第55話 その後のアジ
「我ああああああああああああああああああああああ!!!」
一人の男が自身の心臓を抑えて地面に倒れていた。
まるで大きな闇にでも心臓を侵食されたように。
まるで痛々しい病に侵されたように
悶えて只管に叫ぶ。
いくら叫んでも痛みが止むことはない。それどころか益々強くなる一方だ……
「は、はずかしい!!!」
一時間位、叫び続け彼はようやく平常運転に戻る。
◆◆◆
俺は先ほどの戦闘を思い出す。
……恥ずかしい!!!!!!! ハズカシイ!!! いや攻撃力百兆倍とか何!? 頭おかしいだろ!!! そして最後の必殺奥義がヤバい!!
技名長すぎるだろう!!! 俺は地面に横たわりグルグル回転。その後、大声で叫んだ。
「ああああああああああ、恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
俺もう完全に厨二だよ!!! どうしようもない厨二だろ!!!! 嗚呼ああああああああああ!!!!!!!
体が震える。ただただ恥ずかしい。この策なら行けると思っていた。だけどやったらやったで馬鹿ハズイ!!
傘を振り回すとか頭おかしいだろう!? 水中で空中浮遊の練習とかおかしいだろう!? 実は水中で空中戦を想定してプール壁キックとかしてたのを思い出した!
ハズカシイ……
で、でも誰にも見られてないからセーフだよね!? よ、良かったぁー。夢の世界の出来事で!!
スマホを見て時間を確かめる。現時刻は十時か。あんまり時間は経っていないようだ。一応念のため占い師に電話する。数回コールするとすぐに出てくれた。眠いだろうに申し訳ない。
「もしもし?」
「おお、勝ったのか?」
「はい、ですけど念のため俺を基準に見てください」
「わかった……無事回避できておる、淀みが消えた。それではすまんが寝かせてくれ」
「はい、ありがとうございました」
「うむ……」
プツンと電話が切れた、あの人めっちゃいい人だな。気持ちよく寝てもらいたい所である。そしてありがとう占い師。おめでとう俺。全てのバッドエンドを回避したぞ。
今日は豪勢に行くぞ!! 旅館があるからそこに泊まって美味しいもの食べて遂に
ただのモブになる。いやー、俺なんかにやっぱメインキャラポジはきついっすわ!! これからは傍観者だな!! グアハッハは!!!!
俺は気分よく占い師さんの車に戻りそこで二度寝をかますのであった
◆◆◆
「ふぁぁぁ」
俺は欠伸をして起きた。時刻は三時近い。二度寝と思って寝すぎたか……
「起きたか」
「はい。お目目ぱっちりです!!」
「そ、そうか……何かお主テンション高くないかの?」
「いえいえ、そんなことないですよ!! それより今日は旅館に泊まって豪勢に行きましょう!! 旅費と食費は全部俺が持ちます!!」
「そうか、では黒騎士に任せるとするかの」
「今なんて?」
「だから黒騎士に……」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「いや、お主を基準に占っておるのだから見られる事くらい想定できるじゃろ。それにしてもスムーズなボス戦だったの。見ててあの象が可哀そうだったぞ。分身を一体倒したがあの後軍隊をだして心を折る為にわざと殺させたな?」
「あああああぐあああああ!!!」
「叫ぶな。誰でも通る道じゃ。それで最悪を回避できたのだから良しとせい。まぁ、愛にはこのことを包み隠さず伝えるがの……ぷぷ、技名長すぎて草」
「あああああああああああああああ!!!!!」
この後、俺は一時間位顔を抑えたままだった。
「ほれ、さっさと行け。観光案内があるんじゃろ? 旅館はさっき伝えた所じゃからな」
「こんなはずでは……こんなはずでは……こんなはずでは」
「それじゃあ、チェックインしとるからの。技名草」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
彼女は車を動かしさっさと旅館に向って行った。俺はと言うと片海アオイに放課後観光案内をしてもらうという約束がある為彼女の自宅前で待機。彼女が来るまで再び先程の事を思い出す。
はぁぁ、黒歴史だよ。思い出したよ、嘗ての全てを……それを嬉々として語る自分にもビックリだよ。ずっと封印してきたのに……それが解かれてしまった。あんな技名使う奴居るか?
