3-03 珍姓
◇◆◇◆◇◆◇
取材は、練習風景を撮るだけだと思ったが、意外にこちらに対する注文が多く、やれ愛琉がマウンドに立って投球するシーンを撮らせてくれとか、やれシートノックに愛琉も入ってくれとか、いろいろ言われた。
加えて、公式戦に出られないので、練習試合を組んで取材させて欲しい、その場合は愛琉を登板させてくれ、だの言われた。
正直、取材のために練習しているわけではないので、いろいろ注文されるのは癪だが、もともと三校戦を組む予定だったし、そこでは愛琉を登板させるつもりだったから、結局取材の意向に沿ったことを最初からする予定である。ただ、当然、相手校の許可も必要である。図々しくも、許可を取ってくれと言われたが、さすがに繁村から清鵬館都城と清鵬館日向の2校に取材許可を求める義理はないので、それはそちらでやってくれと突っ放した。
でもよく考えたら、両校とも同じ学校法人で理事長も同じだから、許可は得られたのも同然であるのだが。
そんな取材のことを気にしつつ、練習はいつもどおりやらねばならない。5月の後半には 県選手権大会が開催される。
新入部員も経験者が多いだけあって、動きは悪くない。特に、愛琉から『げすいりゅう』と呼ばれてしまっている
未だに泥谷のことを『どろたに』とか、
まだこれがある意味、彼女の持ち味なんだろうし、山田だけでも覚えられただけ、善しとするか、と思えてきた。
「あのう……」
山田がどこか申し訳なさそうに繁村に話しかけた。
「何だ?」
「僕の名前なんですけど、『
繁村は思わずずっこけそうになった。
◇◆◇◆◇◆◇
県選手権大会は、7月の全国高校野球選手権宮崎大会を見据えて、いろいろな選手を起用していきたい。選手は一年生が7人、二年生が9人、三年生が愛琉を除いて10人。決して選手層は厚くはないが、一人ひとりの質は高いと思っている。
特に二年生になった9人で、いまのところレギュラーの座を掴んでいるのは銀鏡だけだが、他の者も成長著しい。
『チャラごおり』こと釈迦郡も密かにスイッチヒッターを狙っていて、成果を出してきている。右打の素振りに加え、その倍の素振りを左で行っている。態度はチャラいが、努力は人一倍やっている。
中武は負けん気の強さで、サードの座を射止めんとしている。また、ファーストの坂元は三年生の青木と争っている。薬師寺は控えのピッチャーだが、フォームをスリークウォーターないしサイドに転向しようとしている。彼はもともと少し身体を捻って投げる投球フォームであり、身体も柔軟性が高い。稀少な左のサイドスローは左打者にとっては打ちづらく、かと言って練習することも難しいので、かなり脅威になる。存在意義が高いと思う。
また、これまでほとんど話題にあがって来なかったが、
鬼束と浜砂は外野の控えだ。外野はポジションが少ないので、未経験者で入部した彼らがいまレギュラーの座を奪取することは厳しいが、レギュラーが怠慢なプレーを見せた場合は、守備でも代走でもどんどん起用していこうと思っている。
そして、今日も取材が来ていた。そして今日はインタビュアーも来ている。テレビで見たことある地方局アナウンサーだ。名前は何だったか。
だんだん取材の目も慣れてきたが、愛琉はインタビューを受けている。変なことを言わなければ良いが。いまのところ本人は楽しそうに応じている。
今日も練習が終わり、片付けているころだった。聞き心地の良い女性の声で呼びかけられた。
「おつかれさまです。監督いま宜しいでしょうか?」
「はい?」
目の前には、先ほどまで愛琉のインタビューをしていたアナウンサーがいる。
「ご挨拶が遅れました。私、宮崎日向放送のアナウンス部の
温水アナウンサーだ。ようやく思い出した。しかしテレビで見るよりもずいぶん綺麗な方である。口が裂けても声には出さないが。
「はじめまして。監督の繁村です」
「監督、インタビュー宜しいでしょうか?」
「え? いま?」
「はい。練習終わられたようなので。県選手権大会とこれからの嶋廻さんについて、一言お願いします」
どうしようか。抜き打ちでインタビューとか、想定していなかった。アナウンサーの後ろには立派な撮影用カメラに照明、マイクが用意され、準備万端ですよ、と言わんばかりのプレッシャーを感じる。しかも、絵に描いたような美人アナウンサーがすぐ目の前にいる。口下手、奥手、あがり症、三拍子揃った繁村にとって、最も不得意とするシチュエーションであった。コメントをまったく用意していなかったことを後悔したのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇
県選手権大会が開幕した。春からの勢いそのままに、順調に勝ち進み、県央ブロック予選は優勝で勝ち進むことができた。
畝原の調子が良い。この男は、春以降、ここ最近大崩れすることがない。もちろん、打たれることはある。藍陽高校戦ではサヨナラホームランを打たれたこともあった。しかし、もともと冷静でポーカーフェイスなので、塁上にランナーがいようが、四番打者を迎えようが、基本的にマウンド上で変化を見せない。中には、ピンチになると表情や仕草に動揺が見られる投手もいるが、そういう投手は制球が乱れたりするし、攻撃側も打てそうな雰囲気が伝わるものだ。しかし、畝原はそういうところを見せない。つまり相手に付け入れられそうな隙を与えないので、流れを持って行かれにくい。
野球、特に学生野球では不思議なほどに流れが試合を左右する。たとえば、同じ3点差で勝っている状況でも、同点の状況から突き放した3点差と、大量リードだったのが徐々に追い付かれそうになっている途中の3点差では、選手たちの置かれる気持ちの状況が全然異なる。追い付かれているときの3点リードは選手たちに焦りをもたらし、守備が乱れたりする。甲子園には魔物が棲んでいるとよく言うが、大逆転ドラマが往々にして起こるのはそういうことなのだろうと思う。
つまり、いかにして試合の流れを自分たちのものにするのかが肝要であり、畝原はその流れを維持しながらゲームメイクするのが上手と言えよう。
しかし、県央ブロックでの代表決定戦で勝っても、県全体では、県南の北郷学園もいるし、同じ県央の別のパートの代表決定戦を勝ち抜いたや藍陽など強豪校などが待ち構えている。
「おめでとうございます!」
温水アナウンサーである。
「ありがとうございます」
「いまの感想はいかがでしょうか?」
「ちょっと待って下さいね」
先日のインタビューでは頭が真っ白でほとんど何も話せなかったので、あのときの反省を踏まえ、想定されるインタビューと回答を
「えー、今回は、あのー、投打が噛み合い、素晴らしい試合運びができたものと認識しております。ただ、えー、まだ攻撃や走塁、守備で細かいミスがございまして、反省すべき課題も散見されました。つきましては、その課題をチーム全体で共有し……」
まるで国会答弁でもしているかというような回答。試合前から、勝ったときの回答案と、負けたときの回答案を前もって用意していて、どんな場合でも汎用性のある当たり障りのない内容だ。
「監督! それじゃあ、甲子園に出て勝ったときどうするんです? 生放送ですよ」
愛琉が後ろから言ってくる。ごもっともだが、繁村にはそれが限界である。我ながら情けない話だ。これからインタビューは全部、甲斐教頭に応じてもらいたいほどだ。
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