3-22 決勝
◇◆◇◆◇◆◇
決勝戦当日。
北郷学園戦だが、いつも通りの試合をやれと伝えている。相手が強豪中の強豪だということは百も承知。こちらが100%の力を出せれば、ようやく互角の戦いができるのではないかと思っている。
そんな相手校のエースナンバー1番は
クリーンアップの3人だけで合わせて11本の本塁打を放っている。5試合でそれだけ打っているわけだからかなりの長打力である。それ以外にも一番や六番打者などホームランを打っていて、クリーンアップ以外にも気が抜けないし、下位打線も打率を5割近くマークしている者もいる。コールドゲームによる大差で勝ち進んでいる。今年も盤石な強さだった。
しかし、今年度の北郷学園はくじ運に恵まれており、四回戦くらいまでは、強豪校と評されるチームと当たっていない。対する清鵬館宮崎は、初戦から強豪校との試合を重ね、ある意味身体はあたたまっていた。選手の中には試合に出て自信をつけた者もいる。試合をする上で大事なのは、自分がいちばん巧いと思ってプレーすること。練習とは逆の心理状態で鼓舞しながら試合運びができるかだ。
それを巧みに引き出すために、愛琉という存在がいる。準決勝で発作が起こったが、愛琉は今日も来てくれている。ただ少しだけ顔を顰めている。本調子ではないのだろうか。
「繁村くん、今日はヨロシクね! 前見たときよりもずっと動きが良くなってるね。
突然崎村が話しかける。爽やかな笑顔を見せている。よく見ると女子野球部の面々が応援に駆け付けているようだった。
「今日は練習ないんですか?」と繁村が問う。
「いや、試合を観ることも練習の一環だから」
なるほどね、と一人で頷いて、試合前のアップを観察する。選手の動きは確かに悪くない。とにかく思い切りプレーして、愛琉を、美郷を、甲子園に導きたい。
一番ライト栗原、二番キャッチャー銀鏡、三番レフト岩切、四番セカンド若林、五番ショート泉川、六番ピッチャー畝原、七番センター金丸、八番サード泥谷、九番ファースト青木。
スターティングメンバーは、いま考えうるベストメンバーで臨む。シートノックは両チームとも抜け目がない。
「よし、ナイスボール! みんな!」
愛琉からも珍しく称讃する声が上がっている。
泣いても笑っても、この試合で勝ったチームが甲子園の切符を手に入れることになる。
「整列!」
それぞれのベンチ入りメンバーが、ダイヤモンド中央に並ぶ。
「礼!」
「お願いします!」
試合の火蓋が切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆◇
畝原は良いボールを放っていた。しかし、北郷学園のナインのバッティングは猛烈だ。とにかく打球が強い。140 km/h台のボールでもシュートや
泥谷はそんな恐怖と戦いながら、何とか外野に抜けないようにボールに喰らいついている。ときには、グラブに当たらずとも身体で止めて、前に落とす。結果内野安打にされることもあったが、泥谷のガッツを褒めなければならない。
六回を終わって失点は4点。うち2点は北郷学園の四番打者、
一方の得点は3点。内訳は泉川、畝原の連続タイムリー、岩切の犠牲フライだ。
1点負けているが、何とか喰らいつけている。残り3イニングで勝負だ。
七回表の守備を無失点で切り抜ける。1人ランナーを出したもののゲッツーで結局3人で相手の攻撃を切り抜けた。良い流れである。
七回裏の清鵬館宮崎の攻撃は、守備で奮闘している八番泥谷からだ。奇数打順が左バッター、偶数打順が右バッターの、いわゆる『ジグザグ打線』だが、泥谷はスイッチヒッターだ。押川は右投手なので、左バッターボックスに入る。よって、七番から一番までは左打者が4人続く。押川も左打者は苦手なのか投げづらそうにしている。横山の分析によると、押川は左打者によく打たれていることからも窺える。
しかし、泥谷はバットに引っ掛けてしまった。ボテボテのショート方向へのゴロである。ところが、ボールの勢いが消えているのが幸いし、守備が追いついた頃には、すでに一塁ベースにヘッドスライディングをしていた。守備で集中砲火を浴びて、すでにユニフォームはどろどろだが、さらに泥が付着する。
「いいぞ! ドロタニ! ナイス泥臭いプレー!」と愛琉から声援を受ける。
続く九番の青木は、初球で手堅く送りバントを決める。初球できっちり送りバントを決めるのはなかなか難しい。特に相手も簡単にはバントを決めさせじと、チャージをしかけてくるからだ。
一死二塁となったところで栗原。今日は泉川のタイムリー、岩切の犠牲フライで2回生還している。一塁が空いているが、1点差で逆転のしかも俊足のランナーは出したくないところ、勝負に出た。
押川は今日いちばんの気合いで、147 km/hの直球を投げ込む。追い込まれてもファールで粘り続け、2ボール2ストライクのまま9球目を栗原は手を出した。
ファースト方向への良い当たり、と思いきや、ファーストがダイビングキャッチで捕球する。ファーストライナーで慌てて泥谷は二塁に戻る。
抜けていれば、確実にライトライン際の長打コース。同点だったところ、惜しくもファインプレーによって阻止された。
「ナイスプレー! 2アウト!」押川が他の守備陣に声をかける。よく声が出ている。
二番の銀鏡は、スライダー中心の配球で押川を捕えることができない。2球粘ったものの三振に倒れた。
八回表の北郷学園の攻撃はクリーンアップから。正直、この回で追加点を獲られると、非常に痛い。三番がさっそくレフト方向に大きなファウルフライを連発する。
「フトイ! 来るぞ!」
またレフト。おそらくファウルグラウンドに落ちるが、スタンドには入らないだろう、という当たり。そこに巨体が突進してきた。
チームでは鈍足の方だが、捕球技術は決して悪くない。むしろ球際にも強い方だ。落下点の見極めも巧い岩切。ぎりぎり追いつかないところ、ファウルグラウンドに向かって、大きくダイビングした。
巨体が接地した瞬間、衝撃で芝が舞う。しかし、グラブにはすっぽりと白球は収まる。今度は清鵬館宮崎のファインプレー。やられたらやり返す。
「よっしゃー! フトイ! 地面揺れたぞ!」と愛琉。
四番の満行は、軽く流しただけの様な当たりだが、意外にもライナー性にライト方向にぐんぐん伸びる。右打者のライト方向の飛球は、ファウルグラウンドに向かって切れていくので実は捕りにくい。しかもレフトからライト方向に流れる風。落下点の最短経路を栗原は瞬時に判断し、全力疾走で背面のまま飛びつく。そして見事グラブに収める。運動神経が抜群の栗原のダイビングキャッチは、不格好な岩切のダイビングキャッチと比してサマになっていた。岩切には悪いが。しかしどちらもアウトということには変わりない。
「すげー! カックイー! 栗ちゃん!」愛琉の言葉に繁村は心の中で賛同する。
続く五番はセンター方向のフライ。しかし飛距離がない。ポテンヒットに近い当たりだ。
「うぉおおおー!」
今度は金丸が前方に猪突猛進する。かなり深い位置から、俊足を活かして、ボールに追いつこうとする。このとき風が止んでいたのは幸いだった。
思い切りダイビングをして、金丸がフライを捕球する。
この回何と、レフト、ライト、センターのファインプレー3連発による、三者凡退。やられたらやり返す。3倍返しだ。北郷学園にとってはヒット3本損したような攻撃。
愛琉は興奮のあまり何か叫んでいるが、声がガラガラでもはや聞き取れない。
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