メテオストライク
「では早速いきましょうか」
そう言ってイリスが俺に向かって手をかざす。
「え?」
「テレポート」
「まじか」
俺たちの足元に巨大な円が浮かび上がる。円の中には複雑な紋章のようなものが描かれており、魔法陣のようなものだろうか。
魔法陣から円柱型に光の壁のようなものが浮かび上がり、俺たちを包む。十秒ほど俺たちは周囲を光に包まれていただろうか。
光の壁が消えると俺たちは違う部屋にいた。先ほどまでいた教会に似たような部屋なのだが、狭いしこじんまりとしている。
「すげえ」
残念ながら俺は戦闘の役に立つような魔法しか使えなさそうだった。
「SSSR勇者を召喚出来るんですからテレポートぐらい余裕ですよ」
イリスは少し誇らしげに言う。本当にこの世界では信仰と性格は関係ないんだな。それとも神自体がこんな感じなのだろうか。
イリスが歩いていくのに続いて俺もその建物を出る。思った通りこの建物も教会だったようで、尖塔がある白い石造りの建物が建っている。この教会では屋根の上に△の形のシンボルが飾られている。
「ここは最前線の街リオスです。魔族がしばしば攻めて来るため人間側の主力軍隊や腕の立つ冒険者が集められています」
確かに街を歩いていると鎧と武器で身を固めた兵士らしき男や、いかにも無頼漢といった冒険者風の人間が多い。よく見ると普通の民家はほとんどなく、武器屋や薬屋などがやたら多かった。
が、確かに彼らは武装しているもののほとんどがUC、時々Rがいる程度だった。ちなみにランクは自分と同格以下なら見ただけで分かってしまう。
そしてイリスの案内で俺は街を出て近くの湖へ向かった。この辺りはあまり来たことがないので俺は塵には詳しくない。
イリスによるとその辺りには魔族がしばしば水を飲みに来るらしい。魔族と人間の果てない戦闘で荒れ果てた大地が広がっていたが湖は澄んだ水を満々と湛えていた。
そこへ一匹の大きな鳥が飛んできた。鳥というよりは竜に近いだろうか。数メートルはあろうかという雄大な翼を広げ、体長ほどもある尻尾をゆっくりと動かし、口からは鋭い牙をのぞかせている。
俺の存在など地面に落ちている石ころほどにしか思っていないのか、全く気にした様子はない。
「おや、SRですね。初戦にはちょうどいいのでは?」
イリスが他人事のように言う。確かに竜はSRっぽい雰囲気がする。SRと言えば魔物の中でもかなりの強さだったが、今の俺にはそうは思えなかった。
「ディメンジョン・ソード」
俺は新しく覚えた無属性の魔法を使ってみる。これが一番使いやすそうだったからだ。
すると俺が手に持っていた杖から、透明ではあるが、確かに存在する魔力の揺らぎのようなものが現れて飛んでいく。
「クアアアアー!」
竜も見えずとも何かに気づいたのか、身をよじって避けようとするが、巨体ゆえに避けきれず、尻尾に命中して悲鳴を上げる。魔力の揺らぎが通り過ぎた跡には尻尾にきれいに穴が開いていた。どうやら威力は高いが、命中範囲は狭いようだ。
そしてようやく俺を敵と認識したのか、こちらへ向かって急降下してくる。残念ながら尻尾に当たったところで大したダメージは入らなかったようだ。後ろではイリスがぱちぱちと呑気に拍手をしている。
ただ、近づいてくるということは的に当たりやすくなるということだ。俺は先ほどと同じ攻撃をもう一度竜に向けて放つ。
が。
「クアアアアアア!」
何と竜は突如翼を閉じると飛行から自由落下に飛び方を切り替えた。急速な自由落下で流星は回避される。そして回避した竜はそのままこちらへ向かってくる。
しかも今まで本気を出していなかったのか、飛行速度は倍ほどになっている。完全に不意を突かれた形になった俺に対して竜の牙が迫る。俺は杖を持っていない方である左手を体をかばうように突き出す。
「いてて」
竜はそのまま左手にかみついた。が、全然痛くない。野良犬に甘噛みされたときぐらいの痛さしかない。「いてて」と声に出したのが恥ずかしくなってくるぐらいだ。
「これがレアリティの差か」
竜は必死で俺の左手を噛んでいるが、ダメージは大したことない。ここまでくるともはや可愛いとすら思えてくる。
「くらえ」
そんな相手に俺は間近からディメンジョン・ソードを撃ち出す。至近距離攻撃に竜は避けることも出来ない。杖から発射されたディメンジョン・ソードは一撃で竜の頭を撃ち抜き、断末魔の声を発して竜は地に堕ちた。
「お見事です」
いつの間にか座ってゆったり観戦モードになっていたイリスは手だけ叩く。
「まじで見てただけかよ」
「そ、そんなことないですよ。ヒール!」
