第22話 最悪を倒すモブ
火原火蓮が去った後俺は後ろを振り返り、すぐに隠れている坂本に話しかける。
怖いと言う感情を押し殺して……。
「居るのは分かっている。出てこい」
そう言うと曲がり角からフードを被った坂本が出てきた。フードのままなので顔は良く見えない。
「せっかくだ。フードを取ったらどうだ? まぁ、顔を出せない位俺が怖いなら無理にとは言わないが……」
坂本はゆっくり手をフードに伸ばし顔を見せる。彼の顔は怒りであり、既に理性をなくしているように見受けられる。フードを取ると坂本が歯をぎしぎしと歪めながら懐からナイフを取り出した。それに応えるように俺も水鉄砲を両手に構える。
本当にこんなもので勝てるのだろうか? もし、刺された場所が国語辞典がない場所だったらという不安が湧いてくる。しかし、俺がここで立ち向かわないといけない。
ここでバッドエンドに終止符を打つ!!!! そして、火原火蓮をここで救う!!!
「お前は昔のアイツに被り俺の屈辱を思い出させる……それが許せん。いつか、いつかと思いながらもずっと果たせずにいた恨みがようやく叶う……」
「とんでもない迷惑だな。逆恨みもここまで来るとキモイな」
「殺す!!」
「別にいつ来ても構わんがせっかくだ。その過去について話してみろ。どうせ大したことはないんだろうがな」
挑発するように俺が言うと体を怒りで震わせながら坂本は語り始めた。ナイフをこちらに向けていつでも殺せるとアピールしながら。自身が有利な立場と確信しているな。油断大敵だぜ。
「いいだろう!! 話してやる! 僕が高校生の時だ。クラスに赤井孤火奈という人物が……あああああ!」
話の途中で俺は水鉄砲を発射した。こんな奴の話に付き合う必要は一切ない。そもそも知ってるし、こんな油断しているときを逃す手はない。
「目があああああ!!!」
前回よりさらに強化した激辛唐辛子入り水鉄砲。コチュジャンをブレンドしている。普通より目に染みて、そして痛い。
すかさず警察に連絡。恐らく火原火蓮も連絡をしているとは思うが、念押しの為。
「あ、警察ですか? 七色町の駄菓子屋の近くの所にナイフを持った男が暴れてるのですぐ来てください。大分ヤバい人です。すぐにお願いします」
目を開けられない坂本は手当たり次第に俺に突進してきた。大体声のする方に来たのだが、俺はしゃがんでいた。
それに躓き、奴は転ぶ。転んで大の字になった坂本の股間を蹴り上げる。
「め、めがああああああ」
前回は傷害罪にならなかったので、安心して今回はこいつをぶっ飛ばせる。とは言っても股間しか狙わないが……。
何度も蹴り偶に顔と痛さで口を開けたら水鉄砲を発射して、警察が来るまでの時間を稼いだ。恐怖はもちろんあったので、途中でアイツが手から離したナイフは真っ先に蹴飛ばした。
◆◆◆
アイツは普通に捕まった。俺も連行され……またお前か!!! と言う顔をされたが、普通に今回もある程度で解放された。
こいつもヤバい奴か? みたいな顔されたのが少し傷ついたが……。
それにしても恨みで色々見えなくなっていたおかげで色々助かった。
作戦が大体成功したな。昔話をしてくれと言って油断したところを水鉄砲で攻撃。その後何とかして警察が来るまでの時間を稼ぐために股間を蹴りまくったのは、やっぱり正解だったな。股間はどうやっても鍛えられないし、男の最強の弱点だからな。
これがすべてうまく行ったのは、勿論アイツの精神がおかしい状態であり、冷静な判断ができていなかったからだ。
アイツはどこか元からおかしい人間だったのが、火原火蓮という人物に会うことで、因縁を思い出し壊れていった。元々の壊れていた性格を利用してタイマンに持ち込んだが、やっぱり怖かった。
死の恐怖とはそう簡単に慣れる物じゃない。ストーカー、サイコパス、この刃物を持った二人と戦い、それが良く分かった。
こんなに準備しても怖いものは怖い。物凄い才能がある奴なら話は違うのかもしれないが、俺はやっぱり普通の凡人だな。少し劣等感が生まれるが、坂本は豚箱にぶち込んだわけだし、これで暫くは悩む必要ないか。彼女が死ぬことはないしな。
いや、一つ心に引っかかるな。火原一家の事になるが……
だが、これはバッドエンドには何の関係もない。本来の『ストーリー』の話でも起こりうるから、俺は何かをする必要はないし、そしてすることもできない。火原夫妻の離婚は俺には止められない。
あくまで家族の問題であり、そこまで俺が介入する必要はないだろう。そして、したとしても何ができると言うのか?
