世界で一番、イイ子なミカコ

寿元まりん

第1話 ミカコとクラスメイト

 

 私はずっとミカコと一緒にいる。

 それこそ、ミカコが小学生になる時、今は亡き、ミカコの祖母からミカコへと送られたプレゼントで、かれこれ十年もの付き合いになる。

 私は、ミカコの首筋を自慢のゴールドのチェーンで飾り付け、青く輝くエナメルの肌に良質なダイヤモンドを中心に乗せた、ハートの形の超高級なロケットペンダント。


 私の役目は、ミカコの胸元で輝きながら、ミカコと同じ景色を見ること。


 今日もミカコは不機嫌そう、顔を顰めて第一声。


「うわ、きもっ」


 ミカコが顔を歪め、目の前の子に話しかける。

 ミカコの視線の先には、顔を歪めて今にも泣き出しそうになっているクラスメイトの女の子と、コチラを睨むショートカットの子。


「ちょっと、アンザイさん!」


 ミカコのファミリーネームを、ショートカットのクラスメイトが責めているかのように呼ぶがミカコは無視し片方の眉毛を釣り上げながら吐き捨てるように言った。


「何その足。グロいんですけど。」


 ミカコが指差した先には、泣きそうになっているクラスメイトの太ももがあり、太腿の内側には、左右均等に大きな水ぶくれが出来ている。


水ぶくれは、太腿の面積をかなり占めているため、見た目が酷い有様になっていて、クラスメイト達は、ヒソヒソとその子を指差しながらソレについて話しているようだった。


 誰も指摘しない中、ミカコだけが、その水ぶくれに触れ、クラスメイトは興味津々に目線を送っていた。


「朝起きて、気付いたら、こんなになっていて。」


 と消え入るように細い声で言う彼女にミカコは、興味が無さそう。


「ふうん。」

 と生返事し、ミカコは自分の席に戻った。


 後ろで、ショートカットの子がミカコに怒って何か言っていたけど、ミカコは気にした様子もない。


 窓際の席に座ったミカコは、考え事をしているのか、机に頬杖をつくものだから、私の視界はミカコの腕で隠れてしまう。


 初夏の風が、教室の窓からふわりと入り込み、ミカコの脱色してすっかり明るくなった髪が私の前で靡いていた。


 ミカコが頬杖をついてから五分くらい経った頃だろうか、聞き覚えの無い、鼻にかかった甘い声が聞こえた。


「スマホケース変えたの?可愛いじゃん!」

「え?あぁ、まぁね、うん。」

「前のグリッターケースも可愛かったけど、こっちもいいねぇ。」


 ミカコが突然、ピクリ、と反応してゆっくりと話し声の方を向いた。私の視界も晴れて、ミカコの視線の先を目で追う。


「てか、さっきのサトウの足見た?マジキモかったぁ〜」 

「あぁ、うん。ホントそれ。」

「……どしたん?反応薄いじゃん。一昨日まで、あんなに愚痴ってたのにぃ」


 入り口で屯する、派手な見た目のクラスメイトが二人。


 ミカコのように明るい髪色だけど、セルフカラーなのか、色のムラが少し目立っていた。


 どちらも似たような見た目で、派手な化粧も色ムラのあるミディアムくらいの傷んだ髪も、私の自慢のミカコには遠く及ばない。


「エリがカンニングしたのチクった時は、マジ殺してやろうと思ったけど、あんなんじゃ、部活もまともに出来やしないし、本当に良い気味!!」


 周りを気にせず、むしろ聞こえる様に大声で気分の悪くなる話をしていたからか、心なしか教室の空気が淀んだ気がした。。


 ミカコは、何かが気になったのか、上半身を捻り、隣の席の子に向けて口を開く。


「アイツら、うちのクラスの子じゃないよね?」

「え?…あ、あの子達か……確かね、サトウさんの事、良く思って無い子達だよ。」

「サトウさん?」


 ミカコは心当たりの無い名前に首を傾げる。


「ほら、さっきアンザイさんが話しかけてた、水ぶくれの…。」


 太ももを指差しながら苦笑いで答える子に、ミカコは理解したのか、軽く頷いた。

「それで、なんでうちのクラスに来てんの?」


 ミカコの問いに困った顔をして、気まずそうに口を開いた。


「たぶん、サトウさんを笑いに来たんだと思うよ。

 あの水ぶくれだと、週末の大会にきっと出られないだろうし。」


 大会、の単語にミカコの耳はピクリと動いた。


「ねぇ、サトウさんって何部なわけ?」

「え?んっとね、確か水泳部だった気がする。平泳ぎで表彰台登った事あるって聞いたことあるし。」

「ふぅん。」


 気の抜けるような返事をして、ミカコはまた考え事をしているのか、していないのか、わからない顔をして、ぼーっと視線を彷徨わせた。


 隣の席の子は、言いたい事があるのか、ミカコに顔を近づけてコソコソ話しをするように手を口に添えて小さい声で話し始める。


「でもさ、ちょっと良い気味って思っちゃった。

 だって…。サトウさんって、先生のお気に入りになる為に、平気で友達売ったり、根も葉もない噂を流したりする人だから。」 

「へー。」


 間の抜けたミカコの返事に気にせず話を進める隣の子。


「それに、今あそこにエリちゃんと一緒にいるユキちゃんも、サトウさんに売られた友達の一人なんだって。」


 あそこと入り口にいる派手な二人をこっそりと指差していた。

 そっくりな容姿で、どちらがエリちゃんで、どちらがユキちゃんかわからないが、ミカコがそれを聞く事もしなかったので、結局どちらがどっちかわからなかった。 


「どう言う事?」


「それがね、もともとユキちゃんって、水泳部のエースだったらしくて、一年生の頃から期待されてたんだって。

 でも一年の最後の大会で、ユキちゃんがタバコ吸ってるって噂が流れて、結構大事になっちゃったのね?

