3-05 魅力

 急いでピッチャーの永野がベースに入った。間一髪だったが、チーフアンパイアの手は横に振られる。

 3-2。黒木もタッチアップしていたので1アウト三塁。


「チャラごおり〜!! いいぞおぉー!」愛琉がまるで獣が吠えるいるかのような声量で声援を送る。

「嬉しいけど、『チャラごおり』はここでは止めてよ〜! メグルちゃん」

 犠牲フライにはおおよそ不可能な飛距離ながら、一か八かでよく狙ったものだ。アウトなら暴走だが、試合では結果オーライなところもある。しかし、釈迦郡の中では、そんな一か八かでもセーフにさせる勝算があったのかもしれない。これがの怖さだ。

 未だリードを許しているが、ベンチは大盛り上がりで、愛琉に対する不敬な態度も不問に処す勢いで、生還した釈迦郡の頭を叩いている。


 聖文神武高校の内野陣が集まり、伝令まで送って、何かを話し合っている。タイムが長いが、もちろん話の内容は聞こえない。

 タイムが解け、続く二番の銀鏡のとき、横山のサインとは違う球種のボールを投げてきた。何かしら癖を読まれたことを悟ったのだろう。

 銀鏡はフォークに手を出し三振。三番の岩切もセカンドゴロに切って取られ、黒木の生還は果たせなかった。


 九回表にランナーを2人出したものの、何とか無失点で切り抜けた清鵬館宮崎。横山の作戦が読まれた可能性がある中、九回で1点ビハインドで、四番の若林、五番の泉川はまさかの凡退。2アウトランナーなしで、六番の畝原の場面だ。

 畝原は、かなり疲弊していた。完投が続いていたし、今日の畝原は永野に完全に打ち取られていた。

「畝原、お疲れさん。横山、行け!」

「マジっすか!?」

 ベンチも驚いたが、当の横山本人がいちばん驚いている。ランナーコーチを中武と交代する。いままでずっとレギュラーを獲れず、野球の技術も経験値も、後輩に先を越されてきた横山だ。一見、諦めたのかというような采配。

 しかし、繁村は試合をほうしたわけではない。横山の負けん気に賭けてみたくなった。そして愛琉も諦めていなかった。

「横山、あっさり三振じゃ、後でシバくぞー!」

 愛琉が、横山を激しく刺激する。

「三振するか! 何としても塁に出ちゃる!」

 横山の位置からはサインは見えないし、そもそも横山のサインの裏をかいてきている。来たボールを打つしかない。

 かと言って、フォークに対応できるだけの経験値はない。立て続けにきたフォークを2回振ってあっさりと0ボール2ストライクと追い込まれてしまった。

「こらー! 横山ー!」愛琉のげきは容赦ない。

 ここで永野は口元がニヤリと笑った。最後はフォークだろうか。繁村の位置からは分からない。

 3球目が投じられたとき、横山はボールの遥か下に向かって強振する。空振りかと思ったとき、ボールが下に落ちる。フォークだ。

 ちょうど巧く捕えたボールはぐんぐん伸びて、左中間を真っ二つに分けた。2ベースヒット。本日チーム3本目のヒットは長打になった。泥谷、青木、横山と、三年生でも未経験で入部して苦労を味わってきた3人が安打を打ったのだ。

 ここで迎えるのは七番の金丸。金丸は当たっていない。代打を送ろうか。二年生では、坂元や中武はどうだろう。ただ、金丸は先ほど反撃の口火を切ったフォアボールを選んだのだから、心証は良くないかもしれない。そのまま金丸を打席に向かわせた。

 そんなことを考えていて、繁村はかつだった。ランナーを代えようと思っていたのに、失念していた。横山は足が遅い。

 そんな失態が的中し、初球にまさかの二塁牽制球だった。完全に裏をかかれた。横山はセカンドタッチアウトで、3アウトゲームセット。

 追い上げ虚しく2-3で負けを喫してしまった。


 負けた後のミーティングは相変わらずお通夜のようだったが、横山の落胆ぶりは筆舌に尽くし難いものがあった。しかし、彼を責めるものは誰1人としていなかった。

 むしろ、レギュラー陣を差し置いて彼が唯一の長打を放ったのは評価に値する。それに、あの好投手のいちばん厄介なフォークの投げるときのささやかな癖を、横山が気付かなければ、反撃の狼煙のろしは上がらなかっただろう。


 さらには、釈迦郡の好走塁、泥谷と青木の適時打も光り、レギュラーを最近獲った選手や控え選手の活躍が目立った。これは大いに収穫になるし、チームを鼓舞させるには充分だった。


「今日の試合は負けたけど、決して悪い負け方じゃないと思います。このチームはきっと夏に甲子園に行くと確信をしています。個人的には、横山とチャラごおりが活躍してくれたのがすごく嬉しい……」

 愛琉はミーティング中のコメントで急に言葉を切らし、下を向いた。あまりに急だったので、脳の病気が悪さをしたかとヒヤリとしたが、そうではなかった。

「……横山、公式戦、初ヒットだよね……。おめでとう」

 涙を浮かべながら、愛琉は控えで頑張ってきた横山の栄誉を讃えた。


 すっかり忘れていたが、愛琉を密着取材するテレビ局はこの試合にも来ていて、選手たちにコメントを求めている。

「俺ですか〜!? 愛琉ちゃんは『チャラごおり』と呼んでますけど、チーム随一のジェントルマン、しゃごおりつかさです! 以後お見知りおきを」

「あ、キャスターさん、『チャラごおり』のコメントはカットして下さいね! チームの品位が落ちます。あ、チャラごおりはまたメグメグを『ちゃん』づけで呼んだので、グランド1周追加ね」

「まじで〜? 美郷さーん」

「もう1周追加させるつもり?」

 相変わらず、釈迦郡と美郷の応酬が続く。これは決して、先輩権力を濫用した美郷のパワハラではない。なぜなら、釈迦郡は走るのが大好きだからだ。特に、女子の先輩にペナルティーで走らされるのが大好きなのだ。メディアの方はそこお間違えのないように。


 そんなことを考えていると。

「監督、いいチームですね。最初は全国的にも珍しい、男子野球部で奮闘する女子野球部員という名目で取材をしていたんですけど、普通にこのチームの温かさに触れて、ファンになりました」

「ありがとうございます」

 社交辞令なのは承知だが、言われて悪い気分はしない。

「テレビ局の立場でこんなこと言うのはダメかもしれないですが、是非今度の夏は甲子園に出て下さい。あの、取材目的とかそんなのじゃなくて、私は単純にこのチームを応援しています」

「そ、そうですか。ありがとうございます」急にそんなことを言われたので驚いたが、チーム躍進の立役者は繁村自身ではないと思う。真の功労者は……。「でも、本当に感謝すべきは愛琉かもしれません」

「嶋廻さん。チームのムードメーカーですね。こんなに明るくて楽しい女子部員がいたら、男子はみんな張り切っちゃいますね」

 部外者は皆そう思うかもしれないが、悲しいことに、銀鏡と釈迦郡を除く部員たちは、愛琉を女と思っていない。が、そんなことも言えないので、取りあえず相槌を打っておこうか。

「おっしゃるとおりですね。しかも、ここにいる部員のほとんどは愛琉が引っ張ってきたんですよ」

「本当ですか?」

「あいつは本当に、人を惹き付ける何か魅力があるんでしょうね」

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