六人のお嬢様戦争をオレだけが攻略できる
築地 俊彦/ファミ通文庫
第一章 デート? 1
私立華凰学園には「六麗」がある。二年生の桐村雪人は六麗を名前しか知らなかった。少なくとも、ついこの間までは。
彼はイケメンかというとそうでもなく、長身かというとやっぱりそうでもない体格をしている。成績はそこそこ。とりあえず高校生として生きるに不足はないが、入るときにはそれなりに苦労した。
華凰学園は寄付金によって成り立っている学校であり、しかもその寄付を一部の生徒と保護者によってまかなっている。その生徒の中でも特に裕福なものをあつめ、生徒会という名のソサエティとしたのが六麗だった。
六麗は全員女子生徒だ。ようするに金持ちのお嬢様しか入れない特別な存在なのだ。人数は六人と決められており、彼女たちの機嫌を損ねれば学校どころか地域経済、いや日本経済にすら影響が出ると言われている。
とはいえ、雪人は自らの学園生活に六麗は関係ないと思っていた。彼は妹と二人暮らしだ。山師同然の父親が儲けた金のおかげで生活はそこそこ安定しているが、金持ちには程遠い。卒業まで六麗と話すらしないだろうと信じていた。
だが今。
六麗の一人が目の前にいる。
「茜さん」
雪人の呼びかけに、目の前の少女、茜このはがはっとして顔を上げた。
つややかなショートボブの一部を髪留めで留めており、はっきりした目鼻立ちだ。少女から女性への発展途上といった面持ちで、なんとも言えない可愛らしさとなっている。
「はい? なに……きゃあああっ」
返事をした拍子にコップに手をぶつけ、水がこぼれる。丸いテーブルに広がり、二人がかりで慌てて拭いた。
カフェの店員がやって来ると、手早くコップを片づけ、新しい水をコップに入れる。二人は愛想笑いをして礼を言った。
「ご、ごめんなさい……」
このはは小声で謝る。雪人は「いいよ」と言ってから。
「でさ、日曜になんの用?」
「あの……」
彼女は上目遣いで訊いた。
「これってデートだと思います?」
雪人は数回まばたきをする。
「……デート、かなあ」
雪人はなんとも曖昧な返事をした。
今日は日曜日。二人はオープンカフェの一番端の席に座っており、注文した飲み物が来るのを待っていた。天気はよく、陽差しが心地よい。どうかするとぼうっとしてしまいそうだ。
だが眼前の少女は、緊張しているのか肩に力が入っていた。
そわそわ落ち着かず、彼と目を合わさない。むしろ雪人の方がリラックスしていた。
金曜日、自分のスマートフォンにいきなりメッセージが入っていた。父親と華凰学園学園長の連名で、日曜にこのはと会うようにとの内容だった。
学園長は女性で、世界中を飛び回り山師まがいのことをしている父親のスポンサーである。父親の金蔓ということは雪人の生活にも影響があるわけで、断るわけにはいかない。「デートだぞ、デート」という余計な文言はなるべく気にしないようにしながら会うことにした。そして待ち合わせた後、すぐにこのカフェに移動して、こうして向かい合っている。
頼んだ飲み物が来た。雪人はジンジャーエール。このははコーヒーフロート。
二人同時に口をつける。雪人は再び質問した。
「茜さん、六麗の一人だよね」
「はい」
このはは可愛らしいタイプだが、お嬢様や浮き世離れしたオーラは感じない。どこにでもいる少女である。それでも六麗の一員なので、実家は裕福なのだろう。
そもそもこのはが隣のクラスの生徒だとは知っていたが、それ以上はなにも知らない。六麗の一員だというのも、なんとなく聞いていたくらいだ。
「六麗って、普通俺みたいな一般生徒と話しないんじゃないか?」
「そんなことないですけど、人によっては、そうかもしれないです」
「六麗って美人で頭のいい女の子ばかりだろ」
「綺麗な人は多いです」
「俺と話す理由なくない?」
このはは、ストローに口を付け、少しだけすする。
「実は……学園長に桐村さんのことを聞いたんです」
「学園長……あー」
かつてモデルをしていたとの噂もある女性の顔を思い浮かべる。なるほど、学園長から父親、そして自分に来たわけだ。
「どんなこと」
「六麗を立て直せるって」
「立て直す……ちょっと待った、六麗 I」
つい大声を出してしまう。店員に視線を向けられ、急いで声を小さくする。
「立て直しって、六麗が分裂とかしてんのか?」
このはは小刻みにうなずいた。
「はい、このままだとなくなってしまうかもしれません」
「え I」
また声を上げ、店員に睨まれる。このはは首をすくめた。
雪人も気づき、急いで伝票を手に取った。
「と、とりあえず、外に出よう」
二人のいるところはかなり大きな公園で、市民の憩いの場となっている。オープンカフェはその中の施設であった。
会計をすませてから、並んで歩き出す。休日で天気がいいため、それなりの人出があった。
同じ学校とはいえ、雪人にとってははじめて話す女子だ。そのため並んではいるが、微妙に距離が空いていた。
「六麗のことだけど」
すすっとこのはが間を詰める。
