2-26 邁進

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 九州地区高校野球県予選は破竹の勢いで勝ち進んだ。強豪校以外のチームにはコールド勝ち、強いところであっても畝原と岩切の継投で先制して逃げ切る試合ができている。そして何と言っても内容が良い。

 まず、エラーがほぼない。エラーはたった一つでも試合の流れを持っていかれる可能性がある。それをなくすことによって、終始試合の主導権を自分のチームがグリップすることができる。

 そして、打撃も良い。個人の打撃のスキルも良いのだが、繋ぐことを意識した臨機のバッティングができている。取り消されたとは言え、一時的に対外試合禁止処分を受けていたことで、却って、試合ができることの有難さ、試合で負けることの悔しさ、そしてチームワークの大切さを、皆がしっかり持っているように思える。

 いま、3回勝ってベスト8まで来ている。


 順調に勝ち進んでいるのは、いつも声を出して応援している愛琉の功績も非常に大きい。彼女の声援には、実は部員たちのアドレナリン分泌を活発にする効果があるのではと思う。それくらい、要所要所での彼女のエールは、幾度となくチームをピンチから救い、チャンスでは背中を後押しした。


 しかしながら、愛琉自身も春の全国大会の地、加須かぞに発つ日がやって来た。チームの邁進まいしんのためには痛いが、ここは笑顔で送り出してやらなければならない。

「連合チームの初勝利・初優勝と嶋廻愛琉の大活躍を祈願して、フレー! フレー! メ・グ・ル!! フレー! フレー! メ・グ・ル!!」

 主将の若林のややぎこちないかけ声に続いて、男子部員たちは少し照れ臭そうにエールを送る。

「ありがとう! でもあんたらも、アタシが帰って来るまでに勝手に負けたら許さんとよ! いい!?」

「オッス!」

 愛琉らしい、ちょっと毒のあるレスポンスで、逆に男子たちを鼓舞した。


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 ベスト4をかけた戦い、つまり準々決勝は、愛琉の属する『竹田連合』の初戦と同じ日である。場所こそ遠く離れても思いは一つ。愛琉のいない分、選手もマネージャーの美郷も、より一層大きな声を出して、チームの士気を高める。

 しかし、準々決勝ともなると楽に勝たせてくれる相手には当たらない。お相手は延岡南高校。愛琉たちが一年生のときの一年生大会の本戦の準決勝で敗北を喫した相手だ。畝原の140 km/h台後半の直球や鋭い変化球にも対応し、甘い球はことごとく外野に持って行かれる。それでも、粘りのピッチングでこらえた。得点圏にランナーを送っても生還はさせなければ、失点にはならないのだ。要所要所できっちりと低めやインコースを突いていった。

 攻撃においても、簡単にヒットを打たせてくれるチームではないので、数少ないチャンスをバントで繋ぎ、地味だが手堅い野球に徹した。

 しばらく互いにゼロ行進だったが、ようやく7回裏の清鵬館宮崎の攻撃で1点を奪取し、それを執念で守り抜いた。

「嶋廻がいない試合で負けたら、何と言われるか……」

 選手からのネガティブな感想もご愛嬌。内容に反省すべきところはもちろん多くあったが、勝ちは勝ちだ。ベスト4進出である。


 ミーティングを終えて、学校に戻る準備をしていると、繁村のスマートフォンが震える。

『監督! 連合チーム! 初勝利です! アタシ先発で投げさせてもらいました。しかもノーヒットノーラン達成です!(^ ^)v』

 監督相手なので愛琉は顔文字や絵文字をメールで使わないが、今回は顔文字で気持ちを表現しているあたり余程嬉しかったのだろう。しかし、ノーヒットノーランとはあっぱれだ。なかなか達成できるものではない。かつての盟友、しらやなぎすぐるですら、ノーヒットノーランはなかったのではなかろうか。


 続く、準決勝の相手は、一年前のこの大会で惜敗している、強豪、藍陽高校だ。ベスト4には北郷学園も残っている。まちがいなく調子は上向きだ。この調子で次も勝利を掴み取るしかない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 なかふつ置いて、準決勝の日がやって来た。加須で戦っている愛琉は、連合チームとして、二回戦、準々決勝も勝ち、ベスト4に進んだと報告してきている。しかもスコアボードの写真付きで。向こうは連日の試合を着実にものにしている。これはより一層負けられない。

