国の意志

 会談の場に選ばれたのは神殿領とアルトニア王国の国境沿いに横たわる山脈の山頂であった。別に眺めがいいからとかではなく、山頂がちょうど両勢力の中間の位置だったのと、少しだけ開けた空間が広がっていたからである。

 下に広がるアルトニア王国の痩せた土地とぽつぽつと建っている都市が一望できるが、観光地というには来るのに大変すぎる場所であるため、特に何もない自然のままの岩肌がむき出している。


 そんな空間に揃っているのが外見は清楚なSR神官のイリス。最強レアリティの俺。よく分からない力を持っているけどちょっとおしゃれになったリア。そして最後に、謎の神々しいオーラを発する天使(仮称)である。


「どうも、このたびはこちらの呼びかけに応じていただきありがとうございます」


 まずはイリスがそう言って頭を下げる。


「いえいえ。私としても無駄な争いはしたくないから助かるわ」


 言葉だけは穏健なものの、暗に「無駄に歯向かわずに従え」と要求してくる彼女。だが和やかな雰囲気だったのもそこまで。本題に入った瞬間会談の空気は一変してピリピリする。


「では早速伺いたいのですが、そもそもあなたの意志はどこから来てるんですか?」

「不思議なことを聞くのね。私の意志は私のものだけど」


 イリスの問いに天使は首をかしげる。とぼけているというよりは本当に困惑しているようである。


「では聞き方を変えます。あなたは何者ですか? 光の環ですか? アルトニア国王ですか? アルトニア国民ですか?」


 再度の問いに彼女は少し悩む。


「私はアルトニア国家だけど。国王でも国民でもなく、うーん、人間に説明するのは難しいな」

「そこはちゃんと説明してもらわないと困りますよ。例えば私がイリスではなくセレスティア教会最高位神官である、みたいな感じですかね」


 相手が人ならざる者だからではあるからなのか、イリスはいつもよりも歩み寄りを見せている。

 個人より組織の意志を尊重するみたいなことが言いたいのだろうか。概念的な話になってきて、聞いている俺は少しぼんやりしてくる。ちらっと横を見るとリアも首をかしげている。


「それは私が分からないから同じとも違うとも言えないけれど。あなた方は国家というものが1+1=2の集合体だと思ってる? 1っていうのは国民のことね」

「違うのか?」


 俺は思わず素で答えてしまう。ただ、相手がこういう聞き方をしてくる場合は絶対それは正解ではない。


「違うんだな、これが。うーん、適切な例えが見つからないけど。そうだ、例えば勇者さんの腕を斬り落として足を切断したら勇者さんではなくなる?」


 いきなり物騒なことを言いだす天使。ただ、何となく言いたいことは分かった。確かに腕や足は俺の一部分ではあるものの、腕や足を集めたからといって俺になる訳ではない。


「まあ、俺のままだろうな。生きてれば、だが」

「そうそう。例えば私もアルトニア国民が何人か死んだところで私のままだけど、半分ぐらい一斉に死んだら私じゃなくなるみたいな」


 そう言われると確かに国というのは国民や領土の足し算で出来上がっているものではないような気もしてくる。国民・領地などとは別の完結したものとして存在している。じゃあそれがどういうものなのかと言われると分からないが、そういうよく分からない存在というのは何となく分かった。


「なるほど。要は国王とか貴族とか国民とか、そういう部分部分とは別に、そうした要素とは独立してあなたは存在する、ということですね?」

「そうそう」


 イリスが俺の言葉を丁寧にまとめ直したようなことを言い、天使は満足そうに頷く。


「で、その独立して思考するあなたという人格は世界征服でも企んでいるんですか?」

「まあ、結果としてはそうなるのかな。ただ、別に世界征服がしたい訳ではないんだよね。私の本能として、常に強い力を欲する、という衝動がある。そして教会を手に入れればさらに私の力は強まる、ということ」

「最悪じゃないですか」

「あなたとそんなに変わらないと思うけど」


 二人の間に火花が散る。天使は自分の目的を譲るつもりは全くないようだった。

 イリスは性格のせいでそういう風に思われがちだが、本性はそういう訳ではない……はず。


「結局、お前を倒さないといけないってことか?」

「違うよ。この人を翻意させれば戦わなくていいってこと」


 リアに教えられて俺は赤面する。これじゃ俺も単なる脳筋戦闘狂である。


「まあ、すぐに答えは出せないと思う。でも、私と戦うのは生産的じゃないと思うな。普通の人間なら『ここは戦うと損だからやめとこ』て思うところでも私はやるし」

「脅迫ですか?」

「いや、事実を告げただけだけど」


 基本的に戦争となればよほどの大勝でなければ両国とも損害を重ねることになる。だから戦争を始める際の意志決定は慎重にならざるを得ない。ただ、彼女の場合は多少の損は気にせずに仕掛けてくるということらしい。

 だからといってこちらに屈服を要求するのは、武器を構えて「俺は死ぬまで戦うのをやめないから言うことを聞いた方が得だ」と脅すような理不尽さを感じる。


「なあ、こいつどうやって翻意させればいいんだ?」


 俺はこっそりリアに尋ねる。


「本人をどうこうするよりは搦め手から行ったほうがいいんじゃない?」


「何かこそこそ話してるようだけど、私は人間とは違うから無理だよ。とはいえ、すぐに返事を求めるのも無理だから一週間猶予をあげる。従うか、潰されるか賢明な方を選ぶことね」


 俺とリアの話を聞いた彼女は急に話をまとめだした。ここまで悠然とした態度で話していたのにこの変わりようというのは、焦っているというふうにも見える。


「ちょっと、待ってください!」


 そして、イリスの制止にも関わらずに天使は去っていった。ただ歩いていっただけに見えるのだが影も形もない。

 後に残された俺たちは顔を見合わせる。


「搦め手ってどうするんだ?」

「アルトニア国民を説得する」


 リアは平和的解決を諦めていないようだった。本当にいい娘である。だが、本当にそれでどうにかなるのだろうか。


「なるほど、でもさっきの話を聞いてるとそれは意味がないんじゃ」


 するとリアではなくイリスが答える。


「一人二人を説得するのでは無理というだけです。例えば、極端ですが国民全員を説得するということが出来ればあるいは」


 確かにそうなればあれも翻意するような気もする。先ほどの例えで言うなら、お腹の調子が悪いだけなら出かけることもあるが、全身の調子が悪ければ家にいるしかない。

 とはいえ、もしそんなことが出来るのならば、ではあるが。


「誰がするんだ?」

「決まってるじゃないですか。今回の会談と同じ理由で同じメンバーですよ」

「……まあそうだよな」

「そしてせっかく国境まで来てしまった以上、今から行くしかないですよね?」

「一週間しかないしな」


 こうして俺たちは流れるように急遽アルトニアへと降り立つことになったのである。さすがにこのようなことになるとは予想もしていなかった。

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