黒歴史に浸っていると彼女が帰宅した
「あ、片海さん」
「……アンタさ学校行かなくていいの? 平日にずっとこっちいるから気になったんだけど」
「良いんですよ。風邪って言っとけばいいんですから」
「それOUTでしょ?」
「良いんですよ。少しくらい。それより観光案内をしてください……気分を変えたくて」
「……そう、何かあったっぽいからしてあげる。案内。ちょっと待ってて」
「はい……」
彼女は俺の内心を察してくれたようでそれ以上何も言わず自宅に入って行った。そして数分待つと彼女は黒のパーカーに短パンだ。足が見えてええ感じ。
「それじゃ、四週目行く?」
「はい、お願いします」
よーし、リフレッシュしてやるぞ!! 厨二病の事はもう忘れよう。彼女との夢の様なひとときで……
魚市場や海、何度も見てきたが今までとは感じる想いが全然違う。
「あの神社行けてないのはガチでキツイんだよね、あーしの推しだから」
「……もう行けますよ」
「え? マジで? オカルトは?」
「誰かが討伐した様です……」
「ふーん、なら行こうよ。ガチで良いところだから」
「ああ、うん、そうですね……」
「いや?」
「いえ……大丈夫です」
あんまりあそこには行きたくないんだよな。俺の新たなる黒歴史が誕生した場所だからな……だが、折角案内してくれる彼女の推しの場所を断るわけにはいかない。
再び、黒歴史が生まれた場所に足を運ぶ俺。彼女はここに着くと神社は無視してこの町が見渡せる高い丘の様な場所に行く。
見渡すと夕日によって照らされた海原町が。海がオレンジ色で風情があり風が俺たち二人の横を駆け抜ける
「あーし、ここからの風が好きなんだ」
「ああ、淀みが消えたこの町を駆け抜ける風はまさに……あっ」
「どったの? 急に?」
し、しまったぁぁ! 夢の癖がつい出てしまった……ここは上手く誤魔化して
「と、とある詩人がこんなセリフを言ってたんですよ!!」
「ふーん、自分の言葉って感じがしたけど」
「まさか、ハハハ」
「笑顔引き攣ってるけど」
「しょ、しょんなことないですよ」
「噛み噛みだし。けどこれ以上の追求はやめたげる」
「いや、本当に詩人の話なんですよ」
ふぅー、何とか誤魔化せたようだな。いや、別に俺は厨二ではないけどね。この後、彼女とは解散になった。俺はお泊りする旅館に向かっていると……
「流石ですわ」
「最近の流行りらしいですわよ」
二人の女子高生が歩いてた。片海アオイと同じ制服を着ている為女子高に通っているだろう。ここ最近張り込んで分かったのだがこの女子校に通っている生徒全員お嬢様の様な感じがする。
彼女達は楽しそうに談笑しながら帰って行った。やっぱり友達は居たほうがいいよな……彼女は皆ノ色高校に来てから友達が出来るが今はいない……どうにかして作ってあげたいが……取りあえず考えてみよう
◆◆◆
「ドラゴニックストリーム・ジ・アブソリュート・オーバードライブ・スピリチュアル・ヘカトンケイルダイナミック・オーバーレイ・フューチャリング・カオスインフィニティ・コスモスタナティス・オブ・エクスカリバー・ビーフ・オア・チキン・エレメンタリースクール・ジュニアハイスクール・オルタナティブ・ストライク……いや、お主のセンスよ」
「……」
「クククク、ガチで草じゃな」
「もういいですよね?」
「いやいや、こんなネタを放っておくほど我も馬鹿ではないぞ」
「はぁー、もういいです」
旅館でエビやらマグロやらの刺身、茶わん蒸し、すき焼きを食べながら占い師と夕食を共にする。台風の為、そして折角だから祭りも見ていきたいので今日を含めて三日間泊まることにした。色々お世話になったのでここの代金は全て持つことにしたのだが……このままだと払いたくない。
