新しい生活スタイル

科学的空想

新しい

ビールグラスが振れる音が、天国の入り口で鳴っている鈴の音のようだ。

 聞いたことはないが。

「やはり、顔を付き合わせて、こうやって飲むのが楽しいんだよな」

「ほんまや。オンラインなんか味気ない。それやったら一人で飲んだほうがましやで」

「全てのウィルスに効く、自働でアップデートするワクチンの開発で、元の世界に戻ったな。コニュニティーにいないと人間はダメになるんだ」

「完全在宅ワーク時代の自殺者の数は凄かったもんな」

「葬式、結婚式はもちろん。刑務所も在宅だぞ。死刑も在宅。食事を含め、ほとんどのものは無人3Dプリンタが作るんだからな」

「生まれてから死ぬまで、誰とも会わずに死んでいく人もおったな。親の顔も一回も見んと。そりゃ、おかしくなるわけやで。金魚鉢の金魚でも二匹はおるで」

「ん? 何かビールの味がおかしくないか?」

「そうか?」

 この二人の会話も、もう長くは続かない。

 人類は自働アップデートワクチンにより、駆逐された。ワクチンが人間をウィルスと認定したのだ。

 そこで、進化していた人類は、全人類の記憶をスーパーコンピューターに保存し、ヴァーチャルの世界で生きることを選択した。

 それから二五三二年。

 スーパーコンピューターは全て故障。人類の記憶はネットで繋がれた世界中に残されたパソコン上のハードディスクを転々としていた。

 しかし、そのパソコンも稼働しているのは、最後の一台。

 「窓(複数形)」という名のついたOSで動くノートパソコンのみ。ハードディスクの容量の関係で二人の記憶しか入っていない。

 関西人と関東人という、かつて存在した日本人の一種のようだ。

 だが、このパソコンも、そろそろ寿命のようだ。


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