第2話 グリムウォー開幕
世界は荒野と化し、殺風景なフィールドでは童話の主人公が一斉に腕を振るっていた。己の物語を再生させる為そのためには増えすぎた童話を壊し、削減しなければならない。
「派手にやってますね皆さん!」
「小人まだいたのか。」
「新規の方をご案内しないといけませんからね、知ってる顔はありますか」
「んまぁチラホラな、シンデレラとかは有名だろ?」
正直殆ど知った顔は無いが誰しもが知る人物の名前で乗り切ってみせた。
「あなたの武器は音色です!」
「セロ弾きだからな、そりゃそうか」
「ですが正直ネームバリューが低いので取り込まれるのは早いかもしれませんね。グリムと呼ぶのも難しいし」
「ならなんでノミノートした!」
「世界が崩壊に近付いていたからです救えるのはあなただけですからね。
『セロ弾きのゴーシュ』の世界を!」
一同に介して巻き起こるサバイバルでは自ずと弱肉強食が発生する事になるが、皆んなそれの根幹は世界平和。自分の存在する時間軸を守る為の覚悟をした上で戦っている。中には覚悟を持たされたと不本意な不満を抱える者もいるだろうが。
「勝ち上がったらどうなるんだ」
「他の物語を取り込んで徐々に形を取り戻していきます。今一番際立っているのはシンデレラさんと、赤ずきんさんですかね?」
「ガラスの靴の錆になりなさい!」
「オオカミに呑まれちゃえー!」
「好戦的だな..」
「世界がかかってますからね!」
王子に貰った靴を汚さないよう爪先で蹴り上げ、文字通り一蹴する。
「さっきから邪魔なのだけど、赤い頭巾がチラついて。どいてくださる?」
「お姉ちゃんの髪はどうしてそんなに傷んでいるのー?
魔法が解けちゃうからだよねー?」
「なんですって。」「あははー!」
「無理だ、あの連中をいきなり相手にするのは。巻き込まれて終わりだ」
マイナー童話であるゴーシュにとってエース級グリムは手の届かぬ相手、いずれ相手をする事になるだろうが今は体制を整えて距離を置くべきだ。
「そうですか、それでは頑張ってね!
僕はただの案内人なので、チャオ!」
「あ、おい..いっちまった。
取り敢えずここから離れよう、人の餌食になるのは御免だ、逃げ場あるか」
広い荒野で隙間なく盛大に戦い合うフィールドでは、逃げるといっても限界がある。とにかく走り、離れるくらいの方法しか思い付かない。
「逃げ道くらい教えてから消えてくれセロの音色じゃ勝てねぇぞ」
「こっちだ!」「ん?」
背の高い男が手を大きく振り、誘導を促す。何か策を持っているようだ。
「お前誰だ?」「後にしろ!」
男は並走しながら笛を吹く。暫くそうして走っていると、柔らかな音色に包まれ周囲の景色が変わっていく。徐々に荒野の面影は薄れ、ゴーシュの身体は別の地形の森へと飛ばされた。
「なんだこれ?」
「笛の力だ、君を確保した。
一応は戦場から離脱出来ている」
「そうか、助けてくれたんだな。ありがとう、それなら助かった。」
広い集落のような森にはよく見るとちらほらと童話の登場人物が存在したゴーシュと同じようにここへ飛ばされてきたのだろう。
「ブレーメンに長靴を履いた猫...目立たない奴らばかりかと思ったが結構名だたる物語がいるんだな。」
「新入りか、お前はなんだ?」
「セロ弾きのゴーシュだ。」
「セロ弾きのゴーシュ..聞いた事無いな。まぁいい、よく助かったな。」
「セロ弾きって事は音楽家かい?
