第四章〜私の恋、花火〜

 お兄ちゃんが帰ってきてから、二日目。

 昨晩は、めずらしく眠れなかったため、その分、朝にはぐっすり眠っていた。

 そこへ、ドアをたたく音がした。しかし、私は気にしていない。もっと寝ていたい。

 再び、ドアを叩く音。「八海ー」とお兄ちゃんの声も聞こえた。でも、お願い。寝かせて。昨日の夜は眠れなかったのー。

 今度はドアが開いた。

「八海ー、起きろー」

「んー、もうちょっと寝かせて」

「ダメ。朝ごはんだぞ」

 とっても懐かしいやりとり。私は、しぶしぶ起き上がった。ぼけっとした顔と姿勢で、茶の間に向かった。

「顔、洗っときゃあよ」

「はーい」

 

 茶の間では、すでに、みんなが食事を取っていた。それでも、私は焦るはなく、ぼけっと洗面所に向かった。

 ぱしゃっ。冷たい水を顔にかけた。ぼけっとしていた顔は、一気に元気を取り戻した。かけてあるタオルで顔を拭き。ボサボサな髪をブラシでといだ。これで良し。茶の間の方に向かった。

 

 朝食を済ませてから、けっこうな時間が過ぎていた。

「お兄ちゃん、どっか行かない?」

「どこに行くん?」

「どっかよ、どっか」

 うーん。どこに行こうか。ここら辺は、特に行くスポットとかがない。うーん。

「!」

  ひらめいた。彼に相談しよう。サンくんに。早速、実行だー!

「ちょっと、八海? どこ行くんだよ」

「そこら辺」


 玄関を出るともうダッシュして、サンくんの家に向かう。

 ちょうど、彼の家付近に本人がいた。

「サンくーん!」

「おっ! 八海ー」

 変わらない、ひまわりのようなまぶしい笑顔。

「お兄さんが、帰ってきたってね」

「うん、そう。彼女さんを連れて」

「ねー。いいな。俺も彼女連れてみたいわ」

 彼の『彼女を連れてみたい』という言葉に、私の身体は反応した。それは、私も同じみたいな感じか。よくわからないが、サンくんがこんなことを思うなんて意外すぎる。

「意外だね。サンくんがそんなこと言うなんて。……『恋愛なんて興味ない』てイメージだったから」

「んなわけないじゃん。こんくらいの歳になれば、恋の一つや二つ、してみたいもんよ」

 よくわからないが、サンくんも恋愛主義なんだということを初めて知った。意外でしかない。

「あ、そういや。明日のお祭り行く?」

「え? あ! 今年もやるんだ」

「そりゃあ、毎年あるんだもん。台風でもない限りやるでしょ。知らなかった?」

「うん」

「まぁ、いいや。行く?」

もちろん、行かないわけがない。って、ちょっとまって。え! サンくんから誘われた⁉︎ マジか。本当⁉︎ 本気で言ってるの?

 私が、彼の誘いにのらないわけがない。彼の誘いを断る理由がない。

「もちろん。行くよ!」

「え! じゃあ、一緒に屋台とかまわろうよ」

 ドックン!! ヤバイ。

「も、もちろん」

「ありがとう。よろしくね」

 そして、トドメの笑顔。彼のひまわりのようなパッとした笑顔。いや、今の私には太陽のように感じた。

 うわぁ〜。ヤバイ!!

「じゃ、じゃあね」

「うん。またー」

 彼と別れ、猛ダッシュで家に帰った。


「お兄ちゃん。予定変更! どっか行くのなし!」

 私は、もう、遊んでいる暇はなくなった。

「え、どうしたんだ?」

「明日、お祭りあるから、その準備をしたい」

「あー、そういや、あったな。すっかり忘れてた」

 今回のは、しっかりと準備をしたい。何故なら、サンくんとまわるから。よし、まずは浴衣だ!

