生命魔法Ⅰ

 リアは辺りを見回して人目がないことを確認すると話し始めた。


「私はランク不詳だし、何をやっても人並み以下、C以下の能力しかなかった。特別な魔法の力もない。それでもある日私は自分が他人のランクが全部分かるということに気づいた。まあ、狭い村とかで暮らしてると元々村人全員のランクなんて分かってるようなものだし、幼いころは能力で分かってるのか単に知ってるだけかの区別もあやふやだったんだけど」


 それに小さいころだったらそんなこといちいち気にしないよな。


「その後私がもう一つの力に気が付いたのは一年ほど前のことだったかな。私はこんなだから、村でもいじめられていたし友達なんていなかったから、暇なときは野山で遊んでいた。ある日、私は一羽の鳥が怪我しているのを助けて、自分なりに傷の手当もした。ちなみにその鳥のランクはCより下なんだけど」


 彼女の境遇は聞いているこっちの胸が痛くなるようなものだった。が、俺は彼女のある発言に引っかかる。


「Cより下なんてあるのか?」

「人間は見たことないけど、大体の野生動物は人間より下だから」


 魔物は人間より高いらしいことと合わせて、生き物によってランクの分布は違うのだろう。もしかしたら植物とかにもあるかもしれないが。

 ただ、動物や植物がCの人間よりランクが低いというのは納得できる話だった。


「でも私たちは動物のランクなんて認識出来ませんよ」


 が、イリスは納得いっていなさそうだ。


「それはCより下は人間から見ると全部誤差程度の違いしかないからでは?」 


 細かすぎるものは目に見えないのと同じ理屈だろう。正直これまで気にしたことはなかったが、彼女にはその区別がつくらしい。


「とにかく、私はそのときこの鳥を生贄に捧げれば何か魔法が使えるのではないかと考えました」

「は?」


 イリスは首をかしげる。元々魔法を使える人が生贄を使用することで魔法の効果を増大させることは出来るが、魔法を使えない人が生贄を使用したときのみ魔法が使えるなんてことは聞いたことない。


「じゃあ魔法という呼称じゃなくてもいいけど。とりあえず私はこれを生命魔法って呼んでる」


 生命を生贄にするから生命魔法か。

 既存の魔法には当てはまらないが、魔法以外の何かと言われると難しい。


「それで結局どうしたんだ? 使ったのか?」


 俺は知らず唾を飲みこんでいた。


「そのときの私は自分の中に湧き上がる暗い欲望に打ち勝つことが出来なかった。ここまで何の取り柄もなかった私によく分からない力があることが分かったから。だから私はその力を使ってみることにした。元々その鳥を助けたくて手当したのに、結局自分の力への欲望に負けたんだよね」


 リアは力への欲望に負けて鳥を実験に使ってしまったことにちょっと傷ついたように言った。俺はそんな彼女がいたたまれなくなる。


「魔が差したんだろ。誰だって人生で一度や二度はあることだ。まして、それまでそんな悪い境遇で育ったんならなおさらだ」


 俺だって加護を与えられる前はいつも自分の無力さを恨んでいた。そのときににたようなことがあれば、手を出してしまっていたと思う。


「本当に? 私のこと気持ち悪いって思わない?」


 リアは不安そうに俺を見つめる。


「思わない」


 俺が断言すると、リアは少しほっとしたような表情になる。これまでその力のことを誰にも話せずに、自己嫌悪を抱えていきてきたのだろう。


「良かった。私、自分の得体の知れない力が嫌いだから。そう言ってくれると嬉しい」


 リアは少しほっとしたように言う。

 おそらく、今まで誰も彼女のことを肯定してくれる人などいなかったのだろう。そんな彼女を少しでも安心させられたのであれば嬉しい。


「大丈夫です。私は迷える子羊を肯定するのが仕事なので」


 唐突にイリスが話に割り込んでくる。話に入ってくるのに間があったってことはその間に躊躇してなかったか?

 が、それでもリアは嬉しそうな表情を見せた。


「神官様にもそう言ってもらえると嬉しい」

「いえいえ。それで、魔法はどのようなものだったのですか?」


「はい。……私はそのとき別に何か目的があった訳でもなかったから、とりあえず火を起こそうとした。火だったら見た目も分かりやすいし、すぐ消えるし。すると私の手の中にいた鳥が消滅して目の前に小さい炎が現れた」

「消滅した?」


 イリスの目が鋭くなる。魔法で炎が出るのはよくあることだが、魔法で何かが消滅するのはあまりないことだ。しかもそれがメインの効果ではなく代償という副次的な効果であればなおさらだ。


「うん、消滅した。……ね、私の力気持ち悪いでしょ?」

「既存の魔法の法則に沿っていないという点では気持ち悪いというよりは未知というべきですね。しかしそうですか、消滅ですか」


 イリスは何かを考えこむ。


「仮に力が気持ち悪かったとしても、それでリアが落ち込む必要はないだろう。大事なのはどう使うかなんだから」

「さすが勇者様。そう言っていただけると嬉しい」


 リアはにっこりと笑う。良かった。

 そこでふと俺は違うことが気になる。


「それって誰にでも使えるのか? 極端な話、魔物に襲われたときに魔物を消滅させられたら強い気がするんだが」

「さすがに無理だった。その後色々実験したんだけど、結論から言うと私が生殺与奪の権を握っている状態だったら生贄に出来る。だから小動物とか、瀕死の病人なら生贄に出来そうな気がした」

「なるほど」


 よく分かっていなかったがとりあえず返事はする。生殺与奪の権を握っているなんてどうやって判定されるんだろうか。そして言葉にはしないが、リアが「気持ち悪い」と表現した理由が分かる気がした。得体の知れなさもあるが、まるで他人の命を弄んでいるかのような印象を受ける。


「ま、それ以来使うところまではいってないから細かくは分からないけど」

「その力、人族のために役立ててみる意志はある?」


 不意にイリスが真剣な瞳で尋ねた。

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