と思い出したように回復魔法をかけてくれる。彼女の手から聖なる光が発されて俺の左手が癒される。
すると申し訳程度に左腕についていた噛み跡は瞬く間に治癒した。傷が微妙過ぎて彼女の力の凄さは実感できない。
「ところで、俺は他にも魔法を持っているんだが使っても大丈夫だろうか?」
「どんなですか!?」
イリスは興奮を隠しきれない様子だ。こいつは本当に俺の強さを自分の手柄だと思っている節がある。
「超広範囲攻撃魔法だ。正直失敗したらと思って試し撃ちも出来なかった」
魔力を暴走させてパーティーに白い目で見られたトラウマがよみがえり、無意識のうちに制御しやすそうな魔法を選んでしまっていた。
「すごいじゃないですか! 当然遠くには撃てるんですよね?」
「おそらく」
「じゃあ適当に魔族領に撃ってみましょうよ」
そう言ってイリスはポケットから地図を取り出す。魔族領と人間領の主な山と川、都市が描かれた簡単なものだ。そして魔族領の西の方の一点を指さす。
「あ、この辺が魔王城があると推定されている場所です。出来ればこの辺に。もしかしたらこの一発で魔王討伐が終わるかもしれません」
イリスはこころなしかウキウキしているようだ。
「何か楽しそうだな?」
よく分からないけど魔王城ってそんなに気軽に攻撃していいものなのだろうか。まあ敵なのは確実なんだろうが。
「そりゃそうですよ。私が召喚した勇者が魔王を一発処刑するかもしれないのですから」
“私が召喚した”のあたりに妙にアクセントが置かれていた。こいつ俺の手柄を全部自分の手柄だと思い込むつもりだな。本当にいい性格している。とはいえ、俺も自分の実力は把握しておきたいし楽に魔王を倒せるならそれに越したことはない。
「ならやってみるか」
やろうと思った瞬間に俺の脳裏にイメージが浮かぶ。真っ暗な宇宙空間に浮かぶ一つの星。その星が魔法の光に包まれて吸い込まれるように飛んでいく。
「彼方の星よ、我が声に導かれて魔王を穿て! メテオストライク!」
俺が頭に浮かんだ文言をそのまま呼び上げると。突如として真昼の明るかった空が暗くなる。次の瞬間、遥か彼方に赤い線のようなものが空から降り注ぐ。そして空がぴかっと光り輝いたかと思うと、光り輝く巨大な何かが赤い線に沿って降ってきた。夜空を照らす月よりも明るく巨大で、それは暗くなった空を明るくしながら地面に向かって近づいていく。
が、それが地面に当たる瞬間、赤い光の先端で黒いドームのようなものが作られたように見えた。
ズズズズズズズズズ……
メテオストライクが着弾した瞬間、足元からかすかな地鳴りのようなものが伝わってくる。そして少しして空は元の明るさを取り戻した。
「何か思ってたのよりやばいな。こんなの気軽に使えねえよ」
俺は自分の力に動揺しているがイリスの方はこんなものか、という感じだった。
「あちゃー、今の多分魔王に防がれてますね」
「今のを防いだのか。魔王ってすごいな」
俺は素直に感心する。
あのドームのようなものがバリア的な何かなのだろうか。さすがに一発で終わるとは思っていなかったが、いざ防がれると少し残念ではある。正直、自分が得た力が強大過ぎて何をしても現実感が湧かないというのが素直なところだった。
「まあでもいいんじゃないですか、今の一発で魔王城付近にいたUC以下の魔族はおおむね吹き飛んだと思いますよ」
「そう言われてみるとすごいな」
兵士や冒険者がやってきた魔族を迎え撃ったり、探し出して討伐したりして堅実に魔族を討伐している世の中で、一発で数百か数千単位の魔族を滅したのだとすればまさに世界が違う。
「しかも勇者様はSSSRとはいえ、まだ召喚されたばかり。まだ真の実力を発揮する段階ではないと思いますよ」
「そんなものなのか?」
言うなればまだSSSRに覚醒してレベルが低い状態か。
だが、そこで俺は不意に自分の中に力がみなぎってくるのを感じる。もしかして……今のメテオで大量の雑魚を倒した結果強くなったのか? それならメテオストライクを撃ちまくれば楽に強くなるのだろうか。
しかし今はもうメテオストライクは撃てなさそうな気がした。大技なのである程度魔力が回復しないと撃てなさそうだ。それも今のうちに気づいておいて良かった。
そういう事情に気づいたのかたまたまか、
「とりあえず初日でお疲れでしょうし、今日はいったん帰りましょうか。宿など案内します」
とイリスは帰ることを勧めてくれた。俺もまだ興奮は醒めていなかったが、同意する。それにいきなりたくさんのことが起こって頭の整理が追いついていないのも確かであった。
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