 そんで、大会の運営まで話が回って、証拠もないのに出場停止になっちゃったらしいのよ!」


 声がだんだんと大きくなり始め、手振りが加えられたりと、最早コソコソ話ではなくなっていて、ミカコが冷めた目で隣の子を見ていた。


「ユキちゃんは結局、部活を辞めちゃって、サトウさんがその穴を埋めてたんだけど、二年に上がる時に、ちょっとした噂が回って来たんだ。」


「噂?」


「うん。なんでもね、サトウさんが、ユキちゃんがタバコ吸ってるって噂を流したんじゃないかって。」


「ハッ!信憑性ないじゃん!」


 ミカコは、小馬鹿にする様に鼻で笑った。


「もう!結構、有名な話なんだよ!」


 頬を軽く膨らませ、眉間に軽くシワが入り、不満そうに唇を尖らせていた。そんな彼女にミカコは、軽く咳払いし、ごめんごめん。と笑いながら謝った。


「ユキちゃんの噂が出回った時の最初の発信源が、サトウさんだってわかった時も、サトウさん贔屓の先生に泣きついて、お咎めなしだったんだから!」


「……ちょっと待って。なんでサトウさんが発信源だって知ってんの?」


 ミカコに質問されるとは思わなかったのか、驚いたように目を見開き、右手の指をこめかみにあて、うーんと十秒程唸っていたが、ようやく記憶に合点がいったのか、ミカコに視線が戻る。


「えっとね、確か……。そう!ハルカが一番最初にサトウさんからその噂を聞いたって言ってたんだ!

 他の子はハルカから聞いた子が多くて、そのハルカがサトウさんから聞いたか

ら、サトウさんが発信源ってわかったの。」


「ハルカ?」


 新たな名前が出てきて、ミカコはまた首をひねる。


「アンザイさんって本当に人に興味ないよね〜。私達、一応クラスメイトなんだよ?名前くらい覚えてよね。」


 不貞腐れたように口を突き出すので、ミカコは珍しく動揺したのか、心臓の鼓動の音が早くなっている。


「はいはい、で?ハルカって誰だし。」


 大きなため息を吐き、ミカコをジトリ、と数秒溜めるあのように見つめ、十分な間を置いてから口を開いた。


「アンザイさん、さっき喋ってたじゃん。ハルカと。」

「は?」

「ほら、ショートカットの背の高い子。」


「あ、あぁ!」


 ミカコは先ほど話したクラスメイトの事を思い出したのか、両掌をパチンと打ち合わせ声をあげた。


「あの子がハルカ。サトウさんと同じ水泳部で、ユキちゃんとも一年の時は仲良かったんだよね。」


「…今は仲良くない系?」


「うーん、最近は、あんまり話してるのは見かけないな。」


 でも、と続ける。


「お揃いのスマホケース使ってたみたいだけど、さっき話してるのを聞いてると、変えちゃったみたいだね。」


 彼女の目線が、ドアの前で下品に話す二人に向いた。


 ミカコも同じ様に目を向け、目を細める。


「……それって、どんなケース?」 


「ん?あー、なんか、少し前に流行ってた、グリッターケースっていうのかな?中に水入ってて、オレンジのハートのビーズが揺れてるのが可愛かったから、よく覚えてるよ。」


「グリッターケースね…。」


「確か、ユキちゃんが海外のショップでオーダーメイドして、ハルカにプレゼントしたって聞いたよ。」


「……海外の。」



 思案顔するミカコは唇に親指を添えた。


「…成る程ね。ちょっとまだ気になる事あったら聞くから、ヨロシクー。」


 ミカコが歯茎を見せながら笑いかけると、意外そうな顔をして口をぽかんと開けていた。


「なんか、アンザイさんって、思ってたより話しやすい人なんだね。ちょっと意外かも。」


「何さ、意外って。」


 怪訝そうにミカコは顔を顰めた。


「だって、アンザイさんって口悪いし、怖いんだもん!見た目なんて、ギャルなのに友達いないし、頭も何気に良いでしょ?ギャルなのに…。」


 段々と小さくなる声に、わざとらしいため息が上から聞こえた。


「別に、ウチは自分が口が悪いなんて、思ったことはないしー。

 それに、ウチは美人だからハデな格好の方が似合うじゃん!」


 捲し立てるように早口になるミカコは自信満々に胸を張っている。


「なんか、アンザイさんって、面白い人?」


 ニヤニヤとした顔で、ミカコに笑顔を向けてるが、ミカコは意味がわからない。とでも言うように眉を顰めた。


「あたしさ、ウエダ リナっていうの。今覚えて!」


「はぁ!?めんどっ!」


 抗議しようと声を上げるミカコに、リナはニコニコとしている。

 ミカコの体温が先程より熱くなっているのが表面のエナメル越しに伝わってきた。


 ミカコに良いお友達が出来たみたいで、私はとっても嬉しい。


「あ、アンタね!」

 ガラガラッ、ドアが開き、先生が入ってきて、ミカコは口を噤む。


「おーし、休み時間もう終わるぞー席つけー。」


 ミカコは、何か言いたそにしていたけれど、先生の介入に押し黙る事しか出来ないのか、恨めしそうな視線を、ニコニコ笑うリナに向けていた。

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