第23話 魔凶の日4

「おめえら、何してんだよ!」


 マックスを見つけた俺たちは、すぐにマックスの方へ向かった。

 どうやら歓迎はされていないようだ。

 マックスの傷ついている姿を見るからに、どうやら戦いはもう始まっているようだった。


「ちょ、下がれ!」

「っ――!」


 頭上から、正ハーリーアーサ―の数倍もの大きさの雲のような形をした化け物が降ってきた。


「こ、これが……ボス……」


 正ハーリーアーサ―一体と戦うのにも苦労する、そして腰が引けてしまうほど。

 これほど大きく、迫力のある生物と対面するのは初めてだ。

 それに対抗するように、マックスはハンマーを構える。


「【ロケットスタンプ】」


 ハンマーをボスに突き刺す。反動が少し離れている俺らにも伝わってくる。

 そんな攻撃を避けようともせずに真正面からボスは受ける。

 びくともしていない。


「【フラッシュアロー】!」


 すかさずピノは、マックスを援護する。


 しかし、二人の攻撃を受けてもまだ、傷一つ付いていないのが事実。


 俺は、戦場に来たものの、援護するすべがない。

 そりゃそうだ。

 こんな化け物相手に立ち向かう勇気なんて無いし、ランク9位であるマックスでさえも危ういなか、俺なんかが相手になるわけもない。


 後ろからピノの援護を受けているものの、対面で戦っているのはマックスのみだ。こんな化け物相手に人間がつるむわけがない。

 そう感じたが、流石子甕と言わんばかりに、マックスの耐久力に驚きを隠せない。


「くっ――」


 マックスが声を荒げる。

 耐久しているものの、マックスの攻撃は全く通っていない。



 最上級同士の戦い……。

 それは決して、目に見えない速さで攻防するわけでも、頭をフル回転させながら頭脳戦をするわけでもない。攻撃する。攻撃される。攻撃する。攻撃される。その繰り返し。

 まるでプロレス……。いや、ほぼ一方的にやられているだけだ。

 相手の攻撃が避けられないわけでは無いだろう。マックスの心の中にあるプライドのようなものが、マックスの行動を狭めているに違いない。


 最上級同士の戦いは、魅了されるものではない。

 何も学ぶものなんて、無い……。


「一旦引こう! このままだと倒れちゃうよ!」


 我慢していただろうピノが、ついにマックスへ声を掛けた。

 プライドによって戦いを行っているのであれば、そんなものでは揺らぐはずがない。そう思っていたのはピノも同じだろう。しかし、これ以上惨めで、傷つくマックスなんて見たくない。

 それゆえの行動。


「……」


 しかし、マックスはあっさりとハンマーを下に下ろし、全力で逃げ出した。

 その速さは俺の(正確に言うと俺のではないが)【ハイハイパー】と同等、いや、それ以上のスピードだった。もちろんスキルなんて使っていない。


 俺たちもマックスへ続き、この場から逃げ出す。


 案外ボスは俺たちを追いかけようとはしなかった。


 ボスと距離を取った俺たちは、木陰に身を寄せ少し休む時間を取った。


「何でああも簡単に?」

「……」


 ピノの問いかけに対してマックスは沈黙を続ける。

 その沈黙は、居心地がいいものとは思えなかった。


 この薄気味悪いマゼラ森林で、不気味な沈黙が流れた後、マックスはこう切り出した。


「俺はボスを倒せない……」


 マックスは下を向き、深刻そうに言った。


「……」


 ピノと俺は言葉に迷う。

 ここで大丈夫だとか、頑張れだとか声を掛けると、確実に俺たちはマックスにボスを倒せと押し付けているようになる。

 なにせ俺たちではあのボスは確実に倒せない。

 もはやあのボスを倒すのにはマックスが絶対条件と言っても過言ではない。


「何で……そう思うの?」


 ピノは恐る恐る口にした。


「俺には、双子の兄がいてな……それはもう頼れる兄で、俺なんかよりずっと強かったんだ。けど……三年前に、正ハーリーアーサ―にさらわれた」


 マックスは声のトーンを落とした。

 マックスの声は明らかに震えていた。


「三年前はまだ上位生だったんだよ。その時兄と二人で初めて正ハーリーアーサ―を退治しに行こうっていう話になって、一緒に倒しに行ったんだよ。正ハーリーアーサ―とは未知との領域で、正直怖かったけれど、近くにいた兄が大丈夫大丈夫と俺を励ましてくれたりして、何とか正ハーリーアーサ―と対面……」


 俺たち二人は静かに頷きながら話を聞く。


「ここで問題が起きたんだ。依頼では正ハーリーアーサーの討伐一体だけだった。けど、俺たちが対面した正ハーリーアーサ―の数は、10体以上いた……」


 正ハーリーアーサ―が10体……。

 考えたくもない。


「絶体絶命のピンチだってことは言うまでもなく、俺たち二人は感じ取った。逃げようにも囲まれて逃げれない。けど兄は、膝がガクガクな俺に対して兄は俺を守るように両手を広げて俺の前に立った。俺は兄に、何も声を掛けてやることもできずに……そうしたら、正ハーリーアーサ―俺たちに攻撃をするわけでは無く、兄を、兄だけを攫って遠くへ行ってしまった……」


 そう発した時には、マックスは涙を流していたのが分かった。


 俺たちは声を掛けることもできず、一斉に下を向いた。


「あの時俺が、もっと強ければ……俺が悪いんだ……」


 兄を攫った理由は全く分からないが、マックスの口ぶりからして事実なのは確かだ。


「それから俺は、ハーリーアーサ―を見ると……」


 つまりプライドではなく、トラウマだったようだ。

 それで本来の力が出せない……という感じか。


「兄は生きている絶対! だから、俺は倒さないといけないんだ」

「うん! 絶対生きてる!」


 継いでピノも発する。しかし生きている保証なんてどこにもいない。正直最悪な事態の可能性の方が高いだろう。


 けど、俺たちは信じる。そして、兄を救わなければいけない。








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