第43話 魔族と魔界とside智貴

「やっと見えてきたな……」


 眼前に広がる荒野、その先に魔族領があるのを眺めながら、智貴は呟いた。

 智貴が魔族領へと向けて出発してから、十日ほど経とうとしていた。

 道中、常にと言ってもいいほどに、訓練を続けながら進んでいたこともあって、かなり疲労がたまっていたが、智貴は何とか身体を動かして魔族の長、魔王の元へと、残り少しの道を進みだした。


「それにしても、やけにこの辺りは暗いな……。空気? も重いし、出来るだけ長居はしたくないな」


 魔族領に近付くにつれて思っていたことだったが、空気というか、重力が強くなったような、身体に圧がかかるような感覚を智貴は感じていた。

 空も、常に分厚い雲が覆っていて、頻繁に稲光が走ることで光源を確保できているような状況で、ゲームなどでもまさに最終決戦、とでも言えそうな光景だった。


 とはいえ、早く先に進みたいとは言っても既に身体には疲れも溜まっていて、前回寝た時からかなりの時間が経っていたので、ここらで一度休息をとることにした。

 道中、何度も何度も訓練のためとはいえ、魔獣などの群れに突っ込んでいく際、自分では大丈夫だと思っていても、疲れの所為か危ない場面を何度も経験して、どれだけ急いでいても、むしろ急いでいる時こそ休息をしっかりととることは重要だと理解したからだった。


 しっかりと休息をとった翌朝、野営の片づけをして、出発の準備をして早速智貴は荒野を進み始めた。

 荒野では食料となるものも無く、それを食べる魔獣の類もほとんどなく、たまに地面から出てくる生き物はいたが、完全に出てくる前に智貴は遠距離からの弓での攻撃で撃退していた。


 そのまま、ゆっくりと周りを警戒しながらも、確かな足取りで魔族領、その中央に見える大きな魔王城へと進んでいった。


 それからも、向かって来ようとする相手に遠距離から弓での攻撃をしながらしばらく経った頃、智貴はようやく魔族領へと辿り着いていた。

 目の前には魔族領をぐるっと囲んでいる大きな城壁、そして大きく、ちょっとやそっとのことでは崩れそうもない城門があった。

 しかし、そこには門を守る兵士のようなものは無く、如何したらいいのか智貴は途方に暮れていた。


 だが、何もせずに時間が過ぎていくのは時間が勿体なく思い、とりあえず門に近付いて行った。


 そして、今にでも城門に手が触れようかという距離になったところで、城門の上から無数の矢と魔法の数々が襲ってきた。

 何とか事前に察知できたおかげで避けることは出来たが、いくつかは追撃してくるかのように避けて移動した地点へと襲ってきていた。

 既に体制を崩していて、これ以上避けられないと悟った智貴は弓を構えて矢を番えると、間髪置かずに飛んできた鏃、魔法の核へと向けて矢を放った。


 ここまでの道中で似たような状況も経験していたおかげで何とかやり過ごすことは出来たが、いきなり攻撃されたことに流石に落ち着いてはいられなかった。


 そして、次の攻撃に備えようと構えた時だった、城の方から途方もない速さで飛んでくる強烈な気配に気が付いたのは。

 その気配が近付いてくるにつれて、智貴は身体が震え始めているのを感じていた。


 身体が震えるのを何とか抑えつけて、平静を保てるようになったころ、目の前に一人の魔族が現れていた。

 目の前に現れた魔族は智貴よりも背の低い、とはいえ存在感では圧倒的に負けているだろうと確信できる圧を放っている、背から黒い、蝙蝠のような翼を生やして頭からは二本の角がねじれながらも天に向かって生えている少女だった。


「人間が一人でここに何をしに来た!」


 開口一発目から大きな声でこちらを睨んでくる少女に、智貴は何とか口を開いた。


「攻撃しようと来たわけじゃない、話をしたくてここまで来た。だから、この国で偉い人、魔王と話がしたい」


「……人間が私たちに話だと? どうせ騙そうとしているだけだろう! 話すことなど何もない! 失せろ!」


「騙そうとしてなんかいない! 信じてくれ!」


「うるさい! 人間はいつもそう言うんだ! 早くどこかへ行かないのなら、私がとばしてやる!」


 話を聞いてくれる様子もなく、こちらに腕を突き出してきた少女に、何をしようとしているのか警戒して構え、少女をまっすぐと見ていたせいで、智貴はそれに気が付かなかった。


 気が付いた時には足元の地面が真黒になっていて、避ける暇も無く一瞬でその闇に吞まれてしまった。


 次に気が付いた時には、智貴は先ほどまで立っていた場所とは全く違う場所にいた。


「ここは……どこだ?」


『……驚いた、まさかまだこの魔法が残っていたとはなァ』


 智貴の呟きに反応したわけでは無いだろうが、訳を知っていそうな様子でルシファーが呟いた。


「どういうことだ? ルシファー、ここがどこなのか知っているのか?」


『ああ、知っている。あの魔族が使ったのは、対象を魔界に飛ばす魔法だ。使うのにかなりの才能と魔力を使うから、そうそう使える奴はいないと思っていたが、まさか出来る奴がいるとは思わなかったなァ』


「……魔界ってなんだ?」


『んあ? ……そうか、知らねえのか。魔界は、俺様たち悪魔のいる世界だ。正確には悪魔の故郷、って所か? ここは、俺様たち悪魔の過ごしやすい環境になってるんだよ。とはいえ、弱い悪魔が残ってるだけで、力のある、それこそ俺様のような強い悪魔は刺激を求めて別の世界へと出て行っちまう訳だが』


「ふぅん……それで、ここから出るにはどうしたらいい? 俺も同じ魔法を使えば出れるのか?」


『いや、無理だ。お前にはあの魔法を使うだけの魔力も、才能もない。それに、そもそもの話、ここでは魔法は使えない』


 淡々と、ルシファーに言われて、智貴はようやく事態に頭が追い付いてきた。


「ちょっと待てよ……もしかして、俺はここから出られないのか? 魔法を使えないって、何も出来ないじゃないか!?」


 これまで、魔法を使えていたことで何とか危機を脱してきていたこともあり、魔法も使えない、ここからも出られないという事に直面してしまい、智貴は叫んでしまった。

 しかし、帰ってくるのはどこかから反響して帰ってくる自分の声だけだった。

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