第46話 教えられるアジ
黄川萌黄からのメールが届いたため彼女達が就寝する客室に向かう。廊下の電気をつけ下の階に降り、廊下を渡って部屋の前で数回ノックをする。
すると、ゆっくり扉が開いた。音が立たないようにして寝ている二人を起こさないようにするという気づかいが感じられる。
「……こんばんわ」
「はい、こんばんわ」
「あの、言いづらいんだけど……」
「おしっこ漏れそう、でも一人で行くのは怖いから付いてきて欲しいということですよね?」
「……………………もっと言い方とか無いの?」
「直球で言った方が時間が短縮するかと思いまして。僅かな時間のロスで先輩がトイレに行くのが遅れ漏らすことになったら大変ですから」
「…………だとしても、オブラートに包んで欲しいな……」
「そうですか。申し訳ありません。では、早く行きましょう」
「う、うん」
彼女は部屋を出て俺の後を付ける。大分距離が近く彼女はさり気なく俺のパジャマの裾を掴んでいる。そこが可愛くてドキドキする。
外はかなりの大雨が降っており風も強く、雨と風の強い音が僅かながら不気味さを感じさせる。しかし、そんなことより彼女の方が印象が強く俺としては全く怖くない。
「ううっ……不気味だよ……」
「そんなことは無いですよ。お化けなんて一度もこの家に出たことはないって先程も言ったじゃないですか」
「今日偶々居るかもしれないじゃん……」
「気持ちはわかりますがダイジョブですって」
彼女は内股で歩くが中々進めない。よっぽど我慢してたようだ
「あ、ちょ、ちょっと待って。一旦、落ち着きたい……」
「ダイジョブですか?」
「ヤ、バイかも……」
彼女は顔を蒼くした。色々最悪の事を考えている様子。ここは安心させてあげよう
「ど、どうしよう……」
「先輩大丈夫ですよ」
「え?」
「漏らしても誰にも言いません。すぐに片づけますから」
「漏らす前提で話さないでくれる!? 漏らさないから! あと、言うとしてもオブラートに包んでてって言ったよね!?」
「すいません……」
「ああ、もう……なんか落ち着いた……」
「それは良かったです……ええと……洪水しないようにトイレ行きましょう」
「……取りあえずオブラートに包んでくれてありがとう」
俺はトイレの前で歩みを止めた。
「外で待ってますから」
「うん……それで……その……」
彼女が何か言いたげな表情をしている。だが大丈夫だ。俺は彼女の言いたいことが全て分かっている。トイレ内の音が聞こえたら嫌だという事だ。俺は紳士だからすぐにでも対応する。
「大丈夫です。スマホで昔話の桃太郎を流しておきます」
「あ、うん。気遣いありがとう……」
「どういたしまして」
彼女がトイレの中に入って行ったのでスマホで桃太郎を流す。
『昔々、あるところに……』
◆◆◆
その後、彼女は洗面台に手を洗いに行くのでついて行った。
「か、鏡に映ってるの僕だよね? 不気味に笑ったりしてない?」
「してないですよ」
彼女は目をつむり手を洗うとそのまま鏡を見ずその場から逃げるように去る。俺もそれについて行くが……よっぽど怖い話をされたんだな……
彼女は一人暮らしの為基本的に怖い話などには極力関わらない。生活がままならなくなるからだ。怖い話のCMが出るだけでそのチャンネルを変え三か月はそのチャンネルは使わないという徹底ぶりだ。だからこそ怖がりでも一人で生活できるのだが……今回は銀堂コハクに怖い話をされ何もできなくなってしまったのだろう。
俺も怖い話は嫌いで控えるようにしてはいるがトイレにはひとりで行けるな。一応……幽霊屋敷とかは難しいが……
◆◆◆
再び部屋の前。
「あ、あ、あ、ありがとう……ひ、一人じゃいけなかったから……」
「いえ、お気になさらず」
「それと、さっきは混乱してたから強めに言っちゃった……ごめん……」
「仕方ないですよ。大分切羽詰まってましたからね。誰でもあんな感じになりますよ。それより遅くまで起きていると美容の敵です。早く寝ましょう。明日起きられなくなりますよ」
「う、うん、そうする……おやすみ……」
「おやすみなさい」
俺はその場から立ち去り二階に上がって行く。彼女が大洪水を起こさなくて良かった。
◆◆◆
僕は昔の事を思い出していた。父と別れた母と二人で暮らしていた時の記憶。
『えーーん。お母さん! トイレいけない!!』
『大丈夫、お母さんが一緒に行ってあげるから』
怖くて一人でいけない。いつもお母さんに手を引いてもらった。
『お、お母さん。そ、そこにいる!?』
『いるから大丈夫』
『こ、怖いから何か歌って』
『それじゃあ、桃太郎の歌を歌うわね……も~もたろうさん、桃太郎さん♪ 御腰につけた~きび団子~一つ私にくださいな♪』
トイレの中に居る時もそこに居るのかかが不安で何度も確認して歌を歌って貰った。懐かしくて大切な記憶。心が落ち着く。
先程も昔と似たような安心感があった。お母さんと一緒のたくましい背中。慈愛。まるで、お母さんが……生き返ったような……そんなはずはないのだが錯覚するほどだ。また、寂しさを感じてしまった。
――でも、もう一度あの安心感、慈愛を受けたい
……何を考えているのだろう? 僕は軽く首を振って思考を中断した。
