用水路の君と(前編)
子供の頃は、とても危険なことをそうとは気づかず平然とやってしまっていたりするものだ。
僕にもそんな思い出がある。
あの頃の僕は生き物が大好きで、毎日のようにバッタやセミを捕まえては、母に見せようとそれらを手掴みして持って帰っていた。これだって、虫嫌いの今ではとても考えられないことだ。
田舎で育ったから家の周りには公園、神社、田んぼなど、生き物を捕まえられる場所が沢山あった。
公園へ行けばたいてい近所の友達が来ていて、一緒に虫捕りをすることもあれば、それがいつの間にか鬼ごっこになっていることもあった。公園での遊びが飽きると、そのまま行ったことのない場所を開拓しようとみんなで町中を探検していたものだ。
誰かの家の裏や狭い用水路の淵などを、小さい体を活かして入り込み、どこでも遊び場にしていた。そうしているうちにはじめて入ったルートが意外な場所に繋がっていたりするのを発見し、近道をみつけたとはしゃいでいたのだ。
大体は見知った仲の間柄だったが、たまに友達の友達や、最近公園に来るようになった年下の子など、会ったことのない顔も混じっていることがある。
僕はあの頃、自分が人見知りするタイプではないと信じていたため、気軽に話しかけているうちに気がつけば誰とでもすぐに打ち解けていた。
その日は、お気に入りのアミを持って遊びに出かけた。なんてことのないクタクタのアミだが、これがあればフワフワと上下するチョウもとれるし、手の届かない高い所の虫だって捕まえられるのだ。
今日はどんな生き物に会えるだろうかとワクワクしながら公園へ向かったが、予想に反してそこはしんと静まり返っていた。
あれ、と思って町をうろついてみたが、神社にも昨日見つけた近道にも友人たちの姿は見られなかった。
タイミングが悪ければ、こういう日もある。そう思って僕は少しつまらないながらも公園へ戻り、一人で生き物を探していた。
そうしてしばらく遊んでいたが、やはり誰も来なかったし、園内もとっくに探索し尽くしてしまった。さらに、もともといつもより遅い時間に家を出たためか、太陽の色が朱くなり始めていた。
そろそろ家へ帰ろうかな。そう思って公園を出たが、どうもすっきりとしない。この頃僕はセミにもバッタにも、チョウにもトンボにすらも飽きてしまっていたのだ。
家が見えてきた時に急に思いついた。そうだ、川へ行ってみよう。もしかしたら何か面白いものが居るかもしれない。
僕は家の前を通り過ぎ、すぐに左に曲がった。このまま少し行ったところに用水路があるのだ。
用水路にはすぐにたどり着いた。ここならば家はすぐそこだった。まだもう少し遊んでいても大丈夫だろう。
用水路は狭い車道を横断するように通っていて、二種類の蓋がしてあった。ブロックでできたものと、金属でできた格子状のものだ。
蓋は道路の右端から始まっていて、そこからずっと奥まで続いている。僕は蓋がしていない道路の右端の方へ向かった。
用水路は家と家の間から流れてきていた。狭い川の淵には雑草がぼうぼうに生い茂っている。カーブしていて先が見えないが、水はその奥から流れてきて、蓋のある中へと吸い込まれていっている。
僕は川をのぞき込んだ。夕陽に当たってキラキラと輝やく水が、なんとも冷たそうだ。川幅も深さもそんなに広くはない。水かさも、僕のくるぶしくらいまでだろうか。
川の底は少し藻が生えているようで、深い緑色が所々でゆらゆらと揺れていた。タニシぐらいならいるんじゃないか。そう思って僕は少しずつ川の上流の方へと目をやった。
僕は驚いて目を大きくした。なんとそこにはタニシどころか、綺麗な金魚が泳いでいたのだ。
真っ赤な金魚が一匹、流れに逆らうように泳いでいる。僕はなんとしてもアレを捕まえたいと思った。幸い、今日はお誂え向きなアイテムを持ってきている。バケツはないが、走って家へ戻れば多分間に合うだろう。
僕は靴を脱ぎ、その中に靴下を丸めて突っ込んだ。それを道の端に置いて、ゆっくりと用水路へ降り立った。
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