「……桐村さん、聞いたんですけど、ずっと海外にいたんですか?」
「俺? ずっとってわけじゃないけど」
彼は、いきなり話が飛んだことに戸惑いつつ答えた。
「父親が考古学者で、世界中を飛び回ってるんだ。だからついて行ってた」
「あ、なんかかっこいい」
「そうでもない。一か所に腰据えることがあんまないし、羽振り良いときもあったから、山師なんじゃないかって思う」
「お母さんは?」
「離婚した。俺と妹が親父に引き取られた」
このはは少し驚いたが、やがて言った。
「そうなんですか……実はうちも離婚してるんです。私もお父さんに引き取られました」
彼女の母親は結婚前の皆島という姓に戻り、実業家として頑張っているらしい。ただこのはは詳しいことを知らない。
「俺もだよ。母親がなにやってるか全然知らない」
「なんだか似てますね」
彼女は自分で言いながら照れ笑いをしていた。
大きく湾曲している道を歩く。両脇に花壇があり、季節ごとに様々な花が咲くようになっていた。
「それで茜さん、六麗の話だけど」
「あっ、あそこ」
このはが道の先を指さす。
「あのアイスクリーム屋さん、名物らしいんです。行きましょう」
彼女は雪人の腕を取ると、引っ張るようにして向かった。
そこの屋台はソフトクリームの専門店で、多種多様な味をクリームのフレーバーにしていることで有名だった。二人はしばらく並んだ後、メロン味とブルーベリー味を買う。
「写真撮りましょう」
花壇まで戻り、咲き誇っている花をバックに、ソフトクリームを構え、スマートフォンの画面に収まりシャッターを押す。このはは数枚撮ってから、満足したように笑う。
「桐村さんにも送りますね」
彼がなにか言う前に、このはは別方向をさす。
「あそこの水族館も有名なんです。行ってみませんか」
「ねえ、茜さん」
「それともごはんにしましょうか。でもソフトクリームありますから、食べた後で……」
「茜さん?」
ようやく雪人が訊ねていることに気づいたか、このはの動きが止まる。
見る見るうちに、顔が絶望の色に満たされた。
「す……すみません……私といるとつまらないですか……?」
「いや……」
「ごめんなさいごめんなさい。私、人見知りで、男の子とこんなに話したことなかったんです。昨日からどうしようかずっと考えていて、桐村さんが退屈したらやだなって一方的に……本当にごめんなさい!」
頭を何度も下げていた。
いきなり謝りはじめたので、雪人は泡を食った。周囲を歩いているカップルたちはちらちらと、あるいはあからさまに見ており、「痴話喧嘩?」「男が悪いな」などと噂している。
雪人は彼女を引っ張り、あまり人がいないところに場所を移した。
「落ち着いて落ち着いて、茜さんはなにも悪くないから」
「そうですか……?」
上目遣いで見つめてくる。雪人は安心させようと何度もうなずいた。
「本当だって。俺だって女の子と二人きりなんてそんなにないから、緊張してるよ」
「良かった……。あ、いえ、緊張させちゃったらごめんなさいなんですけど、ちょっと安心しました」
二人は顔を見合わせてほっとし、溶けかかったソフトクリームをなめた。
「実はですね、学園長からメールをもらったんです」
このははメロン味のクリームを舌で味わいながら言う。
「桐村さんはデートだと思っているから、がっかりさせないようにって書いてあったんです。だから私、この公園にしたんです」
このはは照れ笑いをしていた。
「ちょっと思い込みすぎたみたいです」
「親父の入れ知恵だな……別にデートなんて思ってなかったけど」
「それは、思ってくれても良かったんですけど……」
雪人はソフトクリームを食べ終えた。
「それで六麗なんだけど、分裂してるんだろ」
彼女はようやく答えてくれた。
「はい。私が六麗に入ったときから仲が悪いんです」
「少しくらいならありがちだろう」
「お互い顔を合わせようとしないんです。六麗の実家ってみんな大企業で、学校が依存してます。私たちが仲違いすると困るんです。このままだとみんな転校するかもしれません。そうすると寄付金の額が減って、学校がなくなっちゃうかもって」
六麗は大正時代あたりに作られた制度である。選ばれた六人の少女が手本となり、全校生徒を導いていく。男子ではないのは、当時女学校だった名残である。
少子化時代の昨今、華凰学園はこれを大々的に宣伝し、名門にふさわしい制度だと喧伝した。六人の少女たちが「六麗の間」に集っている姿は、神秘性も加わって受験者数アップに大きく貢献した。それが崩れるとなったら、確かに大変なことであった。
雪人は足元に目をやる。平たい石を並べた小道がずっと延びていた。
「でもこういうのは、それこそ学校の先輩とか生徒会長なんかに頼めば……ああ、その生徒会も六麗なのか」
彼は自分で自分に答えを出す。このははうなずいた。
「だから、桐村さんに立て直しを頼みたいんです」
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