ダブルヒロイン編
第84話 紅蓮と銀
人を好きになると言うのは尊い事だ。その人を考えると心が躍ってドキドキして甘酸っぱくて、でも時折寂しくて、そんな感情が溢れる。
私は同じクラスの黒田十六夜という男子生徒が好きである。最初は何だこいつと言う印象しかなかった。正直、顔も普通、失礼極まりないがそこら辺の雑草にいるような人だなぁと思っていた……痴漢もするし、直ぐに私の口に如何わしい物を出す。最低とも思った。ストーカー、痴漢、クズの中のクズ。
でも、違ったんだ。彼はそう言った視線を向けないし、いくら酷い事を言われても私を守ってくれた。その姿に理想を見た。辛い日々を想起して時折折れそうになる私に彼の言葉はどうしようもなく響く。
好き。好き。大好き。
でも、彼は火蓮先輩と良い感じになってしまった。その事実が辛い。私を見て欲しい。もっと愛してほしい。
彼女にしてほしい。
そして、全部したい。料理だって、デートだって、なんだってしたい。大人の階段を登るような事でもする。彼がどんな性癖でも受け入れる。周りからアジフライとか言われても、釣り合わないとか思われても私は彼を支えたい。イチャイチャとかしたい。好きを言い合って照れた方が負けとかいうゲームもしたい。
でも、私にはその資格はあるのだろうか。彼が好きな火蓮先輩との仲を邪魔するのはしていい事なんだろうか。もう、諦めた方がいいのではないだろうか。次から次へとさまざな考えが頭の中をよぎる。勿論、諦めたくなんて無い。将来、彼と火蓮先輩が結婚式なんかするところにお呼ばれなんてされたくない。私がウエディングドレスを着たい。誓いの言葉も言いあいたい。プロポーズだってされたい。
でも……
一人、寝室で体育座りで悩む。答えなんて出るわけない。何が正解なんて分かるわけがない。
不意に寝室の襖が開いた。そこに居たのは……
「入るわよ」
「何の、ようですか……」
「なにって決まってるじゃない。コハクのお悩み相談よ。先輩だしね」
「……貴方に相談することは何もありません」
正直、この人は嫌いじゃないけど、今は一番合いたくない人だった。恐らく、彼女から何を言われても上から目線の同情と思えてしまうから。そうとしか感じないから。
「ふーん。まぁ、何に悩んでるかくらいわかるけどね。私に十六夜取られて悔しいんでしょう?」
「っ!!!」
挑発するような物言い。視線が鋭くなるのを感じる。こんな怒りの表情を私はしたことはないだろう。
「それで? どうするの? 諦めるの?」
「……」
「前にお風呂で負けないって言ったのは何だったのかしら?」
「……だって…………もう、どうしようもないじゃないですか……」
彼女の挑発的な物言いに私は何も言えない。だって、負け戦のような物だから。
「貴方が選ばれたんだから……諦めたくなくても諦めるしかないじゃないですか」
「……言いたくないけど十六夜はコハクの事も好きよ。きっと」
「上から目線の同情ですね」
「そう聞こえるかもね。でも、私はそう思ったの。私と貴方の違いは想いを伝えあったかどうか。それだけ」
「……」
「あの日、伝えあった時。胸の高鳴りは尋常じゃなかった。あり得ない位嬉しくて、あり得ない位、尊かった。通じ合うってそれだけ大きな事なのよ……」
なぜ、そんなことを言う? 上から目線の同情? そうかもしれない。そうじゃないなら何故?
「今、何でそんなこと言うんだって思ったでしょ?」
「……」
私は何も言わない。でも彼女は全てを察したような表情で続けた。
「私はコハクが嫌いだけど、辛気臭くてウジウジしてるコハクがもっと嫌いだから。そんなのみっともなくて見てられない」
「っ……」
「胸が大きくて、顔も可愛いくて、色気もあって正直ムカつく。押せ押せヒロインのくせにいもってる、コハクがムカつく」
彼女の一切の反論の許さない位の強さ。この人は……強い……。いつもおちゃらけてるかんじもしてたけど……強い人なんだ。
「あとコハクのアタックが変な感じだと、私もできないの」
「それが本音ですね……」
「そうよ、これが一番の本音。私は自分主義だから。だから、いつもみたいにアタックしなさいよ。ライバルのコハクに正々堂々と勝って、エピローグを迎える。これが私の結末なの。それが私のメインヒロイン道なのよ」
くわっと目を開き。彼女は私に指を差す。でも、その手が少し震えていた。
そうか……この人は自信に溢れてるように見えてるけど……そうじゃないんだ。この励ましで自分が不利になるかもしれない。もしかしたら選ばれなくなるかもしれない。でも、そんな怖い未来があり得てしまうかもしれないけど私の為に?