「……お婆ちゃんは?」

「近所の人と話してるんじゃない?」

 えぇー。お婆ちゃん。浴衣はどこなの。

「浴衣ってどこにあるか知ってる?」

「知らない」

 私の祭り準備は、早くもつまずいた。いや、まだ他にやるべきことがある。えっと、

髪だ。

「ちょっと、携帯けいたい貸して」

「いいよ」

 お兄ちゃんの携帯を借りて、浴衣の時の髪型を検索した。

 えっと……何がいいかな?

 ……どれも難しいのばかりだ。

 うーんと。横は出した方がいいな。まぁ、普通にポニーテールでいいか。ゴムは可愛い色、いや、シュシュで飾った方がいいか。それがいいな。……決まった。

 こんな感じの髪型なら、サンくんも可愛いって言ってくれるはず。よし。

 ちょうど、そこへ、お婆ちゃんが帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりー」

 ナイスタイミング、おばあちゃん。

「お婆ちゃん!」

「ん? どうかしたの」

「浴衣ない? 私にぴったりの浴衣」

「あぁ、祭りに着てくやつね」

「うん。何かない?」

「ないなー、あんまり着る機会がないから」

えぇー、ないのか。ないなら一つ。買うだけさ。

「じゃあ、買ってくる」

「え、着物を?」

「もちろん」

「そう、お婆ちゃんも一緒に行くわ。着物って高いし、他の小物も必要でしょ」

「だね。行こう」

 私とお婆ちゃんは、車で二時間くらいかけて隣町のショッピングモールに行った。そして、ピンクの花柄の浴衣のセット、夏らしい柄のうちわを買った。あと、赤色のシュシュ。これで完璧。おまけに花火を買った。今夜やるための。


 よっしゃー!!! これで、準備は万端。サンくん、褒めてくれるかな?

 祭り当日が楽しみだ。


 家に着く頃には、空はもう暗くなってきていた。夏だからまだ明るいが、冬であれば真っ暗だ。

 疲れた。こんなにも長距離の移動は久々だ。

「ただいまー」

「おかえりー」

 家には、みんなそろっていた。

「どこ行ってたの?」

「 浴衣買いに行ってた。あと、小物や、あ! 花火も買ったから、後でやろ」

「お、いいね、花火。何年ぶりなんだろう」

「もう、数年ぶりだよね」

最後に花火をしたのは、小学校低学年の頃。大きくなってからは、まったくやっていない。

 

 夏の日も入り果てて、田舎村は真っ暗になった。明かりも全くない。

 そのかわり、満天まんてんの星空が広がっていた。雲一つない、晴天である。まるで、プラネタリウムのように、一面の夜空がきらめいていた。夜空に見える星、一つ一つが、自己を主張しているかのように、自分が、自分がと他の星と張り合っているかのように、一生懸命輝きを放っていた。結果、全ての星、一つ一つが、暗い夜の空を輝かせていた。この上ない絶景である。

「うわぁ、綺麗」

 その美しさに、私はつい、感嘆の声を漏らしていた。

 さて、花火の準備をする。火災防止のため、水をいっぱい入れたバケツを用意した。

 そして、ついに、何年ぶりかの花火。

 何からやろうか。

「まずは、線香せんこう花火じゃない?」

 お兄ちゃんが、そう提案をし、線香花火をすることに。ちなみに、花火をするのは、

私とお兄ちゃんと萌絵さん。母、父、お婆ちゃんはそれを見ている。

 三人、それぞれ花火を持ち、マッチをって火をつけ、点火。

 花火の先っぽが、赤く輝いた。小さく火が吹き出した。まもなく、バチッと火花が現れる。バチッ、バチッ、バチッ。それは、どんどん激しくなっていく。バチバチバチッ‼︎

 私たちも、赤い光に照らされていた。とても安心するような、心が穏やかになるような気分にさせる。とても幸せな時間だった。

 そんな時間も、すぐに終わる。最初はお兄ちゃんの花火が落ちた。

「わあ、終わった」

  次に萌絵さんのが。

「私も終わった。すごい、八海ちゃんのが一番、持ってる」

 三人の中で最も長く持った私の花火も、永遠には続かなかった。

 次は、適当に選んだものを行った。正直、線香花火以外の手持ち花火は、どれも同じようなものだろう。

 パチ、パチパチ、シューーーーッ!!!!