占い師である彼女は全てを見ていたようで事あるごとにからかってくるのだ。これでは感謝が薄れてしまうという物である。
「さて、いったん、一旦からかうのは置いておいて……」
「一生置いておいてください」
「それは無理じゃのぉ~」
「めっちゃ煽りますね」
「まぁの!! さて、明日は台風らしいから一日ここで待機。そして三日後ある祭り見て帰ると言った感じかの?」
「そうですね。明日はしっかりと休みましょうか。そしてですね……祭りの日何ですけど……」
「うむ?」
それとなく俺は彼女に相談をした。
◆◆◆
「かぁぁぁ、いい湯だぁぁ」
頭髪と体を洗った後、俺は湯船に浸かっていた。露天風呂の為、外の景色を眺めながら入る。いい湯過ぎてヤバいな……
俺はしみじみと今までの事を思い出す。銀堂コハクから始まり、火原火蓮、黄川萌黄、片海アオイ。
全てのバッドエンドを回避したのだ。ここまで思えば長かった……様々な困難があったが成し遂げたぜ。これからはモブだな。
どこにでもいる”モブ”。別にモブが好きと言うわけではないが何というか……背伸びしてた感がある。モブのくせにメインキャラぶっていたようなそんな気が。『ストーリー』が始まるのは夏休み。そこからはニヤニヤしながらハラハラしながらドキドキしながら彼女達を見守るとしよう。
――もう、この世界の命運は俺ではなく彼女達にかかっているのだから。
「さようなら、メインぶっていた俺。こんにちわ。モブな俺」
肩まで湯船に浸かりしっかりと心身ともに温まった俺は冷えないうちに露天風呂を後にした。
◆◆◆
次の日、この町に来て五日目はひたすらに部屋の中でゴロゴロしそのまま二度寝、三度寝をしながら過ごした。土砂降りの雷雨だが全く怖くなく今までの解放感からかそよ風程度にしか見えなかった。
六日目もダラダラ。台風はどこへやら行ってしまった。太陽が町を照らし大分気温も高くなってきている。夏が少しずつ近づいてるのだなと感じた。この日はお土産を買ったり銀堂コハク、火原火蓮、黄川萌黄からのメールが来たので返信した。
そして、七日目。祭りの日であり今日で俺達はこの町を後にする。
「さて、それでは手筈通りに」
「うむ。分かった。我こういうの一回やってみたかったのじゃ」
最後の最後。俺達はある作戦を決行するために……。帰りの通学路で……
◆◆◆
お嬢様の様なか弱く儚い女子高生が二人組で帰路を歩いていた。
「この後、お祭りにいきません?」
「いいですわね。参りましょう」
上品に笑い、お互いに歩幅を合わせて歩く。無垢な少女二人に忍び寄る影が二つ。金髪の男。サングラスをかけ如何にも悪そうといった雰囲気。女子高生たちはあまり関わらない様にと道をそれる。しかし、ガラの悪い男がわざとぶつかる
「いった!! いったいわー!。 これあれや、折れてるわ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、これ折れてるわ。慰謝料やで。ホンマ」
「そ、そんな、貴方達から……」
「そ、そうですわ。私たちは道をそれて……」
女子高生たちは男の雰囲気に怯え強く出れないようだ。ガラの悪い男は折れていると主張しある提案をする。
「ああ!? ワイが自分からいったんちゅうんか!? 折っといてそれはないやろ!百万よこせや」
「そ、そんないきなり……まぁ、払えますけど……」
「……五億や、五億払えや」
「ええ!? そんなの無理ですわ!!」
「そうですわ!! 無茶苦茶が過ぎるのではなくて!?」
独特な三下の様な話し方をする男は百万は払えると言う事に焦り急いで額を引き上げる。これ以上関わりたくないと女子高生二人が困っていると……
