第17話 自作ヒーローを妄想していたモブ

 俺が凡人ということは直ぐに分かった。昔からヒーローとか、勇者とか、英雄とかそんなすごい感じの存在に憧れがあったが、そんな夢は無くなった。


 本当に小さい時は自作のヒーローを作ってずっと演じていたが、そんなのも所詮空想だ。馬鹿みたいに設定を考え、物凄い頑張って作ったあのヒーローは、何故か未だに記憶に残っている。だが、所詮、空想。何の意味もない。


 小学生の時は何となくで適当に過ごした。凡人ということが分かってしまったが故に、何かに打ち込むということができなかった。やっても無駄だと思ってしまったのだ。


 何かが変わったのは、中学生の時だ。ある日一冊の本を見つけた。その本は少女たちが傷つきながらも真っ直ぐ進んでいく英雄譚だった。


 その本を読んでいるときは自然と夢を見れた。凡人だった俺が何か特別な思いをしているような気がして楽しかった。

 だけど、その夢と楽しい時間も高校生の時に終わりを告げた。その物語が完結してしまったのだ。そこからは以前と同じ普通の生活がスタートすることになり、高校を卒業して大学に通うことになった。


 そんな、ある日だ。昔好きだった作品が再び発売されたと聞いたのは……。




 気になって既刊分三冊全部を読んだ。結果不機嫌に俺はなることになる。胸糞悪い以外の何物でもないその作品は発売が中止になった。まぁ、当然だな。スッキリした気分になった。


 それからしばらくしたある日、大学に通う道を歩いていると一人の子供がボールを追って道路に飛び出した。そしてそこに車が……このままでは死ぬかもしれない。


 何故か咄嗟に体が動いた。その時、脳裏には家族の顔。そして、その後、あの少女たちの顔が……。

 そのまま……ああ、最後の最後に浮かぶのが彼女達の顔かよ。


――やっぱり俺は彼女達に……。




 久しぶりに見たな。車に轢かれて死ぬ夢。こんな変な夢を見たのは『影の英雄』というラノベを読んだせいだな。変な考えが頭に残っていたのだろう。


俺はベッドから起き学校に行くための準備を開始する。今日は結構重要な日とも言えなくもない。



 始まるはずだ。火原火蓮のバッドエンドであり『ifストーリー』二巻の内容である。合同体育祭イベントが……。



 このイベントは正直前回よりも楽とは言わないが前回のように二つのバッドエンドが重なり合わない。銀堂コハクの場合、多数の不良とストーカーだったが、今回は一つだけであり一点集中で行動できる。


 合同体育祭の実行委員で行われる合同会議にバッドエンドが関わってくる。『ifストーリー』では火原火蓮は実行委員になる運命だった。だからと言って実行委員にならなければどうにかなるというわけでもない可能性がある。



 どちらにせよ、俺は実行委員になるつもりだ。火原火蓮はじゃんけんで負けて実行委員になるはずだが、もしかしたらならない可能性も無くはないのかもしれないが関係ない。


 なるかもしれないという可能性で動く……それだけだ。俺がすることは。




◆◆◆






 朝登校すると既に体育祭の話題が出始めていた。教室内では期待に胸を膨らませる生徒達が多い。


「ここで女子に良いところを見せて……」

「他校に下剤を盛るか?」

「なるほど、急に俺達が運動神経が良くなることはない。ということは?」

「そう! 俺達が上がるのではなく。他を下げるということだ!!」

「天才か……」


 男子達は自分たちの良いところを見せたいのか、結構エグイ事を考えている。佐々本も混じって陰湿な作戦を立てているのだが、こういう少し楽し気な雰囲気になっているのは喜ばしい。


 バッドエンドである『ifストーリー』は繋がっている。この時間軸は銀堂コハクは殺されているので、もっと体育祭どころの雰囲気ではなかったのだ。かなり殺意が芽生えてる男子生徒がいるが、こういうのも茶番ができるのがなんか心地いい。頑張って良かったと心から思う。