嬉しいなぁ、仲間が増えるのは。」
「俺もブレーメンはよく知っている、しかしアンタら程の人物が逃げ出す程とはな。思ってたより物騒だな」
戦争は作品を選ばない。内容に関わらず取り込み巻き込んで肥大化していく。淘汰されるのは必然というものだ
「アンタらもこの男に?」
「ああ、ギリギリだった。柄にも無く必死をこいて逃げてたら笛の音に救われた。有り難い話だ」
「僕たちも同じだよ、彼に救われた」
「集団だから目立つンダ!」
「気付けば森にいたのデス。」
「……」
戦いに乗り気でないものは一定数いるようで、逃げるという殊勝な方法を取る者はゴーシュだけではなかった。
「ゲッゲッゲ..」「なんだ?」
「来たか、デッドグリム。」
黒ずみ眼を光らせた焦げた獣のような影が幾つも現れ童話を囲む。
「デッドグリムってなに?」
「物語に登場する事の無かった世に出ない怨念の塊、悪霊みたいなものだ」
「こんなの荒野にはいなかった。」
「子賢い連中だからな、目立つ場所には顔を見せないのだろう。」
「そういう事か。」
見慣れるソレは襲ってきたが、お陰で力を量る素材となった。
「ヤバそうだ、やるか?」
セロを弾き応戦する。デッドグリムと呼ばれるそれは爪を突き立て向かって来たが、音色が障壁となったのか動きがせき止められた。
「なんだこれ、バリアか?」
「音で防ぐとは粋じゃアないか。」
「防音って言うのかな、これ」
文字のまんまダナ!」
「しかし時間の問題デス。」
「……」
「放っておけば破られるぞ」
複数の爪が重なれば、薄い障壁かいとも簡素に割れ砕かれる。何か手は無いかとゴーシュは考えたが武器と呼べるのはセロしか無い。
「もう一度演奏する、今度は長く!」
障壁に重ねるように音を奏でる。厚みは大した変わらないが、デッドグリムの様子が変だ。頭を抱えて苦しみだした、音による影響だろうか?
「ゲッ..ゲゲゲゲ...」
「風邪でも引いたか、いや引いてたか
凄く全身が痛そうだ。気をつけニャ」
「ゲゲッ..‼︎」「うわっ!」
震えた身体が泥のように弾け、崩れた
周囲のデッドグリム達も続けざまに弾け散っていく。
「何が起きたんだ?」
「音波だ、君の奏でる音は追奏。つまり一度奏でた音に加えて音を足す事でギアを上げる。今回は障壁に音を足して音波に上昇させた。」
「追奏のセロ、聞いた事無いぞ」
「隠された能力って奴だ、イカすね」
「どんどん強くなるんだね。」
「スロースタートって訳ダナ!」
「音楽は力なりデス。」
「……」
持続的に向上していく力なら、確実に戦場の兵力を有する戦場では不利だ、多対一の構図が当たり前になる。
「厄介な力だな。」
「サシが向いてるとも言い難いがニャ戦うべくして選ばれた男だ。」
「やめてくれ、勝手に世界が壊れただけだ。それに皆見境なく望まない戦いに巻き込まれてる。」
「なら止めた方がいいね」
「逃げるが勝ちも終わリダ!」
「やるしかないデス。」
「……」
「どうしたんだよ急に?」
やけに好戦的になる周囲の反応を見る限り不協和音にやられている。覚束ない演奏により逆側の影響を受け、一時的に性格が変化してしまっている。
「おい旦那、入り口を開けてくれ。我々は戦場に赴く、倒すべき敵がいるニャリン。」
「入り口?
何の事だ、冗談を言うな。」
「何?」
森へ誘ったのは笛の男、ならば鍵を持つのも笛の男。しかし男は首を傾げるタダで笛は吹けないというのか?
「お前達に還る場所は無い。
ここで壊れて一つになるのだから」
「おいおい、あんたにまで嫌な影響を与えてるのか俺の音色は。」
「私は元々私だ、駆け出しのセロ弾きなどには惑わされん。」
「..目的はニャんだ?」
「決まっているだろ、物語の再興だ」
彼には決められた名前は無い。しかし物語の名前はある。
『ハーメルンの笛吹き男』
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