第69話 破るアジ
「何よ、あれ……ここは三次元よ……」
「ブラックホールのようにも見えますが……」
「良く分からないけど皆で逃げよう!! 絶対危ないよ!!」
「そうだね……少しでも離れた方が良いかも」
全員、驚いている。当り前だ。恐らくアウトレットモール周辺の人間は大騒ぎで、そこに『妖精族』のメルが現れ戦闘を始めるだろう……
そして、勝てないと判断したメルが……
◆◆
「ごっつい見た目やな……確か魔王が負の感情を魔力に変えられるって伝承にはあったけど……魔王ではない……一緒に封印された魔族にもあんな感じのはいなかったと思うんやけど……所詮伝承やからか? 嘘が入っとるんか?」
緑の髪に茶色の目で関西弁の妖精であるメルがとあるビルの上から『怪人』を見ていた。
メルに与えられた任務。それは自分たちとは違う世界に行ってしまう魔族の対処などである。
魔族の王である魔王ベルゼビュートは他者の不幸の感情を魔力にするという驚異的な『権能』を所有してた。妖精族は他の世界での魔王の魔力供給を恐れ魔族の対処をメルに任務として課したのだ。自分たちの世界は安全だが他の世界で魔力が集められそれによって
妖精と魔族。この二つの種族には絶対的な壁がある。そもそも妖精は魔力量が少ない種族。
しかし、魔族は魔力量が妖精の数倍の者が殆どでありさらに、特殊な力である『権能』を持っているものまで居るのだ。その為千年前に妖精族には侵略行為を阻むことが出来なかった。その教訓をもとに『魔装』と言う技術が生まれた。何かあった時の自衛のために。
『星霊』によって『魔族』は殆ど駆逐され、魔王と側近の四体も封印されて平和が実現しても来るべき時が来ることが分かっていたのだ。
そして、メルは妖精の中でも絶対的な力を持つ。魔力量はぶっちぎりの世界一。常人の五十倍。そして様々な
妖精の王はメルならば全く分からない世界でも十二分に対処してくれると確信していた。
しかし、ここで誤算が複数あることを彼らは知らない。一つは魔王の肉体は既にないという事。二つ魔王の肉体はないが負の感情から魔力を作り出すことが出来る兵器を魔族が開発している事。
三つ、どれだけ頑張っても妖精族では魔族に勝てない事。
「まぁ、取りあえずあれをボコればええんかな?」
メルは『魔装』を展開する。手には一本のダガー。緑のリボンが胸元に付けられ、ミニスカートにフリフリのメイド衣装。
彼女は跳躍し、飛翔している吸血鬼のような見た目の怪人に挑む。ダガーで取りあえず様子見。斬りかかると……上から途轍もない衝撃が振りかかる。
数十メートル上から叩き落され勢いよくコンクリート道路に激突する。
「ッ、あぐっ」
頭のいいメルは直ぐに失敗を悟る、最初から全力で行くべきだったと……そして、勝てないという事も分かってしまった。
「こ、れは。勝てへんわ……ワイは一応世界一なんやけど……」
何とか起き上がる。ダメージは追ったがまだ十分動ける。仕方ないと撤退の準備をする。その時、周りには現代人の姿が見える。
「早く!! 逃げて!!」
「ヤバいぞ!!」
「何だよ!! あれ!!!」
負の感情。これを放って置いたら過剰な魔力の供給が為されてしまう。どうするべきかと思考を巡らせる。
「クククク、いきなり何かと思ったがタダのザコのようだな」
メルの頭上から吸血鬼が見下ろしていた。
「この世界の種族は惰弱で助かる!! 負の感情で大量の魔力が作り出せるからな!!」
「『ウインドシュート』!!!」
魔装を纏っているときだけ使える、『魔装技』。いわゆる必殺技という物である。ドラキューレに風の大玉が当たる……が効果はない。
「今、何かしたか?」
「ホンマ、魔族ってバケモンやな……」
「魔族と言うより怪人と言った方が正しいがな。それより俺を知っているという事はこの世界の種族ではなさそうだ。と言う事は妖精族か?」
「だったらなんや」
「いや、何、聞いていた通り弱小種族だと思ってな!! この程度では痛くも痒くもないぞ!!」
ドラキューレが腕を振り上げメルに殴りかかる。回避するメルだが愕然とする。ドラキューレの拳は全て自身の十倍以上の力の差があったからだ。
頭のいいメルは避けながらも現状の打破を思考する。逃げたらいつかこの化け物はアルテミスに来る。
今、この場で倒さなければならない。しかし、自分には出来ない。
僅か十秒で彼女は答えを導き出す。
「……この辺りにいる魔力が多いこの世界の住人に頼むしかない……」
僅かにだがこの世界を観察したメルはこの世界は平和な世界であり、自分たちの世界と同じと言う事に気づく。そして、超常現象に全く耐性が無く必要以上に混乱していることに。
しかし、違う種族。もしかしたらとんでもない魔力保持者がいるかもしれない。その生物に頼めば或いは……と。
急いで魔力感知を始める。居るかどうかは分からない。しかし、やってみないと意味もない。自分たちの世界も滅びる。
