第99話 卵はいくつあってもいい
私の名前は野口夏子。普通の女子高生だ。特に変わった特徴はない。そんな私のクラスでは現在文化祭の出し物を何にするか決めている最中だ。文化祭ではクラス事にお店を一つ出店させるなど出し物を一つ決めないといけないらしい。
前には一人の男子生徒と女子生徒が挙手性でまずはやりたい出店や劇のアイデアを出した後に全員に多数決を取って文化祭の内容を決めると言う方針らしい。
「メイド喫茶だろう!」
「金親君とマグロ君限定の執事喫茶!!」
「漫画でよくあるロミジュいくか?」
男子と女子がそれぞれ意見を出し合い、多数決になって行くのだが、結局アイデアの中間をとって、メイド喫茶+執事喫茶と言う事になった。私としては少し恥ずかしい……から遠慮したかったんだけど……
「ねぇ、銀堂さん。メイド喫茶どう思う?」
「少し恥ずかしいですが文化祭ですし、頑張ります」
「文化祭……だから頑張るか……私も想い出にするために頑張ろ」
「是非メイド服姿で一緒に写真撮りましょう」
「そうだね。その後に肌が白くなる加工もしようね」
「夏子さんは必要ないと思いますが……」
「一応、だよ」
その後は店の内装や出費の話などが議題に上がり、それぞれ話し合いながらスムーズな流れで会議は終了。先生が教室から出て行き、私は携帯をいじる。
「夏子さん何を見ているんですか?」
「ん? 魔装少女の記事」
「あっ、そそそそそそ、そうですか!?」
「急にどうしたの?」
「い、いえ、別に……えっと、夏子さん的には誰が良いと思います? 魔装少女の中で」
「うーん、この黒い子なんていいんじゃないかな? 一人だけ男だけど……こう、一生懸命って感じが」
「同感です! いいですよね。この人!」
慌てたり、喜んだり忙しい。どうしたんだろうか……あ、そうだ。彼女に渡したいものがあったんだ。
「そう言えば、銀堂さんにこれあげる」
私な彼女に5枚のとあるケーキ屋さんのケーキ無料券を渡す。ここのケーキ屋さんは最近女子高生で人気でSNSで写真拡散。今一番注目されているケーキ屋さんである。彼女は知っていたようで目を丸くした
「いいんですか!?」
「うん、懸賞で当てたんだけど。最近私はダイエット中だし。上手く使って」
「じゅるり……い、いただきます!」
美味しそうにゴクリとしている彼女。あ、そう言えば彼女は体重気にしてたんだっけ……まぁ、いいや。
喜びでぽわぽわしている彼女を見ながら私は不覚は考えないようした。
◆◆
私達のクラスでは現在、文化祭の出し物を決めている。何か、いつもよりスムーズに物事が進む気がする。二年Aクラスでは一部の男子がふざけたりするんだけど。それに後ろの席の萌黄が……
「……ぽけぇー」
ずっと、心ここにあらずなんだけど……どうしたのよ……会議は淡々と続いて行き、私達のクラスでは演劇のシンデレラにするらしい。
「ちょいー、萌黄どったの?」
萌黄の後ろの席の冬美が話しかける。彼女も萌黄も変化に気づいてようだ。
「あ、え?」
「ずっと、ぼけっとしてるから気になったんだけど」
「ご、ごめん」
「別に謝らなくてもいいけどさ。演劇の配役どうするの?」
シンデレラの配役はメイドとか一般兵、悪役令嬢、王子、etc。様々あるが基本的にやりたい役に挙手被ったらじゃんけんである。
前の委員長がクラスに意見を取る。
「それじゃあ、シンデレラ役、やりたい人ー」
うーん。特にやりたい役は無いけど……シンデレラは主役だし、大変そうだからなぁ。私はパスかなと思っていると後ろから勢いよく手が上がる。
「……」
アオイが手をビシッと挙げた。……彼女は転校生なので端っこの一番後ろ。私の席とは対極である。しかし、ここまで空を切る音が聞こえるなんて。
彼女が手を挙げた事で周りは驚いた。アオイは大人しいイメージが定着していたのでまさか主役をしたいとは誰も思わなかったのだろう。私はそこまで驚くことは無かった。彼女はシンデレラが好きと言っていたので配役として所望すると思っていたからだ。
「ええっと、じゃあ、アオイさんで……それじゃあ、今度は王子役を……」
アオイは私と萌黄、冬美くらいしか話す人がまだいない。だからこそ、王子役は中々ためらわれるのだろう。アオイが心細い感じにならない様に私が立候補しようかな……手を上げる寸前で……今度は後ろから手が上がった。
「えっと、僕がやるよ」