僕は自身の布団に横になる。僕は二人の真ん中に位置取りをしている為両隣の可愛らしい顔が良く見える。この二人の気持ちよさそうな顔を見ていたら起こすなんてできないから彼に頼んだのだ。最初は頼んでいいのか、おこがましくないか色々悩んでしまったが……彼に頼んだのは……
――それは、正解だった気がする。
◆◆◆
目覚ましが鳴り俺は目を覚ました。僅かな眠気が残る中下の階に降りていく。リビングからはトントンと何かを切る音が聞こえてきた。
「十六夜君、おはようございます。すいません、勝手に台所を使ってしまって」
「いえ、構いませんよ」
銀堂コハクが朝ごはんを作っていたようだ。家庭的過ぎるな、そして、寝巻のままだがそれも風情がある……
「朝ごはんはもう少しでできるので座っててください」
「はい」
二人はまだ起きてこないのか……。火原火蓮は朝が弱いことは知っていたが黄川萌黄はそんなはずないんだが……もうすぐ朝ごはんだ。ここは起こしに行くべきだろうな。
「俺は二人を起こしに行ってきますね」
「作り終わったら私が行きますよ」
「いえ、これくらいさせてください」
「そうですか? ではよろしくお願いします」
「はい」
俺はリビングを出て客間に向かう。室内に入ると仰向けになりながら気持ちよさそうに寝る二人の姿があった。火原火蓮はお腹を出しており少し顔はにやけている。
黄川萌黄は火原火蓮の手を握って満足げな表情。天使より尊い彼女達の寝顔をこれ以上見れないのは残念だが起こさなくてはならない。
「火原先輩起きてください。朝です」
「んんっ……世界の半分くらいじゃ私は買えないわよ」
どうやら寝ぼけているようだ。一体どんな夢を見ているんだ? 幸せそうにニヤけてるから相当満足感のある夢なんだろうが……
「起きて下さい」
俺は肩を揺らす。しかし、なかなか起きない。何度も揺らす。グラグラ何度も強めに揺らすことで彼女はようやく目を開けた。薄っすらとだが……
「先輩起きて……」
「ううっ……あれ? 魔王十六夜は?」
「寝ぼけてないで早く起きてください。朝ごはんがもうすぐできるそうですよ」
「ああ、うううん、そう、ね」
彼女は僅かに眠気が残っているようで頭をフラフラさせながらリビングに向かった。しかし、足が布団に引っかかり俺の元へ転んだ
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫。後五分このまま……」
彼女は俺に寄りかかるとそのまま瞳を閉じた。吐息が聞こえる。起こしてあげたいが仕方ない。先に黄川先輩を起こそう。決してこのままで居たいとかではない。
「黄川先輩も起きてください」
「うう……」
彼女は直ぐに目を覚まし状況を察した。
「ああ、ごめん。起こしてくれてありがとう」
「いえ、朝ごはんができますから行きましょう」
「うん……え? 火蓮ちゃんどうしたの?」
「五分このままだそうです。仕方ないので五分このままで居ます」
「あ、そう……それじゃあ先に行ってるから」
その後、起きて状況を自覚した火原火蓮がびっくりしてアタフタしたのだった
◆◆◆
三人で食事をとった後は早めに家を出た。家から一緒に出るところを万が一にでも見られたら不味いという理由。彼女達に変な噂がついたら大変だ。
今日は『魔装少女』三人並んで話している。真ん中に黄川萌黄。その左に銀堂コハク、右には火原火蓮。
「やっぱり早起きは苦手ね」
「これくらいで何を言ってるんですか? 早起きと言うのは四時に起きることを言うんですよ」
「それは早すぎじゃないかな?」
少し早めだがその日は学校で朝をのんびりと過ごした。
◆◆◆
この日は特に何てことのない一日であったが学校側からネットの使い方に関するお便りが配られた。さらに俺は知らなかったのだが新聞部が活動休止になっていたらしい。佐々本から聞いてビックリした。
いつの間に!? と言う感情を隠せないが話を聞く限り最近らしい。教師陣も流石にあの新聞はアウト判定だったみたいだ。
そんな感じの大したことない一日。
その日の放課後。銀堂コハクの誘いで図書室で勉強会をすることになったのだが……
「あ、ここ違いますよ」
図書室内は当たり前だが本が多数、勉強できる机と椅子が置いてある。俺たち以外にも勉強をする気の生徒達はそれなりにはいるが席は所々空いているため、その一角を使って俺達は勉強している。
「ここも違うわね」
「あ、ここも違うよ」
彼女達三人と一緒に居るわけだが中々厳しい。三人は全く勉強する必要がないため全員で俺を教えてくれるのだがちょっとプライド的に……俺の方が精神年齢的に年上のはずなんだが……
「十六夜君スペルミスが多いですよ?」
「十六夜、ここさっきも間違ってなかった?」
銀堂コハクは優しく諭してくれる。火原火蓮は気合を入れる為なのか軽く頭をポンポン叩く。
「もっと、SVCを意識しなきゃダメだよ?」
黄川萌黄は的確にご享受してくれる。三人は俺に良い点数を取って欲しいのか毎日、ご指導してくれた。
周りからの視線も凄いし、かなりきついこともあるのだが三人の気持ちを無下には出来ずテストの日までひたすら勉強漬けだ。
そして、中間テストの日がやってくる
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