その場に救世主が現れた。片海アオイである。彼女は何か騒ぎが起きていることに気づき此処にやってきたのだ。丁度、彼女の帰路で起こっていた、そして見た目が若い女性に事件が起こっていると知らされ誰よりも事件に早く気付き此処に到着したのだ。
「何やってんの? アンタ?」
「ああ!? 誰や自分!?」
「あんたを何回も観光あ……」
「ヒーロー気取りの鼻折ってやるわ」
片海アオイの言葉を遮るように男はいきなり殴りかかった。かなりゆっくり目に……まるで掴んでと言わんばかりに。
案の定、彼女に掴まれた。
「クソぉ、なんて力や!!」
「いや、全然力入れてないんだけど……」
「グおおおおお、目が回る!!」
片海アオイは男を振り回すようにグルグル回した。彼女を中心に駒のように男が回る。五回転くらいすると彼女は手を離し男が投げ飛ばされ民家の壁に激突する。
「グあああはああ!! こ、ここまで強いとは自分ナニモンや!!」
「ええ? アンタが勝手に回って勝手に……」
「く、クソお、ぼえてろー」
「……ええ?」
ガラの悪い男は急いでその場から逃げて行った。逃げる途中で三回ほど転び如何にも三下感を出しながら。
「あ、ありがとうございますですわ。片海さん」
「カッコ良かったですわ……」
「いや……あれは……」
「お姉さまと呼ばせて頂けませんか!?」
「わ、私も!」
「いいけど……」
「片海さんってお優しいのですわね。私誤解していましたわ」
「そして、カッコいいのですわね。感激ですわ」
「あれはそんな大したことじゃ……」
「まぁ、恩着せがましくもないなんて!」
「何て素敵な女性なのでしょう!」
「……」
とんでもないマッチポンプだなと片海アオイは思ったがとんでもなくキラキラした目を向ける女子生徒二人に何も言えず仕舞いだ。
「もしよろしければ連絡先を交換いたしません?」
「私も!!」
「ああ、うん」
彼女達と連絡先を交換した後、彼女達とは別れた。
「カッコいいですわ」
「私たちはどうしてあの魅力に気付かなかったのでしょう? 颯爽と現れて三下を瞬殺する手際の良さ、凄すぎますわ」
別れた後、帰路につく片海アオイの後ろから彼女達の話し声が聞こえてくる。何が何だか分からず仕舞い。なし崩し的に関係をもって知った彼女の心境は複雑だ。
状況が分からないが同年代の女子二人の連絡先が知れて嬉しい。この二つが混じっている。取りあえず彼女は帰路に向かって歩いた。
◆◆◆
「いやー、上手くいきました。ありがとうございます。片海さんに連絡してくれてありがとうございます」
「まぁ、これくらい構わん。こういうの楽しいからの」
ククク、完璧な変装だったがあの金髪男は俺だったのだ。相手はお嬢様たちでこういった状況には弱い、ピンチに颯爽と現れるヒーローにはときめいてしまうものだろう。
そのまま彼女との関係を持たせるという俺の完璧すぎる計画。学校まで着き纏った事で顔を覚えられていると思ったからこそ変装と言う手段を取った俺。そしてあっさりやられる三下を演じるという計画全てが上手くいった。
案の定、あの二人は片海アオイを尊敬したな。
しかし、片海アオイが俺の変装を見破ったのには少し驚いた。それのせいで俺が勝手に一人劇場をする羽目になった。パンチを少し遅めに放ち、そしてわざと掴まれそのまま自分で駒のように彼女の周りを走り吹っ飛ばされる。咄嗟にこのような感じに計画を変更したが正解だったな。ククク。
今は祭り近くの駐車場で車を停めてそこで占い師と話している。全てやることはやったので今から祭りを楽しもうという算段だ。
まだ明るいが祭りには既にかなりの人数が居る。俺達は今日の夜帰るので早めに楽しんで早めに帰ろうという計画だ。流石に休み過ぎたな……色々やってもらって何なんだがこの人は仕事とか大丈夫なんだろうか?