先ほどまで魂が何処かにいっていた萌黄が手を挙げていた。萌黄も私と同じ気持ちだったのだろう。相変わらずの優しさである。
その後、私の配役も決まり、私は王子のメイド役になった。
◆◆
僕達はは帰りにコハクちゃんに呼ばれて集められた。内容は皆でケーキを食べに行こうと言うものだった。五人でその店に向かうと……今、流行りで更に言うならとんでもないイケてる女子の雰囲気が漂っている。店に入ると周りからの視線が凄い……コハクちゃんと火蓮ちゃんとアオイちゃんが可愛いからだろうか? いや、普通に彼一人だけ男だからこの組み合わせは珍しいのかもしれない。
店内に入って席に着く……僕は彼の斜め前に座る。周りには・リア充・陽キャ・スクールカーストスーパークラス。携帯で写真を撮ってる女子高生も多い。
五人で座ったのだが……彼とアオイちゃんと火蓮ちゃんが……緊張しているの顔が硬い。一方、コハクちゃんはワクワク顔である。
「皆さん、どうしたんですか? 顔が硬いように見えるのですが……」
彼女も三人の表情が硬い事に気づいたようだ。
「此処の奴らと目合わせらんない……スクールカースト、リア充、陽キャ。うぅ、頭が……あーしと全然違う……」
「だ、大丈夫ですか?」
アオイちゃんは俯き手で顔を隠す。
「何か……ムズムズすんのよ。私は基本的にインドア派だから……家でパソコンとかと向き合ってアニメ見て、外に出る時なんて漫画とかラノベ買いに行くときだけだから……」
「ムズムズですか?」
「そうよ。例えるなら漫画とかラノベを大人買いした時に間違って同じ巻を二つ買っちゃた時くらいムズムズして、こう、その……落ち着かない」
火蓮ちゃんもこういった場所には慣れていないらしい。
「俺は普通に場違い感が凄いですね……ただ、それだけです」
「十六夜君……皆さん、申し訳ありません……私が我儘と言ってしまったばかりに……」
彼女の言葉に三人ともハッとする。特に彼は彼女の悲しげな声を聴くと決意の表情に変わり彼はそのまま彼女と顔を合わせた。
「こちらこそ気を遣わせてしまってすいません。皆で美味しいケーキを食べたいと言うコハクさんの気持ちは凄く嬉しかったです! 場違い感なんて多少の勘違いでした!! 火蓮先輩もムズムズしてるだけで嫌がってるわけじゃないですし、アオイ先輩もちょっと緊張してるだけで本当は皆でここに来れるのもワクワクしてるはずです!! 萌黄先輩も楽しくてたまらないはずです!! ね!? そうですよね!? だから、皆でありがとうって言いましょう!! 誘ってくれてありがとうって!!」
彼は彼女の為なら自分の気持ちを強引に変えられる。勿論、嘘は言っていないが途端に自分の利己的感情を排除して、相手のことを自分事のように考えて喜ぶことができる。強い。真の意味で、彼は強い。そして、簡単に分かる。そこに愛があると。何者にも負けない尊くて輝かしくて暖かな愛が。
それが彼女にとって希望。絶対的な光。
「そうね……ムズムズするだけだから全然平気よ。そもそも、間違って同じ巻を二つ買っても保存用にするって手もあるしね」
「あーしも実を言うと楽しい。けど……リア充が周りにいるとつい……でもあーし、ワクワクすっから問題ない」
「僕も楽しいから。ノープロブレム」
彼が起こした風で一気に流れが変わった。彼女も愛を感じ取って微笑みを抑えられずに笑う。
「そうですか? えへへ、それならよかったです。ありがとうございます」
と若干な感動的な展開になっていると、ケーキが到着する。コハクちゃんはモンブラン、火蓮ちゃんがショートケーキ、アオイちゃんが抹茶ロールケーキ、僕はチーズケーキ、彼はチョコレートケーキ。
ここちよい雰囲気のまま、皆がケーキを食べ始める。
「美味しいですね!」
「確かに、美味いわね」
「美味……」
「チーズケーキのコクが凄いね」
それぞれ食べ進めていく。まさに至福の時。特にコハクちゃんの表情が一番、幸せそうに見えた。
ほんのわずかに食べた後に彼女はちょっとあざとくなり、彼と目を合わせた。
「十六夜君のチョコケーキ美味しそうだなぁ……」
「食べますか?」
「え? いいんですか?」
「いいですよ」
「では、あーん」
彼女は口を開いた。あざとい……そして可愛い。私達だけでなく、周りのお客さんたちも可愛い、可愛いと口をそろえている。
「ど、どうぞ」
「あーん♪ ふふ、甘くて美味しいです。では、私もあーん」
「あ、ありがとうございます」
甘い。互いにあーんだと……