正々堂々……
「意外と先輩みたいなこと言うんですね……」
「いや、先輩だから!」
「あまり、そのような認識はしてなかったのですが……今日初めて頼りがいのある人だと認識しました」
「はぁ!? 折角慰めてあげてるのに!? 何その言い草!?」
負けたくない。この人に。
「きっと、後悔しますよ……私を慰めた事」
「あり得ないわよ。だって私がメインヒロインだから。勝つのは私」
「直ぐに追い抜きますから、鼻をかむ塵紙と涙をふくハンカチを用意することをお勧めします」
「クッソ生意気な後輩ね」
私は立ちあがり寝室を出る。もう、迷わない。
「先輩、ありがとうございます」
「か、勘違いしないで! こ、コハクの為じゃない。私の為よ!」
「なに、照れてるんですか」
「照れてない!!」
顔を真っ赤にしてるから直ぐに嘘だと私は分かる。この人と友達に……いや、無理だ。だって、ライバルだもん。
大分差がついてしまった。取り返さないと。だから
――告白しよう
◆◆
俺は直ぐに異世界から帰還した。中間パワーアップアイテムは一旦メルに預けておいた。メルからはお前ナニモンだよ、という視線を向けられ続けたが適当に流しておいた。
「十六夜君! ちょっとお時間ください!」
帰還するとすぐにコハクが俺の手を取って二階の自室に上がって行く。
「部屋借りて良いですか?」
「ど、どうぞ」
彼女は最近少し元気が無かった感じがしていたのだが……やっぱり気のせいだったのか? というか自室で二人きりとは……
「一緒にベットに座りましょう」
「は、はい」
俺がいつも使っているベッドに二人で座る。彼女は俺の隣に座るが殆ど距離はない。
「単刀直入に言います。私、銀堂コハクは黒田十六夜の事が……す、すすすすす、す好きです!!」
いきなり過ぎないか……彼女が瞳を俺に向けて一切の揺らぎなくそう答える。彼女かの告白を聞くと顔が熱い。動機が……
「デートもしたい、イチャイチャもしたい、結婚したいです!! だから、私と付き合ってください!!!!!!!」
震えるほどの意思の強さ。稲妻に打たれたような衝撃が俺を襲う。彼女の顔が近い、綺麗な肌が赤く染まり、俺も熱くなる。好きだよ。俺だって。ここで言う事は出来る。
でも、この間、火蓮に……
「火蓮先輩のことは今考えないでください!! 貴方の目の前にいるのは銀堂コハクです!!!!!!」
彼女は俺の顔を掴んで一切よそ見ができないようにする。自身の眼と彼女の眼があう。
「どうなんですか!? 好きなんですか!? 付き合ってくれるんですか!? はっきりしてください!! ここまで言わせて逃げるなんて許しません!!」
彼女しか見えない。こんなに強引な彼女は初めて見た……でも、凄い魅力的だ……
「好き、です……」
「……!」
「コハクが俺は好きです! 俺だってイチャイチャとかしたい!」
「――んっ」
唐突に彼女の手で唇が吸い寄せられて……
かなり、柔らかかった。そのまま彼女に押し倒された……彼女が俺に馬乗りになって見下ろされる。
「好き。貴方が好き。もっとしたい……もっと、もっと……」
「ええ!? ちょ、ちょっとダメですよ。ここ俺の家で皆住んでるし……」
「音を立てないですれば問題はありません……私も手で口を抑えます……」
この先に何があるか。俺は分かってしまった。彼女の瞳は優しくもあり、吸い寄せられるほどの魅力があった。
というか手で口を抑えながらここでするって
『んっ、んつ、ンんん』
乱れた彼女と俺が。そして彼女はあられもない姿で口を必死に抑えて……想像しただけでヤバい……
「……十六夜君はしたくないんですか?」
「したいかしたく無いかで言えば……したいかもしれません」
「じゃあ、しましょ……ちょっと、恥ずかしいですけど……準備は出来てます……」
「しません!」
彼女の全てが愛おしくてたまらない。でも、これは流石に……ああ、顔可愛い。胸も大きい、前よりでかくね?
