3-40 大仰

 赤木監督からの打診については、いち早く甲斐教頭に報告し、愛琉の意向を尊重して前向きに検討しなさい、と予想どおりのリアクションであった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 夏の甲子園大会は大阪黎信高校が4回目の優勝を飾ることで幕を閉じた。大阪黎信は優勝候補の筆頭だが、やはり第一線で活躍したプロ野球選手が現役を退いて、監督一年目での優勝ということはかなり話題になった。赤木監督はインタビューで、最も印象的な試合として清鵬館宮崎高校戦を挙げた。リップサービスもあるかもしれないが、熱の入った回答ぶりを見ると本音なのかもしれない。

 名場面集では、あの準々決勝戦における畝原の力投、栗原のホームラン、釈迦郡の好走塁のシーンが起用された。また、初戦の愛琉の度肝を抜いた始球式も出て来た。そしてその後の繁村のガッツポーズまで。思わず面映おもはゆくなる。


 そして優勝の余韻冷めやらぬうちに、そして恐らくは地元メディアに引っ張りだこが予想される中、赤木監督は繁村宛てに電話をかけてきた。例の案件である。

 是非、愛琉の引退試合をして欲しいこと。愛琉をピッチャーとして登板させて欲しいこと。対戦相手を大阪黎信高校にして欲しいこと。ここまでは、以前聞いた内容とほぼ同じである。

 しかし、この次からは驚きの内容であった。

 会場は甲子園球場を考えていること。それに係る旅費や宿泊費は清鵬館宮崎高校に負担させないよう交渉中であること。地元メディアが取材あるいはテレビで放映するかもしれないこと。可能であれば18年前の再戦で赤木監督自身も出たいのと、繁村監督もキャッチャーとして愛琉のボールを受けて欲しいこと。オリックスバファローズの岡田朝樹も当該試合に出場する意向があること。


 あり得ないほど良心的すぎる条件だが、話が大きくなりすぎている。優勝校の大阪黎信と練習試合をするだけでも名誉なことだが、甲子園球場、テレビ放映、元プロ、現プロ選手の出場、おまけに繁村の出場の打診。

 もはやプレッシャーである。ここまで整えてもらって、無理ですとももはや言い難い。


 おそるおそる甲斐教頭に再度相談するとさすがに驚きを禁じ得なかった。相手が大阪黎信ということで、校長いや理事長案件だろう。

 すぐに案件を校長に言うと慌てたように理事長に伝えた。理事長は大いに喜んだ。悪い話ではない。ベスト8ではあるものの健闘した清鵬館宮崎高校の活躍で機嫌は良かったし、おまけに優勝校からの練習試合(引退試合)の申し込みだ。プロ選手やメディアを巻き込むということで、自分の学校法人の名前が売れるということで二つ返事どころか、大阪黎信の理事長に挨拶するとまで言い出した。もはや引き下がれない。


 一方で、宮崎日向放送のアナウンス部の温水ぬくみずおりの取材は続いていた。口下手な繁村のインタビューは最低限にして欲しいとお願いしていたが、愛琉をはじめ選手の取材はさせて欲しいと言って来た。

 そして9月には、特集を組ませてもらって放映したいとのことだった。


 新体制による新人大会、九州地区高校野球県予選のための練習と野球部は相変わらず忙しいが、同時並行で大阪黎信との試合の調整も進めなければならない。と言っても言い出しっぺは先方なので、大阪黎信にやってもらえば良いのだが、理事長はすっかり張り切ってしまってプレッシャーが凄い。校長、教頭を飛び越え、直接繁村に電話がかかって来ては、いつ試合をやるのかとか、交通手段やホテルの確保状況はどうなのか聞いてくる。さらには恥ずかしい試合はできないのだからといって、理事長自ら部活の練習を観に来ては、選手に活を入れる始末だ。

 そして、何よりの懸案は繁村が試合に出ることだ。18年間公式の試合から退いていた繁村の身体の衰えはやはり大きかった。

「愛琉、投げてくれるか?」

 自主練では繁村自身が汗を流している。しかも、引退したはずの愛琉も練習に参加して、その後の自主練まで付き合わせてしまっている。また新レギュラーの釈迦郡を二塁に立たせ二塁牽制の練習だ。

「監督! めっちゃいいボールです!」

 釈迦郡は褒めちぎっているが、現役のときはこんなものではなかった。座ったまま二塁に放れるくらいの強肩を誇っていた。ついこないだまで現役で、プロでも盗塁王に君臨し続けてきた赤木を刺せるとは思えない。

 一方の愛琉のボールはさらに磨きがかかっていた。もはや直球には流星のような輝きを感じた。横から見ている以上にボールの勢いを感じる。それがリリースまでボールが見えない特異なフォーム、そのフォームだけでは区別がまったくつかないスローカーブとの投げ分けで、畝原よりも速いのではないかと錯覚するほどだ。

「繁村監督がキャッチャーだとめちゃくちゃ投げやすいっす! ギンナンの100万倍くらい!」

 愛琉もそう言ってくれる。そう言えば、愛琉は入部のとき、「どうか、アタシのボールを、監督のミットでキャッチして下さいっ!」って言っていたことを思い出す。このような形で実現するとは……。

 加えて密かに練習していたというナックル、通称『運玉』。ナックルは数ある球種で唯一球種が読まれても良いものであるが、それをなるべく従来のフォームで投げるように特訓していた。しかも球速を上げて。

 ナックルなんてプロ野球でも操れる投手は非常に少ない。それを三年生から本格的に練習して短期間で精練させてきた。ナックルは投げる本人も受ける本人も当然バッターも、ボールがどこに行くのかまったく分からない。だから単純に捕れない。受けるのもはじめてなのだから、恥ずかしながらパスボールも何回もした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、九州地区高校野球県予選を控えていた9月上旬、予告どおり、愛琉の特集が放映された。驚くほど選手たちの輝いている姿を繋ぎ合わせて、さらには夏の甲子園の快進撃と始球式での美技も取り上げられ、極めて上手に編集されていた。


 宮崎県は民放が2局しかなくとても少ない。そのためか宮崎県内の反響が大きく、電話がよく鳴った。入学希望はまだしも、女子野球選手の入部希望はちょっと待ってくれ、と思った。さらには全国の民放局からの取材以来など、教諭としての本業も練習もままならない状況になって来たので、悪いが甲斐教頭に窓口を一元化してもらった。


 その影響もあってか、大阪黎信との練習試合(引退試合)は生放送ではないものの、テレビ放映される方向で濃厚になりつつあった。

 ペナントレース後で九州地区高校野球大会後でもある11月上旬の肌寒い季節になるが、試合の日程が決まった。そして岡田自身も球団の許可が下りて試合に出られることになったと言う。

 いよいよ大事おおごとになってしまったな、と思わず苦笑いをしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る