「それじゃあ、祭り楽しみましょう」
「うむ」
俺はカツラとサングラスを置き、念のため服装も変えた。先ほどまでは黒いジャケットだったが今は黒のパーカー。車に荷物を置き俺達は祭りに向かう。
「あ!」
「どうかしたかの?」
「このビー玉返すの忘れてました」
「そうか。では車を……」
「いえ、一人で行きます。お先に楽しんでください」
「そうか、気を付けるんじゃぞ」
俺はビー玉を返しに町の役場に歩いて行く。最近はずっと走っていたがゆっくりと街並みを眺めて楽しみながら歩く。
そして、役場に向かう途中の角を曲がると……
「「あ……」」
制服から着替え青いパーカーを着た彼女とバッタリ。こんな偶然があるんだな……
「見つけた」
「どうも」
「あれ何?」
「え? 何のことですか?」
「とぼけられると思ってんの? 声ですぐわかったんだけど」
「この世には同じの声をしてる人が……」
「いない」
彼女は問い詰めるように俺にグイッと近づいた。
「なんかさ。アンタって妙なんだよね。あーしのことを知ってるような感じがするし、行動も何処か変だし」
「そういう人もいますよ。世の中は広いんです」
「あっそ。で? アンタは何者? 何がしたいの?」
「言うならば……世界の命運を一時期だけ背負ったモブと言ったところでしょうか……そして目的は既に達せられた……」
「……ふざけてんの?」
「す、すいません」
上手く誤魔化そうと思ったのだが出来ないようだ。まぁ、転生者ですとは言えないしな。いってもふざけてんのかと言われるだけ。彼女も大分痺れを切らしているようだしな……
「俺はモブですよ。そして目的は秘密です」
「……話してほしいんだけど?」
「それは無理です。それより俺はこれから大事な用事があるんですけど」
「そうなの? 何大事な用って?」
「このビー玉を返さないといけないんです」
「それって、悪霊に反応するって言う……」
「これ借りものなんです。だから返さないといけなくて」
「ふーん、だったらあーしも行く。暇だし」
「分かりました」
フッ、上手く誤魔化せたな……話を変えて話題を逸らす。これが大人のトーク術だ。
彼女と一緒に町役場に向かう。
「アンタって学校何処?」
「皆ノ色高校です」
「へぇー、どんなところ?」
「良い人が多いですね」
何てことない世間話をしつつ役場に向かう。しばらく歩くと役場の所に着いたが……俺は愕然とした。同時に戦慄も……
役場のあった場所には……何もなく……あるのは廃墟だけ……
「ねぇ? 此処なの用事がある場所って?」
「……あの、ここって役場の場所じゃ……」
「ああ、確かに三十年前はここにあったらしいけど古くなって建て直すとき場所を変えたらしいよ」
「……マジかよ……」
「どったの? 顔青いけど」
「いえ、取りあえずこのビー玉はここら辺に置いておきます」
「え? いいの?」
「はい、それより走りませんか?」
「? いいけど」
「祭りの場所まで競争って事で……」
「うん、良いけど……」
「それじゃあ、スタート」
俺達は走った。その場から逃げるように……つまりあの町長は……そしてあの人に紹介された陰陽師も……
対価……饅頭とサバの味噌煮。確かに対価は渡した。この町に来て俺が話したのが殆ど幽霊だったなんて……俺実は幽霊が苦手なんだよ……
彼女達の為ならと思う事で頑張ることが出来たが今ではもう無理、怖い怖い。マジかよ。こんなオチってありかよ
◆◆◆
「はぁはぁはぁ」
「ダイジョブ?」
「は、い……」
俺達は猛スピードであそこから逃げて祭り会場で呼吸を整えていた。俺達と言うより俺か。彼女は全く疲れていないようだがな。
「おお、どうしたのじゃ。そんなに汗をかいて」
