第63話 進
「っはぁ! 何とかなったぁ」
聖域から脱出してすぐ、智貴たちは大きく息を吐いていた。
聖域の内部にいた際には自覚していなかったが、思っていた以上に身体にも負担がかかっていたようで、一気に身体が軽くなった感覚につい、息を吐いていたのだ。
「それでマーリス、この前俺にやった、魔界に送る魔法を使えるか? 正直、全員かなり疲弊している状況で戦うのは遠慮したいんだが」
智貴がそう言うと、マーリスは少し考えるそぶりをすると、頷きながら口を開いた。
「逃げるようで癪ではあるが、確かにいい手だな。三人を送るぐらいならば、まだ何とかなる、と思う。だが、その後はあまり魔法を使えなくなるかもしれないが、いいか?」
「……そうだな、そこからは俺たちが何とかする、だからあいつらだけでも無力化、というか先送りにしておきたい」
智貴がそう言うと、マーリスはすぐに魔力を集中させ始めた。
その様子を見て周りの智貴たちもそれぞれ動き始めた。
もしマーリスが失敗した時のために、倒せるかは分からないまでも、足止め程度は出来るように智貴は弓に矢を番えて構え、フレアも自身の周りに火球をいくつも浮かべ、ムーナは周囲の魔力を集め始めた。
唯一、ゴランは攻撃用には動き出さなかったが、周囲を警戒するように辺りを見回していた。
そしてそれからさほど時を置かずに、智貴が真っ先にそれに気が付いた。
「! そこ! 壁際の所から出てくるぞ!」
そして、智貴が弓を向けながら叫んだと同時、マーリスは用意していた魔法を歪み始めた地点へと座標を合わせ、姿が見え始めたと同時に発動させた。
「
「え!? ちょ、嘘!?」
一瞬、セシリアの叫ぶような声が聞こえた気もしたが、案外あっさりと魔法は成功してすぐにセシリアたちの姿は見えなくなってしまった。
「……そんなあっさりと上手くいくものなのか……?」
どこか、少し腑に落ちないような気持ちになって、目標がいなくなってしまったまま弓を下ろして智貴はそう呟いてしまった。
「ま、まあ、上手くいっていいじゃねえか、それより早く目的を達成しに行こう」
フレアも少しやるせない気持ちになっているのか困ったような顔をしながらも、火球を霧散させてそう話しかけてきた。
「……そう、だな。今のうちに梓達を助けに行こう、こっちだ!」
智貴も何とか気持ちを切り替えると、弓矢をしまって移動し始めるのだった。
「済まないな、リック。もう、終わりにしよう」
一方、ルーカスとリックの戦闘は終始、一方的な戦いであった。
リックは勤勉の天使、ガブリエルの力を十分に引き出して、かなり強力な存在となっていた。
単純な戦闘力、武器の扱いや魔法に関しては、誰にも負けることの無いようなレベルへと昇りつめてはいたのだが、それだけではルーカスには勝てなかった。いや、相手が悪かった、とでも言うべきだろうか。
ルーカスは、この世界でも珍しい時魔法の使い手で、たとえリックがどれほど早く動こうと、どれほど強力な魔法を使おうと、時間を操作することで全てを無効化し、不可避の攻撃を一方的にしてしまうのだった。
確かに、リックは強かったが、しかし、その真価が発揮されるのは対軍での戦闘で、ルーカスのように大勢に対しては強くは無いが、少数を相手にした場合にこそ強い存在には相性が悪すぎた。
「……流石は兄上ですね。強くなったのだから、もしかしたら勝てるかもしれない、と思いましたが、全く、手も足も出なかったですよ」
横たわった状態でそう話すリックは、体力も魔力も尽きかけていて、身体中を既に切り刻まれていて動けなくなっていた。
しかし、その顔はどこかすっきりしたような顔をしていて、どこか覚悟の決まったような表情をしていた。
それに対して、無傷でリックを見下ろしているルーカスは、強張った表情をして、剣を握る手は力が入りすぎて白くなっていた。
「さあ、早くとどめを刺してください、兄上。もう僕は動けないですよ? それとも、ここまで来ておいて家族だから殺せないなんてことは言わないですよね?」
どこか、挑発するような言葉を吐きながらも、むしろルーカスの背中を押すようなリックに、ようやくルーカスは覚悟を決めた。
「……そうだな。リック、しばらく向こうで待っていてくれ。いずれ、僕もそちらに行ったときには、また兄弟で話そう」
ルーカスは、リックに聞こえるかどうかといった大きさの声でそう呟くと、持っていた剣を振り上げて、心臓目掛けて突き刺した。
一瞬、リックの身体が跳ねたかと思うと口からも血を零しながら、そのまま動きを止めたのだった。
ルーカスは、剣を引き抜くとまとわりついている血を拭い、鞘へと納めて膝をついた。
そしてまだ開いたままだったリックの瞼を優しく閉じると、少しの間、黙とうするのだった。
少しして立ち上がった時には、ルーカスはしっかりと前を向き、力強く地面を踏みしめて前へと進み始めるのだった。
……リックの横たえているすぐ傍の地面がわずかに濡れていたのは、誰も知ることは無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます