を見てみると肉じゃがの残りがあった。
おかず一個ゲットだぜ。というかこれにご飯を突っ込んで肉じゃが丼にしたらうまいんじゃないか? すごく楽だしそうしよう。
早くも夕飯が決定した。
俺は冷蔵庫から肉じゃがを取り出し、温めるために電子レンジに入れた。
温め時間を設定してスイッチオン。
しかし電子レンジは、うんともすんとも言わなかった。
「はん?」
じつを言うとうちの電子レンジはものすごく古い。俺の物心が付いた時にはすでにあったから十年は軽く使っている。もしかしたら十五年を超えているかもしれない。そして最近は寿命が近づいているのか、温め中に止まってしまうことがあった。それでもやり直したら普通に動いてくれたりするので、誤摩化しながら使ってきたのだが……。
「とうとう壊れたか?」
俺はもう一度スタートボタンを押してみた。しかしやはり電子レンジは動かない。扉を閉め直してもう一度やってみてもダメ。本当に壊れてしまったのかもしれない。
「こうなったら、あれしかねえな」
俺は古典的修理方法を試してみることにした。つまり、電子レンジを叩いた。これでダメなら諦めるしかない。電子レンジ・イズ・デッドだ。
さて。
数回叩いたところで俺は改めてスタートボタンを押した。
するとどうだろう。驚くことに電子レンジが動き始めたではないか。
大きな音を発しながら肉じゃがを乗せたターンテーブルを回転させる電子レンジ。お前、まだ生きていたんだな。生きているってすばらしい!
さて、電子レンジ君がマイクロウェーブを肉じゃが君に照射しているあいだに、俺は飲み物でも用意しようかな。
と、思ったその時だった。
電子レンジが突然、バチバチと異様な音を発し始めた。
「な、なんだ?」
慌てて見てみると電子レンジの中がスパークしていた。まるで小さな雷が駆け巡っているかのような激しい光と音で、今にも火を吹くか爆発でもしそうな勢いだった。
「っていうか絶対にヤバイやつじゃん!」
俺は電子レンジを停止させるべく急いで取り消しボタンを押そうとした。
しかし、俺の指がボタンに触れることはなかった。
電子レンジの中で、何かが起きていた。
知覚はできないけれど、認識はできる。
少なくとも肉じゃがではない何かが、そこに存在していた。
「なんだ、これ……?」
という言葉と一緒に俺は「それ」に吸い込まれた。
あまりに突然のことで、あまりに突拍子もないことで、俺は叫び声さえあげられなかった。
世界が歪み、存在が砕け、光がほとばしった。
脳みそがこねくり回され、バラバラになった意識が再編成されるような、奇妙な感じがした。
そして――。
気がつくと俺は、知らない世界にいた。
呆然と辺りを見回す。
……。
…………?
………………!?
俺が立っているのは森の中だった。無数の木々が天に向かって伸びていて空は枝や葉で覆われている。太陽光が遮られているため薄暗いが、一部の植物が光を放ち辺りを照らしているので視界はそれほど悪くない。地面には木の根が縦横無尽にはびこり、でこぼこしていた。
「なんじゃこりゃあ!」
ようやく認識が追いつき、俺は叫んだ。
ここはどこだ?
いったい何が起きたんだ?
ワープ?
それともタイムトラベル?
いや、この風景が地球のものとは到底思えない。
ならばこの状況を説明できる現象は、ひとつしかあるまい。
「もしかしてこれって、異世界召喚ってやつー!?」
俺はつい、どこかで聞いたことのあるセリフを叫んでしまった。
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