 そして、準決勝の日は、愛琉の準決勝の日と同じである。我が野球部も愛琉も、景気良くダブルで決勝進出といきたいところだ。


 今日も先発は畝原だ。こちらは二日間肩を休めさせているが、愛琉はタイトなスケジュールな中、連投になるだろうか。いくら7イニングス制とは言っても毎日では肩に負担がかかる。あと、脳の病変のことも心配だ。最近は落ち着いていると言っても、親も繁村もうちの男子部員たちもいない、遠く離れた埼玉で無理はしないで欲しいものだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 試合は準々決勝と同様、息も詰まるほど緊迫した投手戦となる。藍陽高校のエースは、一年前戦ったときと同じく前田だ。こちらも前回と同じ畝原なので、きっと向こうは研究しているのだろう。当然、こちらも参謀の横山がビデオを分析していた。ただ、前田投手については、一言、これと言った攻略が見つかりません、とのことだった。一年前と異なり球速も変化球のキレもコントロールもグンと増しているとのことである。藍陽高校はこれまで4戦戦ってきた中で相手校に得点を2点しか許さずに勝ってきた。派手に得点を重ねる攻撃型のチームではなく、投手を軸に守りにおいて精度を高めてきたチームのように思われる。


 ランナーを許しても、その後の安打をお互いに許していない。そして両チームともエラーはない。1個の小さなエラーによって相手に流れを渡してしまうのではないかというような緊迫感を持って、全員白球の行方に集中している。結局何と八回まで互いに0点。九回表は清鵬館宮崎の攻撃だ。この回の攻撃は一番の栗原からだ。

 栗原は、5球ファールで粘って、フォアボールをもぎ取った。好打者の栗原であっても、この前田には苦戦していた。

 続くこの日の二番打者はキャッチャーの銀鏡。捕手が二番打者というのも珍しい気がするが、銀鏡は打撃面では小技が利く俊足巧打の選手だ。

 ここは1点が欲しい。1点あれば充分だから、いちばん手堅い送りバントのサインを送る。しかし、相手も簡単にバントできるような甘い球を投げて来ない。右打者である銀鏡のインコースをぐいぐい狙ってくる。4球目でようやくバントの構えで球をバット当てた。すると、前田自ら打球の転がる場所を予想していたかのごとく、すばやく打球に向かい、捕球するとすぐ、一塁ランナーは俊足の栗原にも関わらず二塁に投げた。これが絶妙なタイミングではあったがアウトとなってしまった。打者ランナーの銀鏡は辛うじて生き残ったものの、ここでの送りバント失敗は痛い。

 続く三番の岩切は、執念で送る。岩切は、ぎりぎりまでヒッティングの構えを見せていたが、ここぞという球でバントの構えに切り換えて、一か八かで決めた。これが俊足の金丸とか釈迦郡の足ならセーフティーバントだったろうが、岩切の足は残念ながら遅く2アウト二塁だ。

 そして四番の若林を迎える。若林は今日のメンバーの中で唯一マルチ安打を決めている。若林は身長が低く、構えもコンパクトだ。前田も明らかに投げにくそうにしていたのが伝わる。前田は若林を敬遠した。高校野球でも導入されて間もない申告敬遠だ。今日当たっていない五番の泉川との勝負に賭けたのだ。

 泉川は燃えていた。当然だ。左バッターボックスに入り、3ボール2ストライクのフルカウントまで持ち込み、数球ファウルで粘った。

 ここまで来るとランナーは、盗塁の意志関係なく投げたら走ることになる。泉川に投じた9球目で一、二塁間のゴロが転がる。ファーストゴロかと思ったが、意外に打球は速く、ファーストが追いつけない。セカンドが飛びついて何とか追いついたが、泉川は既に一塁に到達しそうであった。

 2アウト満塁かと思われたが、何とサードのランナーコーチの横山は腕をぐるぐる回していた。

「バックホーム!」

 このあたりで二塁からランナーが生還するのは無謀かと思われたが、銀鏡も俊足である。しかも投げたときにスタートを切っており、気付くと三本間さんぽんかんのちょうど三塁寄り三分の一くらいの位置にいた。

 銀鏡は猛スピードでホームを狙いヘッドスライディングの体勢に入る。セカンドも慌ててバックホームをする。キャッチャーと交錯。

 土ぼこりでよく見えなかった。どっちだ。繁村は祈った。

 チーフアンパイアの腕が横に伸びた。セーフのジェスチャーだ。

「よし!」繁村は小さくガッツポーズをした。

 しかし、その後、異様に藍陽の選手たちは冷静だった。

「3つ!」

 キャッチャーはすぐにサードに鋭い球を投げると、三塁を落とそうとしていた岩切が、塁に到達する前にサードのグラブに収まり、タッチアウト。1点止まりだ。

 でもここでの1点は非常に重い。藍陽高校にとっては絶望的な失点だ。


「よし、待望の1点が入った。何としても守り抜け! 愛琉が埼玉で頑張ってるんだ! 必ず勝利を報告して、決勝に繋げるぞ!」

「オッス!」

 繁村は今日いちばんの活を選手たちに入れた。

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