離婚はしても、しなくても世界は滅びないし、本来の『ストーリー』では別れても世界は救われた。ならば別に首を突っ込むことはしなくていい。だけど……。
電車に乗っていた時、仲のいい親子を見る時の彼女の羨みと悲しみの顔を思い出した。
『ストーリー』では彼女の両親は離婚する。彼女は両親が仲が悪いことに前から気が付いていた。でも、それを認められなくて、勇気が出なくて何もできずに離婚を迎えてしまう。
彼女の両親である、火原孤火奈と火原炎羅は高校時代からのクラスメイトらしい。『ストーリー』でも坂本典礼は出てきたが、それは両親の過去にだけだ。それっきり『ストーリー』には出てこない。
いわゆる両親のかませ的な位置付けだったのだが、『ifストーリー』では一単色高校の教師になり、最悪そのものになっていた。両方のストーリーでも坂本に絡まれたのを助けた事をきっかけに両親は結婚。
『ifストーリー』では二人の仲に溝があるのは少し書かれた程度だが、かなり深いものだというのは感じ取れるものだった。火原火蓮が死んでしまった後、結局二人は離婚したらしい。お互いに一切反対はしなかった。
『ストーリー』との多少の差異はあるが、やっぱり彼女の両親は離婚をしてしまうと俺は考えている。どちらの世界でも二人の中には何年も前から溝があったことは否定できないからだ。
なぜ溝が出来てしまったか? それは二人の一緒に働いている勤務先が関わってくる。二人は最初は仲が良くオシドリ夫婦だったが一緒の職場というのがまずかった。
火原火蓮の母、旧姓赤井孤火奈はとんでもないスペックと美貌を持っていた。会社ではドンドン出世してエリートと言われた。
火原炎羅は努力家だが、それだけではどうしようもない。彼女との差がはっきりと出てしまった。同じ職場ということもあり、それがさらにもろに出てしまった。
会社内では二人が夫婦ということもあり比べるなと言うのが難しい。火原炎羅に劣等感が生まれ始めた。自分よりはるかに優れている彼女が自分と一緒に居ていいのかという疑問。
火原孤火奈は気付いていた。自分の夫が何か悩んでいて、そして会社内では自分と比べられていることに。だが、彼女は何と言っていいか分からなかった。上から目線の同情と思われるかもしれない。
これが何年も前からずっと続いていた。最初はほんの少しだけの違和感だった。だがそれが徐々に大きくなっていき、自分たちでもいつからか分からなくなるほど話さなくなってしまった。子供にはあまりそういうのを見せない様には誤魔化していたが、それすらできなくなりつつあった。
いつからだろう。そしてこのままでいいのだろうか? その思いは両者にあったがすれ違い続け……彼女が魔装少女になった年の冬に離婚することになる。
お互いに嫌いではない。愛していたのだが、それ故のすれ違い。何処かもどかしくある火原一家の崩壊。これにより火原火蓮は母親に引き取られて……。
『赤井火蓮』という名に代わる。父親は実家に戻ったそうなのだが、そこからはあまり触れられてはいない。
火原火蓮は、いや赤井火蓮は物凄い後悔が残った。自分が何かを変えるべきだったのではないか。気付いていたのに勇気が出なくて何もできなかった、しなかった自分を嫌悪してしまう。しかし、そこは仲間である魔装少女が何度も慰め、何度も泣いて前に進むと言う決意をする。
今の彼女には両親には何も言えず、離婚は止められない。かと言って俺がどうこうする問題でもない。彼女の家族問題まで俺は解決するために動かなくてもいい。
何かが引っかかりながらも俺は自宅に向かって歩いて行った。
◆◆◆
十六夜と別れた後、しばらくしてサイコパスを倒して警察に引き渡したという連絡が来た。ホッとしたが同時に自身を嫌悪した。
──逃げてばかりだ
何もかもから逃げてばかり。二次元にのめり込んだのも、現実からの隠れ蓑にするためだったのかもしれない。両親の不仲から目を背ける為の……。
その日の夜、少し遅い時間に警察が私の家を訪ねて来た。何でも今日捕まったのはこの間会った一単色高校の教師である。坂本典礼であったらしい。
そして、その名前を聞いたときパパとママが驚いた顔をしていた。警察の人からの話を聞くと嘗てのパパとママへの恨みが私に向いて、私を襲おうしたと供述しており、それで詳しい話を聞く為に訪ねて来たと言う。
坂 本典礼が言っていることは偶に支離滅裂だが、纏めると十六夜が嘗てのママを庇ったパパに似ていたことで殺意がそっちに向いたらしい。
一単色高校の校内で十六夜が坂本に何やら釘を刺すような言動を取ったことが原因であり、そのためまず目障りな十六夜を排除するために私と十六夜をストーキングしていた。
パパとママは高校時代の話を刑事さんにしていた。私もその場にいたのだが初耳の内容だった。昔そんなことがあったのかという驚きと、その因縁が今になって目覚めていたという恐怖。
もし、十六夜が居なかったらどうなっていた? 下手したら一単色高校内で既に何かされていたかもしれない。されなくても、ストーカーされ酷い目に遭っていたかもしれない。
そうか……。だから十六夜はあんなに警戒をしていたんだ……。何故か分からないが、坂本典礼が危険ということに誰よりも早く気付いて、それで動いていた。
本当に凄い……。そして辛い。羨ましい。
私にもそんな勇気があれば、家族が変わることもあるかもしれないのに。それが私には無い。もし、彼みたいな勇気があれば……。
警察の人には私は何もされていないことを伝えて帰ってもらった。
「火蓮大丈夫だったの?」
「うん、私はなんともないよ」
ママが私を抱き寄せた。心配してくれてるのが伝わってくる。パパも心配と安堵の視線を私に向けていた。
ここでパパも私に抱き着いて欲しかった。三人で心を通わせたかった。
「本当に良かったよ。火蓮、十六夜君とはどんな子なんだい?」
「えっと、私の後輩でオタク仲間見たいな感じ……」
「そうか。お礼を言いたいから今度家に呼びなさい」
「うん、わかったよ、パパ」
どこか心に違和感が残りながらも私は自室に戻った。もう、後戻りはできないのかな……。
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