04 弟
私の弟は、嘘つきだった。
今にして思えば、それは周囲の関心を得るための、弟なりの手段だったのかもしれない。おじさんの家が燃えているとか、おばさんの子供が大怪我をしたとか、いかにもありそうなことを真顔で言うので、しばしば大人たちをあわてふためかせた。
しかし、それらが本当だったためしはなく、あとで大人たちに責められると、弟はけろっとした顔で、ああそうよかったねと嘯くのだった。
この弟のために、私と両親は、幾度代わりに頭を下げたかしれない。そのうち弟のこの虚言癖は、村の誰もが知ることとなり、ついには弟が何を言っても、耳を貸す者はいなくなった。
そんなある日のことだった。
私が家で書き物をしていると、開け放した窓の外から弟の声がした。
――兄ちゃん、兄ちゃん、聞いてくれ。
私は顔も上げずに答えた。
――ああ? 何だい?
――俺、死んだんだ。
私は思わず顔を上げて窓を見た。弟は窓枠に腕を載せて、にこにこ笑っている。
――おまえ、いくら何でも、そんな嘘はつくんじゃないよ。
私は再びテーブルに目を戻した。
――犬が猫を産んだとか、太陽が東に沈んだとか、もっとましな嘘をついたらどうだい?
――ちぇっ、ほんとのことなのにな。
弟は残念そうにそう言うと、窓の前から消えた。
私は気にも留めなかった。何と言っても、弟にいちばん騙されているのは、この私なのだ。第一、あんな嘘が、どうして信じられようか。
だが、しばらく経ってから、急に私は不安になってきた。弟の言葉を信じたわけではないが、私は外に出て弟を捜した。
私の家の裏手には、一本の大きな木がある。弟はこれに登るのが好きだった。
はたして、弟はそこにいた。
木の上にではなく、木の下に、壊れた人形のように転がっていた。
嘘つきな私の弟は、その短い生涯の最期に真実を告げたのだった。
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