「すいません。ブラックコーヒー四つ」
「こっちは八つ」
「こっちは十六頂戴」
どんどん倍になって行く、ブラックコーヒーの注文。しかし、ここで怒りに目覚めた火蓮ちゃん。凛とした強い眼差しを恥ずかしがりながらも彼に向ける。
「なぁ!? わ、私もショートケーキのイチゴあげるわよ!!」
「そんな!? メインの上に乗っているイチゴを!!??」
「いいわよ! ほら、あーん!!」
「ありがとうございます。あーん。じゃあ、俺はチョコレートケーキの上に乗っている、この訳分からないけどオシャレな音符みたいなチョコを!」
「ぎ、ギブアンドテイクなんだから、と、当然よね! あ、あーん。ん、あ、甘いわね」
強い言葉で喜びを素直に表さない彼女だが口元が不安定。表情筋を彼女自身を律しようとするがぴくぴくと喜びのあまり吊り上がってしまう。
「ブラックコーヒー豆単体で注文いいですか?」
「ブラックコーヒー水とかミルクで割らずに、貰えます?」
「ブラックコーヒー豆をストレートで」
周りは苦みを求めたくて仕方ないようだ。そして、火蓮ちゃんが自身のケーキのメインであるイチゴを上げた事でコハクちゃんも闘争心に火が付く。コハクちゃんはモンブランの栗の部分を上げていないからだ。
「十六夜君。私のクリを食べてください!」
何か卑猥……いや、そう感じてしまう僕が変態なだけだ。
「さぁ、どうぞ私のクリを味わってください!」
「しかし、俺にはもう対価が……」
「いいんです! どうぞ!」
「わ、私の方のクリームたっぷりな所も上げるわよ!」
「……」
バチバチと二人のしのぎを削るあーん合戦。二人は今現在、彼とライバルしか見えていない。仲が悪そうにも見えるがそうでないことは分かっている。そんな二人をアオイちゃんは羨ましそうに見ていた。彼女は一口分、フォークに乗せて……一呼吸おいて、自分で食べた。
そのまま、皆で楽しみながら食べた。この時、僕とアオイちゃんがギリギリまでケーキを一口分残しながら食べていた。だけど、それ以上は何もしなかった。
…………何かしたかったな。と僅かに後悔が生まれた。彼と顔と真っすぐ顔を合わせられる気がしない。ケーキ食べてる時も目を絶対に合わせないようしてた。あってもさり気なく逸らしたり、そうじゃないと温度が急上昇するから。
そこまで考えて、自分らしくもない、思考を取っ払った。
◆◆
ケーキを食べ終えた後、あーし達は帰る。しかし、今日はあーしは買い物係なのでこの後、スーパーに行かないといけない。
「え? アオイちゃん一人で良いの?」
「うん。買い物くらい一人で行ける」
「私ついて行くわよ? 荷物一人じゃ大変でしょ?」
「大丈夫」
「私がついて行きましょうか?」
「うんうん。ダイジョブ。三人は家事があるでしょ?」
三人が親切にしてくれるが今日はあーしが食事当番であり、さらに一人で行けるので問題は無い。それに皆もそれぞれのするべき家事がある。
「あ、でもそう言えば今日は卵がお買い得だった……一パック九十八円、おひとり様二パックまで。ごめん、やっぱり誰か来て欲しい」
「俺、今日何もすることが無いので荷物持ち行きます!」
「……いいの?」
「勿論です」
「じゃあ、お願いしようかな……」
「はい!」
というわけで三人は先に帰り、あーしは彼とスーパーに向かった。彼がカートを押し、あーしがその横を歩きながら野菜を最初は選ぶ。野菜のヘタとか色とかしっかりと見て選んでいく。
「好きな野菜ってある?」
「そうですね…‥基本的に好きです」
「そう……」
その後は、お肉コーナー。特に意味はないがもも肉を多めに買って、ひき肉も買う。
「から揚げ……今度作ろっか……?」
「是非、お願いします」
「うん……」
カート内のカゴに卵を入れて特に面白い事も言えずに、スラスラと買い物が進んでいく。劇的な何かも起こらず、ただ買い物が進む。それだけで不思議と気分が良い。だけど、物足りない。
――二人みたいな、何かが欲しい
買い物が終わって、店内を出る。掴みとれなかった何かを掴みとりたくてあーしは思わず口に出した。
「ねぇ、バッティングセンター行こ。体動かしたいから」
「え、でも……」
「大丈夫、まだ明るい。でも、嫌なら……無理しなくても……」
「い、行きましょう!!」
「うん……」
家に帰らないといけない。だけど、少し、悪いことをしたくなった。バッティングセンターにつくとあーしが早速コインを入れてボールを打つ。
「頑張ってください」
