2-23 情報

 メールの相手は崎村だ。崎村は繁村に対して馴れ馴れしく、女性経験の乏しい繁村にとってはやや苦手にしていたが、繁村自身、誰かに愚痴をこぼしたくて仕方なかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 驚くほど、簡単に飲みにいく予定が決定し、宮崎市の中心地、たちばなどおりのバーに入った。どうやら崎村の行きつけのバーらしい。比較的狭いバーのカウンター席に座った崎村の隣に失礼した。


「どうせ落ち込んでるんじゃないかって思ってね」

「ええ、この通りですよ」

「顔から生気がなくなってるもん」

「そうっすか。最近はもう家でやけ酒ですよ」

 

 崎村の野球のユニフォーム以外の姿を見ることが少ない。それどころか、今日みたいにメイクアップしている姿を見るのは初めてであった。もともと容姿は整っているが、こんなに化粧映えをする人だとは思わなかったので、どきりとする。でも、崎村を口説き落として自分のものにしたいという気はさらさらない。


「対外試合禁止だって? 学生野球協会もやってくれるじゃない? だって部員の部活外での暴力事件でしょ?」

「よくご存知で」

「そりゃ情報はよく入ってくるよ。うちはマッつんを通じて情報収集してるもん」

「マッつん?」

「ああ、男子野球部の監督だよ。まつ和喜かずよし。あの人さ、ああ見えて、宮崎の高校野球の情報網かなり握っててさ」

「そうなんすか?」

 松田は崎村よりもずっと年上で実績だってあるはずなのに、崎村にかかればニックネームも許されてしまうほど、完全になずけている。男子の体育会系の上下関係においてはあり得ないことを軽々とやってのけている。崎村はもはや無敵でなかろうか。

 それはさておき、松田は情報通らしい。ちょっと意外だった。

「だって、名門北郷学園の男子野球部を率いてもう何年ってくらいのおじさんだよ? 甲子園の常連だもん。甲子園だって、北郷学園うちが出たときには、初戦敗退もしないどころか、ベスト16とか8まで行くくらいだから、高野連にも顔が利くみたいでね」

「そうなんですか」

「ま、繁村くんが出場した準優勝にはかないませんけど」

 とうとう『くん』付けにされてしまった。

「嫌味ですか? うちはあれ以来甲子園から遠ざかってますけど?」

「まさか? 栄誉を讃えてるのよ」

「……」

「でね? 加害者は栗原くんなんでしょ? あのイケてる一番打者リード・オフ・マンの子」

「そこまで知ってるんですか?」

 この人はどこまで知っているのか。プライバシーにかかる極秘事項だと思うのだが。

「まあね。で、風の噂なんだけど、被害者の子って、結構お坊ちゃんなんだってね? この宮崎じゃ」

「な!?」

 それは初めての情報である。崎村は繁村の情報量を超えて知っている。

「それこそ、県会議員のご子息かなんかで、ま、ご子息ってもどら息子で評判は良くないみたいだけど、でも御曹司だから親の圧力がかかったんじゃないかっていう憶測も飛び交ってて」

「そ、そんなんずるいじゃないっすか? アンフェアですよ!」

「私もそう思う。こんなん、栗原くんの謹慎か、それか警告でもいいくらいだよ。それが対外試合禁止なんて、何かしらの圧力が働いたんじゃないかってね、私は思ってる」

「ということは、うちが、清鵬が甲子園行くことを阻止しようと思ってる、ライバル校の人間ですか? 被害者は?」

「いや、被害者は別に野球部でもなんでもないよ。その県会議員のどら息子とその仲間たちが野球部という情報はないし、別に野球の強豪校でもない」

「じゃあ何で、そんな重い仕打ちに?」

 急に崎村は、繁村の肩を寄せて顔を寄せてきた。耳打ちしようとしているようである。

「ここからは私の憶測だけど、誰にも言わないでもらってもいい?」

「ななななな、何すか?」


「この事件、原因は愛琉ちゃんだと思うの」

 崎村から思いがけない言葉が紡がれた。

「えええ!?」狭い店内なのに繁村は大きな声を出す。他の客がこちらを睨む。

「こら、声がでかい!」

「……すみません。で、どういうことなんです?」

「被害に遭った男子たちは、愛琉ちゃんのファンだった。それも追っかけを超えてストーカーを働くくらいの、ね。で、清鵬館宮崎の試合の日程をチェックしていた。そこには愛琉ちゃんが来るからね。で、試合が終わって帰るときに愛琉ちゃんをナンパしようとした。しかし、何かしらの理由で栗原くんが察知していて、愛琉ちゃんを悪い輩から守ろうとした。そして喧嘩になった……」

「な、そ、そうなんですか?」

「かなり行き過ぎた仮説かもしれないけど、でもね、繁村くん。愛琉ちゃん、先生が思ってるよりずっとずっと宮崎の高校野球ファンの間では話題になっていて、もう凄いことになってんの。試合してて気付かない? 清鵬館宮崎のときに観客が多くなってんの。あれね、愛琉ちゃんが目当てなんだから」

「はあ? アイツは公式戦出れないんですよ」

「出れなくてもいい。熱烈なファンは愛琉ちゃんを見たいんだから。だって、愛琉ちゃん、それこそ、渋谷とかにいたらスカウトされるくらいのレベルだよ。それでいて野球がめちゃめちゃ巧い! 最強じゃない。野球好きな男はイチコロね。女の私が言うんだから間違いない!」

「そうっすか……」

 愛琉は、毎日会っているせいか見慣れてしまった。たしかに美人だ。スタイルも良いのだろうが、銀鏡と釈迦郡を除く男子部員たちは、もはや愛琉を女子と見なしていない。練習での豹変ぶりは、男を凌駕する。それくらい雄々しいのだ。

「だから、当然行き過ぎたファンは彼女に迷惑行為を働く可能性だってある。どう? 事件のあった日の試合、迷惑なファンいなかった?」

 その言葉を聞いて、バチバチに思い当たる節がある。畝原とのキャッチボールのとき、はしたない言葉をかけていた輩がいる。しかも3人組だった。

「……いましたね。写真撮ってましたね……。そいつらの中に県会議員の息子がいたんですね!?」

「こら、また声がでかい!」

 また他の客の視線が痛い。

「すみません」

「私はその3人組を見てないから分かんないよ。でも、もし彼らがストーカー化して清鵬館宮崎で出待ちしてたとしたら……? それを栗原くんが察して、愛琉ちゃんを追いかける3人組を追跡してたとしたら……? 可能性としてあるんじゃない?」

 なるほど。そうであれば、栗原がわざわざ通学路と思われる経路と全然違うところで事件を起こしたことも合点が行く。しかも、日向住吉駅の辺りは愛琉の自転車の通学経路のはずだ。

 しかしながら、納得のいかないところもある。

「でももしそれが本当なら、何で愛琉も栗原も黙ってるんでしょう? 栗原はストーカーから愛琉を守ったんでしょ? 正当防衛じゃないですか? それが明らかなら処分だって、もっと軽くて済みそうなものを……!」

「それは分からない。愛琉ちゃんも何で黙秘しているのか分からない。本人に話を聞いてみるしかないけど……」

「ないけど……?」

 崎村は繁村に一度視線を合わせた。

「栗原くんが黙っている理由なら察しはつくよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る