「金親元次にも盛るか?」

「いや、アイツは見破る」

「クソが、何とか陥れられないのか……」


「なにやら面白い話をしているな。男子諸君」


あ 、金親が来た。男子達の殺意がピークを迎える。佐々本が代表して金親と向かい合いメンチを切る。しかし、身長差が凄いので佐々本が見上げて金親が見下ろす形になる。


「あ? 何見下ろしてんだ? 自分の方が上とでも思ってんのか?」

「僕が他者を見下ろしたことなどないさ。なぜなら常に高みを目指し上を向いて行くからね。だが、君がそう感じたのならそれは、君が勝手に僕を見上げてるだけさ」

「「「「きゃー、かっこいいいい!!!!」」」」

「ぐあっはは!!」


 女子の声援で佐々本が完全敗北し吐血をするイメージが浮かぶ。佐々本が金親に絡んで勝てることなど無いだろう。あちらはイケメン、金持ち、高身長、清潔感の塊、言う事なんかカッコいい。

 それに比べて佐々本は、フツメン、平均身長、エロ本好き。

 勝てる要素無いな。


「佐々本おおお!!!!」

「畜生! これが顔面偏差値の差か……」

「俺たちを軽く踏み台にしやがった……」


 朝から楽しいクラスで何よりだな。ちなみに金親の席は野口夏子の後ろである。つまり結構頭がいい。クソが!!




 さて、ホームルームの時間に六道先生から連絡が入る。恐らく実行委員のことだろう。俺がやるしかないな。


「二週間後、一単色高校との合同体育祭が控えているのは知ってると思うが、それに伴い各クラスか一人実行委員を選出することになっている。誰かやりたい人はいるか?」


「先生具体的には何をするんですか?」


 野口夏子が手を挙げて六道先生に問う。内容は結構面倒な物だった気がする。


「一単色高校の実行委員との体育祭のプランについたり会議、クラス内での個人競技、団体競技の説明、出場競技決定、後本番である体育祭の運営も行う」


「うわ、面倒」

「誰得やねん」

「なぜに関西弁?」


 こんな面倒な役職をやりたい生徒なんているだろうか? いないだろうな。皆難色を示してるしな。


「あの、俺がやります」


 俺が挙手をして役員になることを宣言。皆が驚きの目線を向けてくる。ドМとか思われてないよね?


「ほう、黒田。お前がやるのか?」

「はい、やります」


「え、黒田君が?」

「へぇー。やるじゃん」

「皆が嫌な事を進んでやるなんて」


 あ、ちょっと女子の評価が上がった。


「十六夜。懸賞金賭けるか?」

「畜生、とんだ策士だったか」

「まぁ、フツメンだから情状酌量の余地はまだ有りじゃないか?」

「十六夜。君も僕と同じ高みを目指す人間か」


 男子の評価は下がった。若干一名上がっても嬉しくない奴の評価が上がったな。



「では、黒田頼むぞ。放課後実行委員で最初の会議があるから忘れないようにな」

「はい、分かりました」


 恐らくだが、火原火蓮も実行委員のはずだ。昼休みに確認を取るが……。男子達の嫉妬、ほんのりとある女子からの尊敬の視線に曝されながらも今後のことを考えた。



◆◆◆




「え!? 十六夜も実行委員なの!?」

「はい。先輩も実行委員とは奇遇ですね」


 バッドエンドの『ifストーリー』ならそうなって当たり前であり、勿論知っているが白々しく奇遇などと嘘をつく。こちらは合わせに行ったようなものだが、本当のことを言っても仕方がない。


「私はじゃんけんで負けちゃったのよね……」

「俺は自分から立候補しました」

「嘘!? こんな面倒な役職に自分から!?」


 彼女は信じられない物を見るような目でこちらを見てきた。まぁ、結構大変だから自分からやる人は少ないかもな。


「内申書が良くなるかと思って……」

「あー。そういう事か。確かに悪い事だけじゃないかもね」


 彼女は納得したような表情を浮かべた。これくらいの嘘は容易いな。俺の適応力も上がってるな。


「でも、めんどくさいわよ。めんどくさいわよ!!!」


 あー、そんなにやりたくないのか……。ヒシヒシと伝わってくるぞ。二回も言うくらいだからな。


「仕方ないですよ。諦めてください」

「そうよね。本当に、どうしようもなくめんどくさいけど私がじゃんけん負けたのが悪いから……………………納得するわ」


 本当に納得してるのか? 言葉と表情が全く合ってないんだが。納得はしてないだろうが彼女は責任感は強いからしっかりと実行委員はこなすだろう。




 とりあえずは放課後の会議だな。


◆◆◆



 そして、放課後。各クラスから一名ずつ集まった生徒九人で集まり、会議が始まる。場所は多目的室。机と椅子が用意してあり、教師は立ち会わない。生徒の自主性のため俺達だけで会議は行われる。