「うん」
120キロをしっかりとミーティングしてセンター前ヒット位のライナー性の打球を放つ。
「す、すげぇ」
「これくらいまだ軽い……」
最高で140打った事があるら少し物足りない。最初は肩慣らしだ。と思うが、褒められるとぽわぽわする。
フルスイングで金属音がセンター内に響く。何かを掴みたくてここにいるが、あーしがボールと打つことでそれが手に入るのか疑問。そもそも、欲しいものが分からない。
「そう言えば、シンデレラ役になったんですよね?」
「そう、んっ」
ボールを打ちながら会話を続ける。カキーンと球が飛んでいく。
「じゃあ……滅茶苦茶練習しましょうね!! 俺も手伝います! 絶対に、大成功にしましょう!!」
「うん……」
あーしより気合が入っているような気がする。勿論、あーしも気合が入っている。皆あーしがシンデレラ役をやろうなんて思わなかっただろう。だけど、あーしはやりたかった。やりたい理由はたった一つだけ。
お姫様になってみたかったと言う理由。本当の王子様なんていないと思うけど、本当のお姫様二なんて慣れない事も分かっているけど。それでもなってみたかった。役という肩書でも、言い方が悪いかもしれないけど偽物でも。
今、考える事じゃなかった。まぁ、今何を考えればいいのか自身でも良く分かっていないけど……
「きゃー、全然打てない」
「しゃあないな、俺が教えてやるよ」
隣からの男女の声の方向に僅かに目を向ける。男の人が女の人が一緒にバットを持ち、ボールを打ってイチャイチャしている。二人して同じバッターボックスに入るのは危ないと思うけど……
「きゃー当たった!」
「だろ?」
…………
――あーしのバットが初めて空を切った。
「あ……」
無意識である。多分だけど、次のボールもカラぶってしまう。更に言うならその後も、その後もからぶってしまうかもしれない。しかし、そこで一回分の全球が終了した。
メットを外して外に出る。
「滅茶苦茶凄いですね!」
「……まぁ、普通。アンタもやったら?」
「そうですね」
かなり、消化不良だが一旦置いておこう。彼に付き合って貰っているから、あーしだけ楽しむのはダメだ。彼はあーしが120を選んだからか、140を選んだ。
「ふふ、これくらい魔力を遣わずとも打ってやるさ」
メットを被りバットを掲げ謎の自信からホームラン予告。しかし……バットが空を切る
「まさか……バットに穴が……」
「開いてない」
その後、一球もバットに当てることが出来ずに戻ってくる。
「難しいですね」
「何か、アンタはフォームが悪い」
「そうですか?」
「もっと、こう、脇を閉めて、あと、いちいち足を大きくあげすぎ、タイミングが全然あってない。寧ろ、上げないくらいでも良い。バット後ろに引き過ぎ、取りあえず素直にコンパクトに当てる感じにした方が当たる」
「あ、ちょっと待ってください。スマホのメモ機能に書きますから」
彼はスマホを出そうとするがこういうのは……体で覚えた方が良い。多分、絶対。あーしは彼の後ろに回って彼の手を掴みコンパクトのスイングを直接教えることにした。
「え、あえええ!?」
「体で覚えさせる」
「卑猥!?」
「何が?」
「あ、いや、なんでもないです」
「もっと、リラックスして、カチカチになっている」
「いえ、その、当たってるからその……リラックスはできません」
「何が?」
「……胸が……」
「どうでもいい」
「いや、よくないですよ!」
「今は体で覚える方が大事」
「明らかに、貴方の体の方が大事ですよ!」
彼が色々言うので結局口頭の指示にした。そう言えば母さんが女性の肌をむやみに見せたり、堪能させたりしちゃいけないって言ってた……。前者は分かるが後者の堪能って何だろうって思ってたけど……こういうこと? 良く分かんない。
その後は彼のフォーム改善で暗くなって来たので家に帰ることにした。帰りの帰路の中であーしは今日謝罪をする。
「その、ごめん……熱くなり過ぎた。あーしが無理言ったのに結局、偉そうなこと言っちゃった……」
「いえ、楽しかったですし、全然偉そうな感じなんてなかったですよ。大丈夫です」
「そう、ありがと……また、その、一緒にどう?」
「そうですね。行きましょう!」
「うん……」
何もつかめなかった。けど、小さなその何かの欠片は掴めた気がした。
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