 点火した花火は、煙を開け、パチパチと光が出てきた。熱もともない、だんだんと激しさが増していった。

 久しぶりの花火だったため、びっくりした。

「うわっ、すごい」

 お兄ちゃんや萌絵さんも、激しく光を放つ久々の花火を楽しんでいた。


 たくさん入っていた花火も、すっかりなくなっていた。

「もう、おしまいか」

「さ、中に入るか」

「私、片付けてくるねー」

 楽しい花火は、終わった。でも、明日も花火を見ることができる。今度の花火は、打ち上げ花火だ。より素敵な花火が見られるよね。


 深夜、十時を過ぎたころ。私は、お兄ちゃんたちの部屋で話をしていた。

「二人は、明日の祭りにいくんだよね」

「うん、そうだよ。八海も一緒に行く?」

「いい。友達に誘われてて、その子と行くから」

 友達。私とサンくんとの間柄あいだがらは、友達なのか。なんか違うと思った。でも、そう言った方が手っ取り早い。しかし、私と彼との関係は友達。やっぱり、違和感だ。それ以上の深い関係ではないのだろうか。いや、ただたんにそうなりたいという、願望がんぼうからなんだろうか。私と彼の関係は? 

「……二人が付き合い始めたのって、いつから?」

 私は、二人に助けを求めるように尋ねた。

「五月の初めの頃から」

「ど、どんなふうに?」

 あんまり根掘ねほ葉掘はほり聞かれると悪いかなと思うが、聞かずにはいられなかった。

「私から付き合ってって伝えたの。彼は、とても頼りになるし、気も合うし」

「俺も、彼女を信頼してたから、すぐにOKを出したよ」

 二人は、たまに目を合わせながら、息も合っていて、本当に仲がいいんだと思った。彼らなら永遠に繋がっていられると思う。二人が結んだ糸は、一生、ほどけることはないだろう。いいな。

「結婚する予定はあるの?」

 この私を客観的に見れば、とても嫌なやつだ。仲の良い二人を見て、恨み、根掘り葉掘り聞いて彼らの弱点を突く人。お節介せっかいな人。嫌がらせや悪口を言う人みたいな、周囲に嫌われている人のようだ。

 そんな嫌な女なのだ。私は。

「近いうちに結婚したいなと思ってて、遅くても八月中には結婚する予定です」

 え、近い。そんな近いうちに、お兄ちゃんは結婚するのだ。そして、お兄ちゃんが、彼女側の苗字になる。十路陽助となるのだ。そうなれば、お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんではなくなってしまう。てか、もともと、私のものではない。彼は、彼だ。だから、べつに大したことではないはず。大好きなお兄ちゃん。

「八海」

お兄ちゃんが、私の名を呼んだ。

「ん?」

「どうしたんだ?」

「いや、別に。なんでもないよ」

 お兄ちゃんは、私の心情を悟ったようだ。心配してくれるのはありがたいが、お兄ちゃんを困らすのはいやなので、誤魔化ごまかした。

 しかし、お兄ちゃんの察しは簡単には誤魔化すことはできなかった。

「もしかして、ヤキモチ焼いてる?」

もちなんて焼いてないけど」

「そういうことじゃない。嫉妬しっとしてるかっていう意味」

「別に、してないよ。お兄ちゃんにこんな可愛い彼女ができて、とっても嬉しいよ」

 私は立ち上がり、この部屋を後にする。

「じゃ、おやすみ」

 私は、自分の部屋に入った。

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