「と、とりあえずお茶飲みましょう。落ち着く場を設けましょう!」
「むぅ、階段上ってもいいのに……」
こんな感じで馬乗りでグイグイ来られたら堕ちる。変な意味で……そこにバンっと扉が開く。
「なにしとるんじゃ!!!!!!!!」
か、火蓮……
「やり過ぎ!! どんだけ、段階すっ飛ばそうとしてんの!!!」
「いいじゃないですか。好き同士なんですし。十六夜君、私の事好きみたいですし。貴方も背中を押したわけじゃないですか」
「いい訳ないでしょう! 馬鹿か! 私は背中を押したつもりだけど蹴っ飛ばしてないわ!!」
火蓮がどすどすと近寄ると馬乗りのコハクを引っぺがそうとする。しかし、暴れ馬のように抵抗する。
「離れなさい!」
「嫌です!」
「さっきのお礼をしなさい!」
「嫌です!」
俺の上で暴れらると色々不味いんだが……賢者になれ! 俺。
そして、火蓮がコハクを引っぺがした後、再び三人で向かい合う。
「えっと、」
「十六夜君、私を選んでください。後悔はさせません」
「どうするかは十六夜の勝手だから……好きにすれば」
両方に告白してしまった。でも、どちらを選ぶかは決めていないと言う最悪な状態。一体どうすればいいんだろうか?
「考える時間をください……」
◆◆
私はきっとどんな結末になっても後悔はしないだろう……いや、後悔はするわね。選ばれなかったら変な意地を張って最高の後輩の背中を押してしまった事に。でも、それでも正々堂々と戦って勝ちたかった。これで魔族との戦いに支障をきたすとか前は考えてたけど今はどうでも良い。
世界の命運より恋よ!!
私は信じてる。彼が私を選ぶと。考える時間が欲しいと彼は言った。それから二日経過する。
きっと彼は私を……選ぶわよね!? 選んでお願い!! この二日間の間に神社にお参りに行ったの!! あまりそう言う所に行かない私が行ったの!!! 恋のおみくじも引いたの!!
結果は『予想もしない結末にびっくり』。振られるかもと思ったがきっとそんなことはないだろう。この思考をずっと繰り返している。
そして、『話があるから来て欲しい』と遂に十六夜から呼び出された。
◆◆
私は選ばれるか。そんなことは分からない。火蓮先輩に勝てるのか? 無理ではないか。そういう事を私は考える。
きっと、私は選ばれなくても後悔なんてしないだろう。ここに至るまでの日々が幸せだったのだから……等と言うきれいごとは言わない。選ばれなかったら嫌だ。きっと泣く。泣いて、多分引きこもる。
十六夜君。私を選んで!!
裸足で神社の階段何百回も登ったんですから!! 周りから変な目で見られても続けたんですから!!
絶対に私が選ばれる。そして、告白から二日間空いて彼から呼び出された
◆◆
二人の少女がアジフライに呼び出された。場所は彼の部屋。まだ夕暮れ時。少女たちはドキドキしながら部屋のドアに手をかける。
「どんな、結末になっても恨まないでね」
「当然です」
「今まで、ありがとう。結構楽しかった」
「私こそ、こんな素晴らしい先輩に会えて幸運でした」
正に、ラブコメ漫画のラストシーン。少女たちはお互いを称えあうとアジフライの部屋に入る。
アジフライの眼は決意に満ちていた。少女たちは自身が選ばれる覚悟と選ばれない覚悟を決めた。
「お二人に言わないといけない事があります。優柔不断で今まですいません!! 俺決めました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ごくりと少女たちが息を飲む。一体、どんな結末になったのか彼女達には分からない。けど信じていた。自分が選ばれると……彼の動作に集中していく。手が差し伸べられるか。キスでもするのか。色んな予想をしている。すると、いきなりアジフライは土下座をする。頭を地面につけて声を荒げる。
「俺、銀堂コハクも火原火蓮も両方好きです!!!!!!!!!!!! 二人共俺の彼女になってくださあぁぁぁぁぁぁぁぁぁいい!!!!!!!!!!!」
「「ええええええええええええええええええええええええええ!?」」
予想もしない結末であった。夏休みがそろそろ終わる。そして、二学期へ。ここから、ラブコメが加速する……
To Be Continued
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