辺りの魔力を感知すると……
とんでもない魔力数値が現れる。自分をも遥かにしのぐ。それも一か所に複数反応。これはついていると急いで移動する。
「これしかないわ……『ウインドシュート』」
煙幕代わりに魔装技を放ちその場を離脱する。
「逃げるか。まぁ、いいだろう。俺は暴れて複数の負の感情を引き出すことが仕事だからなぁぁぁ!!!」
遂に怪人が暴れだす。
それをドラキューレを介して見ていた魔族たちはご満悦だ。この世界なら簡単に魔力を集められるから……
しかし、魔族側にも大きな誤算があった。
一つ、妖精をはるかにしのぐ魔力保持者が居る事。
二つ、その者達が妖精と手を取る事。
三つ、その中に尋常ではない世界を知る者が居る事。
◆◆
「急いで逃げましょう!! どう考えてもあれは普通ではないです!!」
「そうね……爆発のような音も聞こえるし……」
「一体何が起こってるんだろう……」
「あーし達は逃げることに専念した方が良いよ……」
俺達は高台から去り、爆音がするアウトレットモールから少しでも離れる為に必死である。
そろそろ……メルがこちらに気づいて向かっているころだな。本来なら銀堂コハク、火原火蓮、黄川萌黄がアウトレットモールより少し離れたところでバッタリ遭遇。そこから爆音がして一緒に逃げているところにメルが来る。
ここは本来より安全面を意識し距離はあるがこれくらいなら感知してくる。そんな事を考えていると……俺達の前に緑のメイド服のような『魔装』を纏ったものが降り立つ。
「そこの五人!! ちょっとええか?!」
いきなり話しかけてきた。超人的な人物に彼女達はたじろぐ。
「だ、誰よ!?」
「ワイの名前はメルって言うんや!! 細かい説明は後でする!! だから今暴れている化け物を止める為に力を貸してくれへんか!?」
彼女は必死と言う趣で俺達に頼む。しかし、コハク達は難色を示す。当然ともいえるだろう。訳の分からん奴にいきなり戦ってくれと言われてもどうしていいかなんてわからないのだから。
「そんなことを言われましても……どうして私達なんですか?」
「あんさんたちが普通以上の魔力を持ってるからや!!」
「魔力ってなんなの?」
「えっと、特別な力って言うかそんな感じや!!」
「化け物ってさっきから爆音出してる奴の事?」
「そうや!!」
銀堂コハク、黄川萌黄、片海アオイの順番に聞いていく。四人共中々戦いに行くことに踏ん切りがつかないようだ。
「俺にはその魔力とやらはあるのか?」
「あるで!! 五人共あり得ない位の魔力保持者や!!」
彼女達は難色を示している……『ストーリー』でもこんな感じだ。何度も頼まれ悲鳴が聞こえ、そこで彼女達が『魔装』を取る。だがそう簡単には掴めない……
だが、今は魔族の作り出した怪人が暴れている……そして、魔力が供給され始めている。
「手を貸してやる」
「「「「!!」」」」」
「ホンマか!! おおきに!! だったら予備の『魔装』があるからこれを使ってくれや!!」
彼女から手のひらサイズの魔装を展開する
「そしたら開いて中のボタンを押すんや!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 十六夜君!! こんな訳の分からない人の言う事を真に受けるんですか!! 嘘をついているかもしれないんですよ!! もっと慎重になってください!!」
「そうよ!! これは現実なの!! そんなの捨てて逃げましょう!!」
「僕ももうちょっと考えた方が良いと思うな……この子は可愛いけどちょっと怪しいし」
「一回立ち止まるべき」
俺を心配してくれるのはありがたい。しかし、ここで止まるわけにもいかない。さらに、これで俺が安全だと分かれば彼女達も『魔装』を手に取りやすいだろう。
俺はボタンを押した。
その時、魔法陣のような物が展開される。それは俺を包み、そして眩い光から抜けると俺は黒のゴスロリの服装、胸元に黒のリボン。髪は何故か長髪になった。
「い、十六夜君!? これは……じゅるり……アリです……」
「何でゴスロリなのよ?」
「何故か僕の中に響くものが……」
「アンガイ似合ってるんだけど……」
彼女達の感想が聞こえる。俺はクルリと回り現状を確認。そして力がみなぎるのを感じ取った。
これが魔装か……
「……なるほど……」
「ちょっと、ジャンプしてみるんや」
「ああ……」
言われるがまま足に力を入れ跳躍する。その瞬間、一瞬で景色が切り替わる。大体二十メートルは飛んだな。
これでも余力を残している。まだ飛べる。
物凄い力だ……
「それじゃあ、早速あの化け物を退治に行くで!! 着いてきてくれや」
「分かった」
「わ、私もやります!! 十六夜君一人でそんなところに向かわせられません!!」
「十六夜がやるなら私だってやるわよ!!」
