ブーゲンビリアのサウスポー

銀鏡 怜尚

愛琉☆一年生

1-01 椿事

 第XX回全国高等学校野球選手権大会。通称、夏の甲子園大会。


 宮崎県勢はこれまで優勝を手にしたことはなかったが、その年の宮崎県代表で3年ぶり4度目の出場を果たした私立清鵬館せいほうかん宮崎みやざき高校は県民の期待を背負っていた。

 何と言っても、サウスポーの背番号1のエース、しらやなぎすぐるが異彩を放っていた。野球選手としてはかなり細身の体型ながら、柳のごとくしなやかな腕振りのオーバースローないしスリークオーターから投じられるストレートは、最速で151 km/h、平均しても140 km/h台後半を記録する。打ちにくいとされるインコースをく強気かつ精緻なコントロール、速球をスピード以上に魅せるためのブレーキのかかった変化球、連投をものともしないタフなスタミナ、走者を幻惑する牽制術と鮮やかなクイックモーション、送りバントをたちまち併殺へいさつに変えてしまう華麗なフィールディング。どれを取っても一級品で芸術的だった。否が応でもスカウトの注目を浴び始める。打者から三振と凡打の山を築き、気付けば決勝のマウンドに立っていた。

 しかし、決勝戦の相手は選抜高等学校野球大会で優勝し春夏連覇を狙う、当時最も勢いのあった大阪府代表の大阪黎信おおさかれいしん高校。特に一番打者リードオフ・マンあかたかと四番打者のおかともは、早くもプロ入りの意思表明をしていて、ドラフトで何球団が指名するか話題になるほどに注目の逸材だった。今大会も大量得点で勝ち進んできた大阪黎信の超強力打線は、清鵬館宮崎ナインを大いに苦しめた。ただし『走塁の神童』と言われた赤木は、キャッチャーで主将の繁村しげむらたつのセカンド送球を前に幾度も盗塁スチールを阻止された。繁村自身、肩には自信があったが、盗塁阻止は白柳の華麗な投球術の賜物だ。おかげで3点分は阻止できたと思っている。結果的に、タイムリーヒット1本と岡田のソロホームランの2点に封じ込めた。なお、タイムリーヒットはバックホームと走者のホームインが重なり、交錯プレーとなった結果ミットから落球してしまったものである。

 対する大阪黎信のエースは、準決勝では控え投手のみで完投リレーを達成したこともあり、スタミナは戻っていた。快調な投球で、清鵬館宮崎打線は沈黙。結局、犠牲フライによる1点を獲るのが精一杯だった。

 悲願の初優勝が期待された宮崎県勢だったが、惜しくも2-1で敗れた。しかし、名実ともに高校ナンバーワンと言われる超強力打線を、一人の投手が2点に封じ込めたのは快挙と言っても過言ではなく、優勝校と同等なほど白柳をはじめとする清鵬館宮崎ナインは称讃の声を浴びた。その頃には打者のドラフトの目玉は赤木と岡田の2名であるのに対し、投手の目玉は間違いなく白柳となっていた。

 当時の宮崎県知事からも準優勝の祝辞が述べられるなど、地元は栄誉をたたえた。大袈裟にもパレードをやるとかやらないとか、そんな話まで流れた矢先に悲劇が起こった。


 2003年8月23日。凱旋途中のバスが高速道路で事故に遭った。危険な運転によって無理に追い越そうとしたトラックと接触し、コントロールを失った車輌は道路脇の標識に激突した。

 多くの選手が重傷を負った。そして1人、尊い命が天に舞った。

 白柳卓、享年18歳。死因は頭を強く打ったことによる脳出血である。その日は皮肉にも白柳の誕生日だった。

 宮崎県の期待の星として輝いた栄光は弔いの灯籠とうろうの光へと変わり、歓声はばんへと変わった。


 この2003年の夏を最後に、清鵬館宮崎高校は甲子園の舞台から姿を消す。


 翌年、赤木は阪神タイガース、岡田はオリックスバファローズに入団し各々活躍した。特に赤木は、ルーキーイヤーで盗塁王を獲得し、同時に新人王にも輝いた。岡田はプロ野球でパ・リーグ本塁打王を獲得した年もあるほどに飛躍し、フランチャイズ・プレイヤーとしていまも同じ球団に所属し選手会長を務めている。

 しかし、10年以上経過した現在でも、2003年の夏の甲子園決勝は彼らの野球人生において非常に大きな1日であり、インタビューで白柳の死を回顧すると涙ぐむと言う。

 一方の、白柳とバッテリーを組んだ強肩の捕手、繁村は、一球団からお声がかかるもプロ入りを辞退し、大学に進学した。野球までも辞め、教員免許を取得し、母校である清鵬館宮崎高校の物理教諭となっていた。


 清鵬館宮崎高校に野球部自体は存在していたものの、あの悲劇を境に監督も変わり、すっかり弱体化してしまっていた。繁村自身も地元で野球少年のコーチをしたり、趣味程度に草野球に付き合ったりはしていたが、母校の野球の指導には携わっていない。

 そんな繁村に、野球部の監督になってくれと甲斐かい教頭から打診を受けたのは3年前だった。最初こそ断ったものの、野球部の再興をこいねがう教頭の強い懇願に打ち負けてしまった。高校時代、キャッチャーとして主将としてチームを牽引してきた繁村のリーダーシップは健在だった。コールド負けの常連校だったのが、2年で県大会ベスト8以上までのし上がるくらいのチームへと成長した。


 そして、今春。繁村が監督になって以来、いや、おそらくこの高校に野球部が発足して以来の椿ちんが発生した。


「あ、アタシ、か、監督のことが大好きです! ど、どうか、アタシのボールを、監督のミットでキャッチして下さいっ!」

 入学式の初日に職員室にいきなり押しかけて、一人の女子生徒が告白してきたのだ。これが、彼女との最初の出会いだった。

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