未だに整わない呼吸を抑制しながら声のする方を見るとお面を頭に、そして両手にたこ焼、焼きそば、お好み焼き。エンジョイしている占い師が。
「あっ、アンタさっきの」
片海アオイは占い師を見るとやっぱりと言う視線を向ける。俺は逸らしつつ口笛を吹く。
「ふむ、何やら我は邪魔の様じゃの。後は若者同士楽しむといい」
占い師はそのまま再び祭りの人波に紛れて行った。勘違いしているような感じがするな……
「……どうする?」
「えっと、それじゃあ折角ですし……俺が財布になります」
「そこは一緒に回ろうよでいいんじゃない?」
俺達は一緒に回り始める。沢山の人、そしてカップル。浴衣を着てイチャイチャしている者達を見ているとイライラする……訳でも無いな。片海アオイと祭りを回れるとか幸せ者だな。俺。
「何か食べますか? 財布になりますよ」
「もう、突っ込まない……たこ焼とか食べたいかも」
だったらたこ焼を食べに行こう。店を探しながら二人で歩く。綿あめ、お好み焼き、射的、金魚すくい、沢山の魅力的な出店。
段々と人が増えてきて熱気が高まっていく。
たこ焼き屋は沢山あるがその内の一つに並びそこで順番が回ってくるのを待つ。
「へい、らっしゃい。カップルかい? 初々しいね」
「カップルじゃないんだけど」
「そ、それは悪かったね。そ、そんなに怒らないでくれよ」
店員のオジサンはちょっとからかってやろうという感じだったが彼女があっさり断りさらに彼女の目を見て怒らせたと勘違いしたようだ。
「いや、別に……」
「彼女怒ってないですよ。だからそんな気を遣わなくて結構です。それよりたこ焼二パックお願いします」
「おお、そうかい、それじゃあ二つで800円だ」
「はい」
五百円玉を一枚と百円玉を三枚値段ちょうど手渡したこ焼を受け取ると近くの座れるベンチを探す。ちょうど一個空いていた。沢山の人が居るなか座れるなんて運が良い。
「ここで座って食べましょう」
「……うん」
彼女にたこ焼を渡す。
「お金返すけど」
「いえ、これくらい良いですよ。観光案内三回もしてもらいましたし。今日は俺が出します」
「いや。でも……」
「それに奢った方が懐が深くてカッコいい感じもしますし。どうぞどうぞ食べてください」
「……サンキュー」
彼女は割りばしを割るとパクパク食べ始めた。美味しい物を食べている彼女の顔は何処か冷めている。先ほどの店主か……
「どうかしました?」
「別に」
彼女はやっぱり自己評価が低い。以前彼女を褒めちぎったがそれで改善するようにはならないか……。簡単には人は変わられない……
「何度も言いますけど俺貴方の眼好きですよ。貴方には魅力が……」
「……あんがと。でもさやっぱりあーし、自分に自信を持つことができないんだ。この間アンタに褒めてもらった時はちょっと嬉しかった、さっき同年代女子二人に尊敬の眼差しを向けられた時も……でも、やっぱり怖いって言う人が多いから……」
「そうですか……」
「うん……」
そうか……やっぱり俺にはそんな大層な事は出来ないか。当然だ。でも、最後まで俺は言い続ける。
「それでも俺は貴方が素敵だって言い続けますよ。眼は魅力的で誰よりも優くてひた走る貴方が素敵で魅力あふれてるって」
「……」
「俺には貴方を自信あふれるようにすることはできないと思います。でも、俺は貴方が世界で一番魅力的だと思います」
「……会って間もないのに……分かるの?」
「ええと、そうですね……会って間もないのに分かるんです」
「そう……世界で一番ね……」
「あ、すいません。宇宙で一番でした……いや、全ての次元、全ての時間で一番かな?」
「……ぷふ、あははは」
彼女は急に笑い始めた。お腹を押さえて子供のように。笑いすぎて目からは涙が浮かんでいる。
「アハハっハ! 腹痛い!! 腹痛い!! 真面目な顔で滅茶苦茶な事言うから!