「ぼ、僕も……」
「……あーしも」
「助かるで!! 五千人力や!!」
メルが四人に魔装具を配る。そして四人がボタンを押す。
「「「「ッ!!!!」」」」
四人も光に包まれそれぞれが魔装を纏う。まさかこの瞬間に立ち会うことが出来るとは……
銀堂コハクは銀色のドレスとティアラ。そして
思わず結婚したいと思う程だ。
火原火蓮は赤のセーラー服に近い物に胸元リボン。そして赤のミニスカ。両手には刀が二本。
黄川萌黄はゴリゴリの黄色のメイド服。頭飾りも黄色で俺に尽くしてほしい。ご主人様と言われたい。
両手にはグローブ型の鉄拳である、
片海アオイは巫女のような和服。しかし、ちょっと乱れている感じ。肩は出ているし、少しひらひらしているがあくまで和風な感じ。そして頭には大きな青いリボン。
彼女と一日中、虎拳とか金比羅船々とかして一緒に遊びたい。
片手には
「わ、私のスカート短すぎない? これ、ぜ、絶対パンツ見えちゃうんだけど……」
「僕、メイド服始めて着た……意外といいかも」
「あーしの服……和風なのか洋風なのか良く分からないんだけど……ちょっと肌出すぎだし」
「私は結構いいですね。ウエディングドレスの感じも少しします」
「ホンマありがとうな!! 試運転も兼ねて全員ジャンプして見てくれや」
彼女達は恐る恐るジャンプをする。
「「「「っ!!」」」」
全員がジャンプをすると風が吹きあがり俺の長髪がかなり揺れる。二十メートルほどジャンプした彼女達は降りてくると驚いたような顔つき。
「ナニコレ!?」
「ヤバいです……」
「僕夢見てないよね……」
「素でヤバい……」
信じられないようだがこれが事実。彼女達のポテンシャルなのだ。
「あんさんたちの魔力なら適当に戦っても勝てるはずや。ワイについてきてくれや」
メルがいきなり跳躍する。俺達はついて行くために跳躍をするのだが思ったより飛んでしまったり、前に行ったり、かなりバラバラ。しかし、明らかにメルより遠い距離を一瞬で移動できた。
「これ、難しいんだけど!!」
「思ったより飛んでしまいますね」
「あれ? 僕そっちに行くつもりだったのに」
「力入れ過ぎた」
「……」
「ホンマ、とんでもないわ……」
驚いているメルに俺は少し離れたところから話しかける。
「俺は少し、別行動をする。四人を頼んだ」
「え!? ちょ、いきなり過ぎんか!?」
俺はある作戦を実行するために彼女達と離れた。
◆◆
怪人であるドラキューレが町で暴れている。道路には穴が開き、信号機を破壊。徹底的な破壊活動である。
「グハハハ!!! ひれ伏せこの世界の種族!!!」
暴れている怪人。そこに少女たちの声が響く。
「そこまでよ!!」
火原火蓮が声を上げ怪人の前に五人の少女が立つ。
「ワイはサポートするで。あんさんたちと一緒に戦うのは多分無理や」
メルは少し後ろに下がる。ドラキューレは四人を見据える。
「誰だ? お前たちは?」
突然だがこの世界、『魔装少女~シークレットファイブ~』には怪人と戦う前に名乗りのシーンがある。
「純白の魔装少女……シークレットシルバー!!!」
「紅蓮の魔装少女……シークレットレッド!!!」
ゆえにこのようにドンドン名乗って行く。初回から……いつの間にと思うが何故か出来るのだ。しっかりとポージングまでする。
打ち合わせとかはしていない。ご都合主義、またはお約束と言えるものだ。そしてこの名乗りシーン。敵は絶対に手を出さない。稀に出す敵も居るが基本的には手を出さない。お約束という物だ。
そう、お約束。絶対時間。しかし、それは登場人物達のみに適用される。
今現在、敵の動きは完全に停止している。そこを最初から狙う男が一人。お約束を利用し敵の背後に回り込む。
黒き魔装を纏った十六夜が剣を首に刺し……ぶった切った……
血のような物が溢れる。血の雨だ。いきなり速攻で彼は魔族の作り上げた怪人ドラキューレを倒したのだ。首と体が真っ二つ。
これには彼なりの理由がある。一つは彼女達は魔装に慣れていないのでもっとしっかりとこれから修行し安全マージンを確保してからの方が良いという考え。
そして、この戦いは初回なので結構あっさり勝つのだが多少『魔装少女』もダメージを負う。それを知っていて彼が動かないわけには行かないという理由。
最速であり最善の掟破り。敵でありながら同情するとネットでは炎上するだろう。彼もそれは分かっている。
だが、彼は止まらない。これまでも、そしてこれからも……
奇想天外の行動はこれからも続いて行く。
――此処に敵にも味方にも世間にもヤバいやつ認定される魔装少女(男)が誕生した。
不意に彼はつぶやいた。後にネットでパワーワードとして未来永劫語り継がれることになる言葉を……
「
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