第18話 逃走

「その……ルシファー……様?」


 ハロルドとリリーが倒れてから、梓はおずおずとルシファーに話しかけた。

 何があったのか分からないということもあったが、そんなことよりも智貴のことが心配だったからだ。

 智貴だと思っていた、実際に智貴の身体でいきなり自分はルシファーだと言われても、未だに理解が及んでいなかった。

 声をかけられてこちらに向いたルシファーに少しひるみながらも、梓はしっかりとした口調で質問をした。


「これはどうなってるんですか? 智貴は……どうなってるんですか?」


 その問いに対して、ルシファーは少し困ったような顔をして答えた。


「すまんが、俺様にもどうしてこんなことになってるのかは分からねえ、が、智貴が無事なのは確かだ。そうじゃなきゃ俺様が出てこられる訳ねえからな、俺様達が顕現するには、俺様達が移れる程度の器が無いと話にならん、その器が死んでいるなら猶更出てこれる訳がない。だから、智貴が無事だってのだけは保証してやる、少なくとも今は、な」


 その言葉を聞いて、梓は一安心したのだろう、そのまま脱力してしまった。

 しかし、美咲にはその後に呟いていた一言が気にかかった。


「今は無事っていうのはどういうことですか? この後無事じゃなくなるみたいな言い方は、何か知っているんですか?」


「……まあ、それについてはじきに分かるだろ、後で他のやつらに話を聞けばいい。もう智貴が起きるからな、俺様は消えるだろうよ」


 ルシファーはそう言うが早いか、ふっと倒れてしまった。


 慌てて梓達が近寄ろうとすると、すぐに起き上ってきて、目を開いた。

 その瞳は普段の智貴と同じく黒色で、元の智貴に戻ったと梓達が胸をなでおろした時だった。

 いきなり智貴が頭を押さえて叫び始めた。


「あ、ああ、ああああああがああああああああああ!!」


「「「「智貴!?」」」」


 梓達には一体何が起きているのかも分からず、如何したらいいのかも分からないまま右往左往していると、智貴の身体中から血が滲んでいた。


 とにかく、このままではいけないと思い、智貴を何とか抑え込んで回復魔法をかけたり、鎮静させようと色々と手を尽くした。


 智貴が落ち着いた、というより、落ち着かせられたのは、それから十分ほど経ってからだった。

 梓達も疲労で倒れそうだったが、疲れた体に鞭を打ち、吹き飛ばされて気絶していた健司と竜太を起こしてまた集合した。


「とりあえず、今は何とかなったけれど、これかからどうするべきかしら、ここにハロルドとリリーがいて、誰にも知られていないってことは無いだろうから、最悪の場合、部屋に戻った瞬間に捕まる可能性もあるわね……このまま逃げられるのなら、それが一番いいのだけれど、どう思う?」


 智貴以外は起きていて、話を出来ると判断したのか美咲がそう話し始めた。


「確かに、今これ以上ここに、というかこの城に留まっているのは危ないな、武器とかを用意できないのは痛いが、今は急いでここから逃げるべきだな」


 竜太も同じ考えだったようで、いくらかの懸念事項はあるものの、そのまま逃げることにした。



「じゃあ、やるよ?」


 梓は智貴の頭に手を添えて周りを確認しながらそう言った。

 流石に気絶している人間を一人運びながらでは、逃げるに際して目立ってしまうし、何よりも負担が大きくなってしまうから、可能な様なら自分で動いて欲しいと考え、起こすことにしたのだ。

 そして、智貴の目が開かれたとき、智貴が暴れたのを見ていた、抑えるのに苦労した美咲たちは、少し身構えていた。

 しかし、目が覚めた智貴は顔を顰めてはいたが、暴れるようなことは無かった。


「智貴、大丈夫?」


「ありがとう、全快って訳にはならないけど、とりあえずは大丈夫、だけど……」


 心配そうに声をかけてくる梓に対し、何があったのかを逃げる道中で聞いた智貴は申し訳なさそうに答えた。

 そして、智貴はここであの事も話そうとしていた、だが、


「ならよかった、とにかく今は逃げることに全力を出すよ、話はその後で、ね?」


 梓に先にそう言われてしまって、何も言えなくなってしまった。

 しかし、梓の言うこともその通りなので、ひとまず今は口を噤んで逃げる足に集中したのだった。




「はぁ、はぁ、とりあえずこの辺りならすぐに見つかるってことは無いでしょう、とりあえず休憩をしましょう」


 美咲が息を切らしながらそう言ったのは、城を出てからしばらく、森の中をまっすぐ走っていたところだった。

 目の前には小さな小川の流れる河原となっており、皆が走り続けてカラカラに乾いた喉を潤した。


「ああ、生き返ったぁ!」


 水を飲んでいた健司の声を聞いて、他の皆も声には出さないが、同じ気持ちであった。

 いくら訓練を初めて以前より体力がついているとはいえ、慣れない森、追われるかもしれないという状況、これから先の状況など、いくらでも負の要因のある中ずっと走り続けていたのだ、疲れて当然だろう。


 全員が一息ついている間に、智貴と健司はそれぞれ辺りを探っていた。

 健司は追手がいないか、周囲に危険な獣などはいないかを、智貴はどこかしっかりと休めるところがないかを。

 そして、智貴はある洞窟を見つけた。


「皆、この小川を越えて少ししたところに洞窟がある。もう暗くなってきたし、ひとまずそこで今日は休もう」


 他の皆も既に疲れ切っていることもあって、智貴の提案に否を唱えることなく、疲れた体に鞭を打って洞窟までたどり着いたのだった。

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