アハハ!! 会って何日? 私達、あはっは!」
「俺はマジで本心ですよ。決して冗談とかでは」
「分かってる。分かってる、だから可笑しいんだって、ククク、アハはははは」
彼女は基本的にクールキャラだからこんな笑う事は殆どないはずなんだが……どこかツボに入ったか?
二分ほどでいつものクールさを彼女は取り戻す。
「一時間ぐらい褒め殺しされて、宇宙一、次元一って言われたら。そりゃ、多少自信つくもんだよ。良く言えたね。普通は恥ずかしくて言えないと思うけど」
「いやー、つい。気持ちが荒ぶって俺ですら制御できなくなってしまいました」
「ふーん、まぁ、何となく自分を好きになれそう。あんがと」
「いえいえ、本当の事を言ったまでですから。大したことではないです」
そういうと彼女は再びくすっと笑って軽く髪をかき上げた。彼女の隠された右目が露わになる。灰色の目だ。左は青。やっぱりいい味出てるな
彼女と両目が合う。彼女は薄く笑いながら口を開く。
「本当の事って……だとしても褒め過ぎ……もしかして……あーしのこと」
そして、少し恥ずかしそうに頬を染めた彼女は俺に訪ねた。僅かに首をかしげて
――口説いてる?
まだ、辺りは暗くない。ムードなんて特に無い。祭りを行きかう人々が視界の片隅に見える。だが見えない。
彼女しか俺には見えなかった。
「いえ、本当の事を言っただけで口説いてるわけではないですね……」
「知ってる、冗談だから」
「そうですか」
「それより、他の店行こう。観光案内料まだ足りないからさ」
「はい、行きましょう」
俺達はベンチから立ち上がり祭りを楽しむために歩いて行く。彼女には沢山奢った。かき氷、射的、etc。だが彼女は何だかんだ気を遣って割り勘にすると言ったりしたのだが俺が全て出した。彼女の財布になれるなら本望なので特に苦ではない。
そして、少し早めの解散の時がやってくる。
「あんがと、楽しかった」
「いえいえ、こちらこそ」
「本当にいいの? お金?」
「いいんですよ。寧ろ財布になれて嬉しいくらいなんですから」
「そう……」
彼女はパーカーのポケットからスマホを取り出す。そして俺に向けた
「連絡先……」
「ああ、そうですね。折角だから交換しましょう」
「本当はアンタから言った方が……いや、なんでもない、それじゃあサッサと交換しよ」
「あ、はい」
彼女と連絡先を交換する……つまり『魔装少女』四人の連絡先を俺は持っているという事か……とんでもねぇぜ……
「それじゃ、俺はこの辺で」
「そう……」
「あのー、ちょっといいですか?」
俺達が別れの挨拶をしようとすると誰かが話しかけてきた。見るとマイクを持った女の人。後ろにはカメラやらなんやらを持った人たち、テレビ局か何かか?
「今、祭りの人たちにインタビューしてるんですけど素敵なカップルを見つけたのでお話を聞きたくて。お時間大丈夫ですか? ほんの二分くらいですから」
「ええっと。あーし達はカップルじゃないっす。友達っていうかそんな感じ?」
「そうなんですか? では恋人未満友達以上ってことですか?」
「そんな仰々しくないけど……」
「お二人は出会って何年ですか?」
リポーターの人は片海アオイにずっとインタビューをし続ける。こういうネタはみんな大好きだから欲しいのは分かるけど……
「一週間前に出会ったばかりだけど……」
「まぁ、スピード婚ならぬスピードカップルですね」
「だから、カップルじゃなくて……」
メンドクサイ人たちに絡まれたな。まぁ本当に二分三分程度ですんだから良かったが最後の最後がこれか……
「それじゃあ、観光案内ありがとうございました。失礼します」
「またね……」
「はい」
俺達はそこで別れた。最後の締まりは悪かったが何だかんだ俺の生きてきた中でこれほど楽しい祭りは初めてだった。
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