概念魔法
何かが起こったとはいっても唐突に誰かが消えたとか爆発したとかそういうことではない。
まず、魔法が使われた瞬間広場の空気が変わった。
例えて言うなら皆が好き勝手に雑談していた教室が、先生が入ってきたことにより急に静まり返るように。
起こった出来事としては、先ほどまでいきいきと指示を出していたロスガルドが急に醒めた表情になった。
「あーあ、こんなところにいられるか。俺は本教会を守るんだ」
そして唐突に立ち上がって広場を出ていこうとする。その様子は明らかに先ほどまでの様子とは違い、異様な雰囲気であった。ついでに、それに対して何か異議を述べる者は誰もいない。
「ちょっと待ってください! 何言ってるんですか?」
たまらずイリスが引き留める。
が、ロスガルドは気のない顔で答える。
「SRだか何だか知らないが、冷静に考えて神官に指示されるいわれはないぜ」
「なっ、先ほど……」
そこまで言ってイリスは絶句した。
が、すぐにイリスも首をかしげる。
「そう言えば私、何で皆さんの指揮をとっていたんでしたっけ?」
イリスが困惑している間に、他の人々も次々と醒めた表情になっていく。
「そうだ、俺たちは自分の意志で街を守るぞ!」
「よし、持ち場に行こう!」
白髭の長老も立ち上がって広場を出ていく。先ほどまであれほど一体感に満ちていた広場の皆だったが、どこか憑き物が落ちたように解散し始めた。
というかあのイリスがみすみす自らが得た指揮権を手放すとは思えない。明らかに何か異常なことが起こっていた。まるで皆を繋ぎとめていた一体感のようなものが突如消滅したかのように。
「おい、これは……」
俺は先ほどからなぜか俯いているリアを見た。
「分かった」
リアはぽつりとつぶやいた。
「分かったって何が?」
「……私が先ほど生贄に捧げた物」
「そ、そう言えばそうだ。でも何もなくなっていないが。そもそも発動しているのか?」
俺は何が何だかよく分からない。
しかしリアは何かを確信したように話し始める。
「うん、発動してるよ。それは確信がある。そして生贄に捧げられたのは“リオス防衛軍”」
「生命魔法って組織も生贄に出来るのか……いや、そうか」
そこで俺は思い至る。そもそも生命魔法というのは彼女が勝手に名付けただけの名前だと。そしてほとんど満足な実験も行われていない未知の魔法だと。である以上、そういうことが起こってもおかしくはないし、起こってしまった以上認めざるを得ない。
俺は起こった事実を確かめるため、試しにイリスに向かって話しかけてみる。
「お前、“リオス防衛軍”の総指揮官じゃなかったのか?」
「……何ですかそれ。今は冗談を言っている場合じゃないでしょう」
イリスの目が鋭くなる。完全に俺のことを訳の分からないことを言う人、としてしか見ていないようであった。
そこで俺は確信を得た。仕組みは不明だが、イリスの魔法は“リオス防衛軍”を生贄に発動したと。
そんなとき、イリスの前にある水晶に着信があった。本当に便利だなこれ。
『今回の勇者はすごいな! 本教会に攻めてきた魔物の軍勢は一網打尽だ!』
相手は例によって本教会の人物だった。
「まあ話がややこしくなるので勇者の魔法ということにしておきましょうか」
イリスがそう言うということは、リアが魔法を使ったというところまでは認識しているらしい。とりあえずはそれでいいか。
「そうですね、勇者は貸し出せないので力だけ貸しておきました」
『ありがたい。それにしてもすごかった、魔族の軍勢が攻めてきたと思ったら、軍勢の真ん中に突然空間の歪みみたいなものが生じて、気が付いたら敵のほとんどが飲み込まれていってたんだ! あれはすごかった、確かにどれだけ耐久力があるやつでも異空間に飲み込んでしまえば手も足も出ないからな!』
水晶の向こうの人物は興奮した口調でそんなことを語る。俺は思わずリアの方を見た。
「……お前そんなことしたのか?」
何というか、すごいえげつない。
が、リアも実感がわかないのか首をかしげる。
「分からない。私はただ魔族の軍勢が消えるよう願っただけ」
「それで消えたんだからすげえよ」
代償は必要あれどこの力はやばい。
俺は確信を深める。
「……さて、そういう訳で今度は勇者様お願いします。しかし何でしょうね、何か重要なことを忘れているような」
イリスはこめかみを押さえながら俺に話しかけてくる。動揺のあまり忘れていたが、解決したのは本教会に向かった奇襲部隊の問題だけだ。依然としてここは脅威にさらされている。
「そうだな。こうなった以上俺が魔王軍を全滅させないとな」
しかもリオス防衛軍はもうない。ということは人間たちの抵抗は散発的なものとなり、すぐに崩壊するだろう。つまり戦力は俺しかいないという訳だ。俺は立ち上がって広間を出ていく。
去り際、俺はリアに小声で言った。
「元々のが生命魔法だったというなら今のお前のは概念魔法だな」
「……それ恰好いい」
リアも中二病の気が少しだけあったようだ。それを知って俺は少しだけ微笑ましい気分になった。
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