 火原火蓮は自然と俺の隣に座った。ちょっと嬉しい……。



 おっと。会議に集中。


「それでは、実行委員による会議を始めます。今日は簡単な説明、競技の確認、実行委員の仕事説明、等を行って行きます。よろしくお願いします。今年から体育祭は大分変わるのでクラス内で説明できるようによく聞いておいてください」


 三年の如何にもリーダーっぽい人が説明を始めた。男子生徒で眼鏡を掛けている。この人『ifストーリー』の方にしか出てない人なんだよな。しかも、あんまり印象強くない……。


 『ストーリー』の方にも合同体育祭はあったが、本当にあっさりとした終わりだったんだよな。この合同体育祭はもう大したことのないイベントだった。パパっと終わって次々と進んでいく感じである。それが『ifストーリー』であんな感じになるとはな。



「体育祭は一単色高校と合同で行います。同時に高校での対抗戦でもあります。午前八時半から六時ほどまでで計画を立てています。昼休みは十二時から一時までの一時間です」


 配られた資料に目を通しながら説明を聞く。同時に自身の覚えている限りの知識と比べる。大体、俺が知っているのと同じだ。



「競技は各クラスで出場する団体競技。校内で限られた人のみが出る個人競技があります。団体は各クラスごとで出る競技が決まってますから自身のクラスで後は確認してください」


 うちのクラスの団体競技は綱引きか。知ってるけど。


「すべての競技が終わった後フォークダンスも予定に組み込まれています。これは自身の組みたい相手と組んで踊ります。男女ペアでも構いません」


 うちのクラスの男子が聞いたら泣いて喜ぶだろうな。合法的に女子の手を握れるからな。ペアを組めたらの話だけど。


「個人競技については各クラス男女一人ずつ二人選出してください。借り物競争とパン食い競争そして二人で一緒に出る二人三脚があります」


 うちのクラスだったら金親と野口か銀堂かな? ここら辺は運動神経もいいし容姿もいいしで人気もあり皆納得するだろう。ああー、でも二人三脚あるなら出たがる奴らが多そうだな。



「明日の六時間目は体育祭準備の時間として与えられているので体育祭の説明、そして選手選出を行ってください」



 クラスで司会進行上手くできるかな? グダらないようにしっかりやらないとな。だがそれより大事な事がある。


「そして、明後日の一単色高校との合同会議ですが……」


――これだよ。問題なのは。


 一番の難所と言えるものだ。だけどここでしっかり脅して釘を刺し、ヘイトを俺に向け、豚箱にぶち込めばいいという流れは俺の中で出来ている。



「放課後に実行委員全員で一単色高校に向かい行うことになっています」




「本番は実行委員は運営としても働いてもらいます。点数カウント、けが人や体調不良者の対応など、ここに関しては先生方も協力してくれるようです」



「だいたい説明しましたが何か質問があればお願いします」


 誰も手を上げない。眼鏡先輩はぐるりと見回し質問者がいないことを確認する。


「では、短いですがこれで終了とします。明日の時間にクラスでしっかりと説明、選出ができるように資料をよく読み返しておいてください」


◆◆◆



 そこまで時間はかからず会議は終了した。俺と火原火蓮は一緒に室内を後にして帰路につく。


「明日はめんどくさいわね」

「そうですね」


 道を歩きながら彼女は仏頂面で告げた。めんどくさい今日で何回言っただろうか?


「私あんまり人の前に出るの得意じゃないのよね」

「大丈夫ですよ」

「もう、本当にめんどくさい……」

「お互い頑張りましょう」


 明日は大丈夫だが、問題は明後日の合同会議。できるならRTAくらい速攻でバッドエンドを回避したいところだな。




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